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46話後半 夜は更けていく!

「眠れない」


 僕は真っ暗な部屋の中でボソリと呟いた。


 ベッドから体を起こし、部屋に置いてある時計を見てみると、時刻は既に2時を回っている。どうしようもないくらい夜だ。


 暑すぎて眠れない。それもそのはず、今晩は熱帯夜だ。昼間もじりじりと暑く、今夜は蒸し暑くなりそうだと踏んでいた。窓を開けても全然風なんか入ってこない。入ってくるのは僕の血液を狙った蚊だけだ。


 当然、目もギンギンに冴えてしまっている。このままじゃ一睡もできないまま朝を迎えてしまう……。


「ふぁああ……お兄、なんか言いました?」


 その時、僕の体からスッと半透明の物体が抜ける。寝ぼけまなこをこすり、あくびをしながら現れたのは、幽霊少女のカスミだった。


「なんで僕よりお前が眠そうにしてるんだよ」


「悪いですか? 幽霊だって寝ることはあるんですよ」


 ないよ! いつもなら激しくツッコむところだったが、今は暑すぎて無理だ。これ以上苦しみたくない。


「で、どうしたんです? こんな夜にボソボソ独り言なんて。頭でもおかしくなりましたか?」


「……眠れないんだよ。暑すぎて。カスミにはわからないだろうけど」


「もー、しょうがないですねえ。カスミはちょっと外で散歩でもしてきますから、さっさと済ませちゃってくださいね?」


「『暑すぎて』って言ってるだろ。お前がいなくなった後に一人でなんかするみたいな言いぐさはやめろ」


 僕が反撃しないのをいいことに、カスミは生意気な発言を繰り返す。本当にお前あとで覚えておけよ。


「カスミにはわからないことですが……眠れないというのは辛いんでしょうね。出来る妹としては何か手を打ちたいところです」


 カスミのことを出来る妹だと思ったことはもれなく一度もないが、彼女は青白い細腕を組んで、うーんと唸り始める。


「そうだ! 怖い話なんてどうでしょう!」


 少し考えた後、彼女が導き出した結論は『怖い話』。なるほど、夜に部屋の中でも出来るし、暑い夜を乗り切るにはぴったりだ。話している間に眠くなるかもしれないぞ!


「怖い話かあ。アレって話す側にもスキルが求められるよね。素人とプロの間で、同じ話を喋っても全然怖さが違うし。上手くできるかな……」


「あ、お兄は話さなくていいです。カスミは怖い話が苦手なので。聞き専になってください」


 ちょっと待て。聞き捨てならない発言があったぞ。


「カスミお前……怖い話が怖いの?」


「えっ、あ、ああ……そうなんです。怖い話を聞くと夜オバケが出てくる気がして。眠れなくなっちゃうんです」


 ……!? なんでこいつはオバケの身分でオバケを怖がってるんだ……!?


「というわけでお兄が眠るまで、カスミが一方的に怖い話をし続けます」


「ええー。カスミの話し方が下手だったら明日の朝まで怖い話を聞き続けることになるの?」


「その場合は朝まで聞き続ける耐久系の企画にシフトしていきます」


 主旨が変わってきてる気がするんだけど。もう勝手に寝ようかな。


「それでは話します。昔々あるところに……」


 始まってしまった。語り口が昔話だし、既に先が思いやられるな。


「昔々あるところに、領主の屋敷で働く一人の女性がいました。彼女はある日、ティーカップをうっかり割ってしまいました」


 おっ、これは聞いたことあるぞ。確かこの後、井戸が出てくる話だよね。


「ティーカップを24個、ソーサーを13枚。被害総額は数十万ギルに上り……」


「待て。なんでそんなに壊した」


 せっかくいい感じに没入できていたのに、いきなり非現実的な数字が出てきて目が冴えてしまった。


「そんな枚数壊すわけないだろ。一枚か二枚でいいから」


「うーん。お兄の周りにいる人たちならやりかねないと思いますけどね。お兄が感情移入しやすいように工夫したつもりなんですが」


 確かにロゼさんならやりそうだけど!! そういうよくわからない心遣いはいいから!!


「わがままですねえ。じゃあこんな話はどうでしょうか?」


 掴みで失敗したから次の話に移るのか。潔いようなそうでもないような。


「昔々あるところに、池がありました。一人の少女がその池で釣りをしたところ、なんと何匹も魚がかかったのです」


 おっ、これも聞いたことあるぞ。このあと池が喋り出す話だな。


「少女が釣りを切り上げて帰ろうとしたとき、どこからともなく声が聞こえてきます……」


 静かな池をイメージする。清涼感があってなんだか涼しくなってきた気がするぞ……。カスミの語りも静かでいい感じだ。


「『おいてめえ!! 魚を置いていってもらおうか!! それが出来なければお前をこの池に引きずり込んで一生水の底で俺の物として暮らしてもらうぜ!! フハハハハハ!!』と聞こえてきました」


「キエエエエエエエエエエエ!!!」


 せっかくうとうとしてたのに!! あまりの展開に奇声を上げてしまったじゃないか!!


「わざとだな!? わざとやってるんだな!?」


「うるさいですよ。静と動を巧みに使い分けた見事な朗読だったのに……」


 静と動を使い分けるなら、せめて物語にアレンジを加えるな! この池もモデルがいるんだろ!


「まったく……なんなんだよ、本当に……」


 本当に不思議なやつだ。僕のことを寝かせたいのか困らせたいのか。さっぱり意図が読めない。


 ……そういえば、僕はカスミについて知らないことが多すぎる気がする。話の流れで体に憑依させたけど、詳しいことは何もわからない。


「なあカスミ。お前って元は人間だったの?」


「オバケの話はもうやめるんですか?」


 オバケの話からオバケの話に移っただけだから、やめたわけではないぞ。


「人間でしたよ。多分」


「多分ってどういう意味?」


「わからないんですよ、カスミにも。気づいたらあの遊園地にいたんです」


 幽霊で人間の容姿をしてるってことはおそらくは人間なんだろう。けど……記憶がないのか。そりゃ僕もカスミについてわからないわけだ。


「じゃあ何かわかることはないの?」


「うーん。カスミにわかるのは、自分の名前だけですからね……ほかの人間と喋ったのもお兄とお姉が初めてですし。何もわかりません」


 ヒントなしか。こりゃ全然わからないな。


「まあいつかわかりますよ。カスミはそんな気がします」


「うん、それでいいと思う……」


 カスミと喋っていたら、なんだか眠くなってきた。せめて朝起きるまでの数時間は休もう……。


 僕はそのまままどろみに落ちていった。



 そのあと、僕が目を覚ましたのは二時間後。明け方のことだった。


 大きな爆発音が、街の中に響き渡った――

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