復讐モノ主人公に問われる覚悟
俺はクラスと共に異世界にやってきた。当たり前のようにチート付きで。
どうやら女神は俺たちに魔王を討伐してほしいらしい。だが、そんなことはどうでもいい。
殺さなければ。あの悪魔のようなクラスメイトたちを、この力で。
そのために、俺はたまたま出会った傭兵に修行をつけてほしいと頼み込んだ。全ては復讐のために。あいつらを絶対に殺すために。
だがーー
「なぜ復讐がダメなんですか!あいつらを殺すのがダメなんですか!」
否定された。どうしようもなく。殺すことはダメだと、やってはいけないと。
腹立たしい、なんで、どうして、僕はこんなにいじめられて、虐げられて、貶められて。
畜生のような扱いを受けていたというのに、なんで、なんで、なんで!
「簡単だ、坊主。人殺しは悪いことなんだ」
は?
ふざけるな
人殺しが、悪いこと?
「ッ……ふッざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!そんなことは分かってる!だけど!人殺しが悪いことなら俺を虐めたあいつらはどうなる!俺を使いっ走りにして、金を奪って!殴って、階段から突き落として、それで、それでものうのうと生きてるあいつらは、どうなる!ふざけるなよ!」
「ふざけとるのはお前だ」
「なんでッ……!」
目の前のクソ野郎がはぁ、ため息を吐く。
こいつ、こいつ、こいつも僕を馬鹿にするのか……!
「よく考えろ、坊主。お前が言ってることといじめっ子とやらがやったことになんの違いがある?」
「全然違う!俺は何もしてないのにあいつらは俺をいじめた!俺はいじめたあいつらを殺したい!」
そうだ、全然違う。俺は、俺は何もしてないのだ。何もしてないのにあいつらは俺をーー
「そうか、何もしてないのか」
「そうだ!」
「それじゃなんでいじめられたんだ?」
…………なんで?
「そりゃ……!」
……なんでだっけ?どうして……
「あ」
思い出した。あいつらは教室でラノベを読んでた俺から本を取り上げて、内容を声に出して馬鹿にして、それに怒って怒鳴った俺をーー
「……そりゃ、俺が読んでた本を馬鹿にされて、怒鳴りつけた俺をあいつらは殴りやがったんだ!それからーー」
「お前は、怒鳴りつけたんだな?」
「……そりゃそうだろ!自分の好きなもんを馬鹿にされたら腹が立つ!」
「その気持ちは分かるんだがな。お前がそいつらの前で読んでた本は馬鹿にされるようなものだったのか?」
……そのとき読んでいたラノベは、確か主人公が異世界に転生して活躍する、よくある俺tuee系で……
「……あんまりメジャーじゃないけど、でも俺の趣味で、人の趣味を馬鹿にする権利は誰にもないはずだ!」
「それが自分の中に秘められていりゃあな」
「は?どういう……」
「今ここで、ワシがロリコンで小さな女の子を眺めるのが大好きだ、と宣言したらどうなると思う?」
……こいつは何を言ってるんだ?
「……頭がおかしくなったか、元からおかしかったのかと思ってドン引きする」
「そうだよな。お前がやったのはそういうことだ」
なんだとッ……!
「俺は本を読んでいただけだ!ロリコンだ、なんて叫んでない!」
「そいつらにとって、その本を読むことはワシがロリコンだと叫ぶことと同じくらい失笑に値する出来事じゃなかったのか?」
「……え?」
「ワシはお前の元いた世界のことを知らん。だからよくわからんが、お前が教室であまり自慢できるものでもない本を読んでいたのは、普通のことなのか?」
「それ、は……」
でも、そんなの関係ない!
「それがどうした!だからって俺を痛めつけていい理由にはならないはずだ!」
「そりゃそうだ。だが、そいつらの中ではいじめても良いことになったんだ」
「どうして!」
「お前が少数派であることを堂々と宣言したに等しいからだ」
「……それは、どういう……」
「お前の世界は知らんがな、こっちの世界は少数派だとどうやっても迫害されるんだ。数というのは力だ、抗えやしないし、個の暴力で抗ったところで良いことはない。必要なのはな、まず理解を得ることなんだ。お前の世界もそうじゃなかったのか?」
「そんなの差別だ!少数派にだって権利はある!」
「もちろん。ワシは少数派が悪いとは言っていない。思想次第だが、法でも犯さない限り悪いわけがない。だがな、坊主。さっきのワシの宣言に対してお前はなんて言った?」
「……ドン引きする、って……」
「そういうことだ。お前は少数派であることを宣言した。その時点でお前が多数派の中から排除され、排斥されることが決まったんだ」
「でも!違う!それでも俺を殴っていいわけにはならない!」
「その通りだ。だがその結果お前は殴られることを予想し、迫害されることを覚悟しなければならなかった」
「……ッ!」
「もちろんお前は悪くない。いじめた奴らが全て悪いだろう。だがいじめられる理由を作ったのはお前だ」
「じゃあどうしろっていうんだよ!趣味を全部捨てろっていうのか!」
「そんなことは言っていない。ただ、お前は少数派であることを隠すべきだった。気に食わないものを排除する人種のことを想定するべきだった」
「……でも!」
「家で読めばよかっただろう。自分が少数派であることを理解しているのならば、隠すことは容易だったはずだ」
「どうして俺があいつらのためにそこまでしなきゃ!」
「違うな。坊主、お前はお前のために隠すべきだった」
「え……」
「どこにでもいるんだ、自分と違う者が受け入れられない奴が。特に子供はな」
長く話し続けて疲れたのか、またため息を吐く。それから一拍を置いてまた話始めた。
「お前はその心の狭い馬鹿どもに見つからないためにも趣味を隠すべきだった」
「……仮に俺がいじめられる理由を作ったとして、そいつらがいじめていいわけじゃない!それに復讐するのは勝手だろ!」
「まあそうだな。復讐が悪いとはワシは言っていない」
「じゃあ!」
「ただ」
そこで言葉を区切って、はっきりとした口調で髭面のオヤジは言った。
「何度でも言うがな。人殺しは悪いことだ」
「……なんで!」
「理由はいくつもあるが、一番大切なのはな。自分が殺されることも肯定してしまうんだ」
「殺すなら殺される覚悟をしろってか?そんなのわかってる!」
「いいや分かってない。少しも、わかっちゃいねぇ」
雰囲気が変わった。荒々しくも理知的な口調が、殺意に塗れる。
「つまりだな、お前が復讐をするというなら。この場でオレに殺されたって文句言えねぇんだよ」
歯が震える。ガチガチと音を鳴らしている。死そのものが目の前にあった。
「俺が本当にロリコンで、あの宣言をしたとしたらどうする?それを、頭のおかしくなったと否定されたら?お前の理屈だと、そいつに対して復讐していいんだよな?」
「ち、ちが」
「いいや違わねぇ。お前はいじめっ子が気にくわねぇから殺すんだ。なら俺もお前が気に食わねぇから殺す。そういうことだ」
「お、俺は暴力はふるってな」
「身体が傷付くか心が傷付くかの違いだろ?心の病になりゃあ死ぬ奴もいるんだ、心ってのは身体と同じくらい大切だ。それを趣味を否定されて、頭のおかしいとまで言われて傷付けられるのは、気にくわねぇよな」
ガクガクと身体まで震えだす。あ、ぁ、俺、ここで、死ぬ、のか……
「……冗談だ。ワシはロリコンじゃないし、こんなことで坊主を殺したりもしない」
すっ、と殺気が収まる。正直、少し漏らした。
「こういうことだ。坊主がいじめっ子を気に食わないから殺すということは、お前も気に食わないから殺されたって文句言えなくなるんだ」
…………少しだけ、理解できた。それはとてつもなく怖いことだ。
ほんの些細なことで気に食わないと思われたら、その理由だけで俺は殺されても何も文句が言えなくなる。だって、程度は違えど俺も気に食わないことをされたから殺そうとしてるのだ。
「それにな、坊主。お前、人を殺しちまったらいじめっ子どもと同類になるぞ。自分が気に食わないやつを力づくで排除しようとする輩と」
「……あ」
全く気が付かなかった。そうだ、理由は違えど同じことを、いや、いじめより酷いことを仕返してしまえば俺はもっと酷い奴にーー
「そうはなりたくねぇだろ?」
「……うん」
「ならやめとけ」
「…………うん」
「別に殺さなくったって復讐の方法なんていくらでもあるんだ」
「そう、ですね……」
はー、と安心したように目の前のおじさんが三度目の息を吐く。
ようやく気がついた。僕には、そこまでして殺そうとする意思も意味もない……
「……だがな、坊主」
おじさんがこれまでで一番真剣な顔をした。その表情に息を飲む。
「どっちも受け入れられると思ったら。それくらいそいつが憎いと思えば」
髭面のおじさんが、恐ろしく凄惨な目で俺の目を真っ直ぐ見つめて最後に言った。
「迷わず殺せ。俺はそうした」