第二十四話 ラーニョの亡骸
「何はともあれ、やりましたねカナタさん! これっ、凄いお金になるはずですよっ!」
ポメラがラーニョの亡骸の山を眺めながらそう言った。
ギルドの依頼では、ラーニョ一体につき二万五千ゴールドの討伐報酬となっていた。
全部で六十体近くいるので、ざっと百五十万ゴールド程度にはなるはずだ。
とりあえずの錬金実験の資金としては申し分ない。
「ええ、これだけあれば《神の血エーテル》を造る方法も見えてくるかもしれません。そうなればストックを増やして、ポメラさんの呪鏡レベリングの再開もできるはずです」
俺が笑顔でそう返すと、ポメラの表情が凍り付いた。
「……あ、あのう……本当にあれって、再開する意味があるのでしょうか? ポメラは別にそのう……そこまでしなくてもいいかもしれないなと……」
……薄々勘づいていたが、ポメラはあまり《歪界の呪鏡》を用いたレベル上げはしたくはないのかもしれない。
すぐに慣れると言いたいところだが、本人の意思を無視するわけにもいかない。
「ポメラさんは……そうですね、そこまでしなくてもいいかもしれません」
「え……いいんですか?」
俺のような異世界転移者は、ナイアロトプや他の神達にとっては己や同胞を楽しませてくれる道化師でしかないのだ。
転移者というだけで凶悪な冒険者や魔物、別の転移者を神々の思惑でぶつけられることも考えられる。
俺はいくらレベルを上げても安心するのは遠い。
この世界において俺はかなり上位の方にいるのではなかろうかとは思っていたが、マナラークで出会ったフィリアを戦闘不能に追い込んだ謎の魔術師は、俺よりも明らかに数段上だった。
この世界は際限なく上には上がいるのだ。
しかし、ポメラは俺とは立場が違う。
俺と拘らないように生きれば、今のレベルでも充分に平穏に生きていける範疇だろう。
「寂しいですが……無理に俺についてきてもらう義理はありませんからね。ここらで解散となるのも、仕方のないことだと思います」
「えっ……そ、そうなるんですか!?」
「呪いみたいなものなんです。もしかしたら俺は、厄介ごとに巻き込まれやすいのかもしれません。この先いつかとんでもない危険に晒されるかもしれません。或いはそうではないのかもしれませんが……今のレベルのポメラさんが俺の近くにずっといるのは、危険なことかもしれないんです。ずっとそれに付き合わせるわけにはいきません」
ナイアロトプがまだ俺に注目しているのかどうか、連中がどの程度こちらの世界に干渉してくるつもりなのかもわからないのだ。
今の俺が一応ルナエールから合格をもらっているラインだ。
なのでポメラもレベル3000近く……少なくとも、通常フィリアと同程度のレベル2000は欲しい。
今のレベル200のポメラでは不安が多すぎる。
「カナタさんの強さを見るに、過去に何か事情があったのだろうと思っていましたが……やっぱり、そうなのですね」
ポメラがごくりと唾を呑む。
それからほんの少しの間だけ考え事をするように目を瞑り、決心を決めたように大きな両目を大きく開いた。
それからポメラが俺の手を両の手で強く握った。
「ポメラさん……?」
俺はポメラの様子に呆気に取られていた。
「今のポメラでは全然足りないとは思いますが……ポメラも、カナタさんを支えられるくらい強くなりたいです! もし失礼でないなら、これからも横に置かせてください!」
「それは……呪鏡レベリングも一緒に熟してくれる、ということですか?」
「…………は、はい、勿論、その……が、頑張ります」
ポメラが小さな声でそう言った。
俺は彼女の手を握り返した。
「ありがとうございます! 俺もまだこの国の常識について無知ですし、それに、折角仲良くなれたポメラさんと離れたくなかったので嬉しいです」
「そ、そうですか、カナタさん、ポメラと離れたくないって言ってくれるんですね……えへへ。ま、任せてください。ポメラ……その、すっごく頑張りますから」
ポメラは少し大きな目を瞬かせた後、腕を引き、恥ずかし気に頬を赤らめて髪を弄っていた。
「フィリアも! フィリアもその鏡の特訓やってみたい!」
フィリアが手を上げながら会話に割り込んでくる。
フィ、フィリアは純粋すぎるので、これ以上レベルを上げるのはむしろ危険かもしれない。
《夢の砂》を使えば一時的にレベルを上昇させることもできるようであるし、強くなられると俺でも抑え込めなくなる可能性がある。
少なくとも自衛は充分にできるはずだ。
俺も一度は《恐怖神ゾロフィリア》を倒し切ったつもりだったが、気がついたらフィリアとして俺の後ろにぴったり貼りついていたのだ。
耐久力は恐ろしく高い。
「……カナタ、フィリアはダメなの?」
フィリアがじっと俺を上目遣いで見る。
「う、う~ん……」
俺が悩んでいると、ポメラがばっとフィリアの身体を押さえた。
「やっ、止めておいた方がいいです! 本当に! 大丈夫です、ポメラが犠牲になりますから! あれは志願してやるものじゃありません! フィリアちゃんは大人しくしておいてください!」
……や、やっぱりポメラも、あまり《歪界の呪鏡》のレベリングを行いたくないのでは……?
「それよりカナタさん、集めるのはラーニョの一つ目だけでいいのですよね? どうやって集めていきましょう……」
ポメラがラーニョの骸の山を見つめる。
……確かに、これはちょっと手間が掛かりそうだ。
「まず一か所に固めたいところですが……これだけ散らばったものを動かすのも一苦労ですね」
水か土か風を操るのが一番手っ取り早いか?
ちょっと範囲が広すぎるので、環境に及ぼす影響が怖い気がしなくもないのだが……。
「フィリアに任せてっ!」
フィリアはそう言うなり俺の前に出て、両腕を掲げた。
地面から毎度お馴染みの大きな白い両腕が伸びたかと思えば、地面を掌で押しながら前進し、あっというまにラーニョの亡骸を俺達の近くへと集め始めた。
あっという間の出来事だった。
「ね? ね? フィリア凄いでしょ? フィリア頑張ったでしょ? 褒めて、褒めて!」
フィリアがきゃっきゃと騒ぐ。
「あ、ありがとうね、フィリアちゃん」
こ、この子……本当に万能だな。