第二十六話 大蜘蛛
「大型のラーニョ、ですか……」
俺は向かって来るラーニョの大群の中の、三体の巨大なラーニョを睨みつけた。
ラーニョの中にこんな大型の個体がいるとは、冒険者ギルドの方の説明では聞いていなかった。
「おい貴様ら、どうにか大型種の気を引けえっ! このままでは我が、奴らに喰い殺されてしまうわ!」
ロズモンドが俺へと喚き散らす。
前回のあの一件からさほど時間も置いていないのに、助けてもらう身でこれだけ上から目線になれるのは大したものである。
ある意味大物なのではなかろうか。
「いいか、あのデカブツは洒落にならん! 体表が分厚すぎる! 生半可な攻撃では通りはせん! 単体ならともかく、複数体おる今、まともに相手をするのは愚策だ! 幸い速さはさほどではない! どうにか気を引くのだ!」
あの大型ラーニョ……防御性能特化型なのか。
「ぬぐぉっ!?」
こちらに逃げて来ていたロズモンドが、その場で大きく躓いた。
見れば、彼女の足にラーニョが纏わりついている。
逃げるのに必死で、地中に潜んでいるラーニョの不意打ちを避けられなかったようだった。
ロズモンドを、大型ラーニョが押し潰そうとする。
「ま、待て! 我を喰らっても美味くはない!」
「これは不味い」
俺は地面を蹴り、ロズモンドの前へと出た。
防御特化だとロズモンドは口にしていた。
まず大丈夫だと思うが、万が一攻撃が通らなければ、そのときはロズモンドの命が危うい。
一応、武器を抜いておくべきか。
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》の柄に手を掛けた。
思えば、地上に出てからこの剣を抜くのは三度目になる。
ゾロフィリアを強敵と見て剣を抜いたのが一回……もう一回は、地上に出たばかりでよくわかっていないときに勘違いでゴブリンを塵に変えたときである。
「カナタさんっ! あの……そ、それは駄目な気がします! 別に、その剣は使わなくとも……!」
抜くと同時に大型ラーニョ目掛けて薙ぎ払った。
衝撃で地表が剥がれ、周囲のラーニョ達が体液を噴き出しながら宙を舞った。
斬撃の余波で、離れた場所の木が次々に薙ぎ倒されて行く。
直撃した大型ラーニョの巨体が上下に分かたれ、《英雄剣ギルガメッシュ》の魔力に呑まれて黒い塵と化していった。
「やっぱりいらなかったか……」
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を鞘へと戻した。
俺の傍らで、ロズモンドが大口を開けて俺を見上げていた。
「馬鹿な……そんな……我でさえ、まともにダメージを通すことはできなかったというのに……」
「……えっと、大丈夫でしたか?」
「別に我も、万全の状態であれば、あの程度の魔物など何ともなかったのだからな! 本当であるからな!」
ロズモンドが俺へと必死にそう訴えかけて来る。
「そ、そうですか……」
フィリアが俺の隣へと出てきた。
フィリアが右手を掲げると、前方の地面を貫いて巨大な真っ白な腕が生えてきた。
いつもの《夢の砂》で造ったものである。
あんまりロズモンドにはそれは見せないでほしかったのだが、まあ、一度見せてしまったので今更な話……か。
腕についている大きな円らな瞳が、俺とロズモンドを見てパチパチとウィンクしていた。
振り返ると、フィリアが得意気な顔をしていた。
このサービスで見かけの不気味さを中和したつもりなのかもしれないが……ウィンクされても、やっぱり怖いものは怖い。
俺はロズモンドへ視線を戻す。
彼女は呆然とした顔を浮かべており、その目は真っ白な巨大腕の瞳に釘付けになっていた。
「えいっ!」
フィリアが可愛らしい掛け声と共に手を閉じる。
二体目の巨大ラーニョが、握り潰されて全身から体液を噴き出していた。
体表が分厚いため、攻撃が通らないとはなんだったのか。
ロズモンドはしばらく呆然と見上げていたが、突然素手で自分の頭をガンガンと殴り始めた。
「ちょ、ちょっと、何をやっているんですか! 外傷も酷いのに!」
「……落ち着け、我よ、ロズモンドよ! コイツとあそこのガキがおかしいだけなのだ! 我は、我は、A級冒険者《殲滅のロズモンド》であるぞ!」
ロズモンドはぶつぶつとそう呟き、自分に言い聞かせているようであった。
……彼女はラーニョに散々咬まれたせいか怪我が酷いが、頭も何かの拍子にぶつけたのかもしれない。
そのとき、離れた所にいたポメラが杖を振った。
「精霊魔法第八階位《雷霊犬の突進》」
ポメラの前に、獣を象った雷の塊が生じた。
それは一直線に駆け抜け、大地を抉りながら最後の巨大ラーニョへと突進していった。
ぶつかった通常サイズのラーニョ達が、黒焦げになって散らされて行く。
巨大ラーニョも、雷の塊の突進を受けて黒炭になっていた。
「これで大きい奴はいなくなりましたよ、カナタさん! 小さい奴らを狩っていきましょう!」
ポメラの魔法を眺めていたロズモンドは、無表情になっていた。
「お、落ち着くのだ。我でも別にあれくらいどうにかなった。それに、ただ、コイツとあそこのガキと、あっちの女がおかしいだけで……我は充分に、充分に……」
ロズモンドはそこまで口にしてから、言葉を区切って俯いた。
彼女は地面に膝を着けて座り込んだ姿勢だったのだが、膝を折り曲げて抱え込んで三角座りになった。
「……自信なくなってきた」
「ついさっきまであんなに自信満々だったのに!?」
どうやら二人目まで例外が出て来るのはアリだったが、三人目が出て来るのはロズモンド的にはナシだったらしい。
「あっちのガキからは底知れぬ物を感じはするが……あんな鈍臭そうな女でも、第八階位の魔法を当然の如くぽんと扱えるというのか……。それも、制御の難しい精霊魔法の、高火力の自身を巻き込まない魔法を……。こんなの、動きづらい鎧まで付けて、戦闘スタイルを活かすためにずっと寂しくソロでやっておった我が馬鹿みたいではないか……」
きゅ、急激にナイーブになった!?
ロズモンドはなまじ自信家だったため、折れてしまったときの反動が大きいのかもしれない。
「あの……今ポメラ、自然に馬鹿にされませんでしたか……?」