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46話前半 夜は更けていく!

「いやー、今日も楽しかった!」


「楽しかったのです! ゆー君はエアホッケーがへたっぴなのです!」


 夕日が照らす帰り道。僕たちは今日も今日とて遊びの感想を話しながら歩いていた。


 テレサちゃんが未来に帰るまであと二日。この時代に滞在できる時間は少しずつ短くなっていく。だから毎日を全力で楽しんでいるわけだ。


 当のテレサちゃんはと言うと、とにかく純粋で真剣。遊びを前にすると好奇心を発揮して、夢中で取り組む。子供のような真っすぐさと笑顔を見ていると、こっちが嬉しくなるくらいだ。


 エアホッケーだって、僕とテレサちゃんの身体能力の差が激しいから下手に見えるだけだからね。だって僕相手に本気出してくるんだもん。勝てるわけない。


「ありしー、テレサにはお願いがあるのです」


「ん? どうしたの?」


 いつもならこのまま解散、という感じなんだけど。今日はテレサちゃんが恭しく挙手をして。


「帰る前にゆー君と二人で、少しだけお話がしたいのです! ちょっとだけ帰る時間が遅くなってもいいのです?」


 なになに。僕に何か言いたいことがあるらしい。


「うーん……遅くなると危ないからいつもならダメって言うところだけど。ユート君と一緒なら大丈夫でしょう! 許可!」


 アリシアさんの快諾により、僕とテレサちゃんは別行動になった。


「突然どうしたの? 僕一人だけなんて」


「ゆー君には来てほしいところがあるのです! こっちなのです!」


 テレサちゃんの小さな手が僕の手を掴んで、グイグイと引っ張っていく。僕は引きずられる形で彼女の後を着いていった。



「じゃーん! ここなのです!」


 テレサちゃんが僕を連れてきたのは、丘の上だった。ベンチが置かれていて、この街の風景が一望できるようになっている。僕たちの視線の先には真っ赤な夕日が輝いていた。


「すごいね……こんな場所があるなんて気づかなかったよ」


 今まで昇ったことのない階段の先に、こんな景色があるなんて。夕日に照れされて真っ赤に染まった街は、いつものシエラニアが少し表情を変えたようだ。


「テレサはここから見る景色が好きなのです。この街にたまに来た時は絶対ここから街を見てたのです」


 もっとも、テレサちゃんが眺めていたシエラニアに人はいなかったらしいが。


「ゆー君、ここに座るのです」


 テレサちゃんはベンチの席に座るように促した。僕は言われた通りにする。


「ところで、今日はどうしたの? この景色は綺麗だと思うけどさ……」


 テレサちゃんの方を見ようとした瞬間、頬に人肌ほどの熱を感じた。ふいにビクッとしてしまう。


 テレサちゃんが僕の頬にキスをしたのだ。


「なっ!? テ、テレサチャン!?」


「しーなのです。声が裏返ってるのですよ?」


 どどどどどどっど、どういうことなのかな? テレサちゃんは口の前で指を立て、ニッコリと笑う。


「ゆー君とありしーのおかげで、毎日楽しいのです。だからそのお礼なのです」


 あー、そういう。テレサちゃんにとってはお礼みたいな感じなのかな。僕が勝手に騒いでるだけで。


「ありしーが一緒にいるとうるさいのです。だから、内緒なのですよ?」


 やっぱり普通は駄目って言われるよね。テレサちゃんの感覚が子供で止まってるってだけで。


 テレサちゃんはそのまま続ける。


「テレサはこの時代に来て……一年間、おじさんが用意した部屋で一人、お人形遊びをして、魔王と戦うつもりだったのです。ありしーのために死んで、世界が守られれば幸せ……そのつもりだったのです」


 彼女の口から語られたのは、これまでの子供っぽく振舞っていたテレサちゃんとは別人のような、悲しい話。


 よく考えれば、彼女は元々オレ口調だったっけ。当然そこに至るまでの葛藤もあったはずだ。


「でも、今はとっても幸せなのです。ゆー君がありしーを励まして、剣を取り返しに来たのはビックリしたけど……おかげでバルクも倒せて、テレサの喋り方も普通でよくなったのです。こんなこと、思ってもみなかったのです」


 テレサちゃんの言う通り、バルクは倒されたことで魔王軍の勢いは半減、アリシアさんが魔王を倒す未来に進む。彼女からすればまったく想像できなかったことだろう。


「だからゆー君、ありがとうなのです。ゆー君のおかげでテレサはこれまで楽しかったのです!」


 テレサちゃんはまるでビー玉のような人間だ。透き通った心を持っていて、なんだか輝いているように思える。彼女が喜んでいる様子を見ていると、心が温かくなる。


「……これまで、じゃないよ。これからも。テレサちゃんは十年後の世界に帰って、そっちの世界でまた遊べるよ」


「あ! 確かにそうなのです!」


 それに、僕やアリシアさんだけじゃない。リサやダース、ロゼさん、マツリさん。彼女はここ数日たくさんの人たちと友達になった。テレサちゃんの純粋な人柄に触れ、みんなが彼女のことを大好きになった。それは時間が経っても変わらないことだ。


「じゃあ、明日と明後日。テレサが未来に行くまで、よろしくなのです!」


「こちらこそ。明日は今日よりもっと楽しい日にしよう!」


 テレサちゃんが少し照れ臭そうに夕日を眺めている様子を見て、あと二日間、全力で楽しもうと心に誓った。


「あっ! 話していたらもうこんな時間なのです! 遅くなりすぎるとありしーに怒られるのです!」


 テレサちゃんは思い出したかのようにバタバタと慌て始めた。日も暮れかかっているし、アリシアさんも心配するだろう。


「アリシアさんの家の前まで送っていくよ。さ、行こう」


「ついて来てくれるのです?」


「アリシアさんに任されてるからね」


「じゃあ影になっているところしか踏んじゃダメのゲームをするのです! ありしーといつもやっているのです!」


 子供はこういうところで遊びを見つけるのが上手いよな。って、なんでアリシアさんまで一緒になってるんだ。


 内心ツッコみつつも、僕たちは木の影や壁の影の上を歩いて帰った。……日が完全に傾いたから最終的にどこでも歩けるようになったけど。

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