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第二十三話 蜘蛛狩り

 俺は魔法陣を浮かべ、人差し指を伸ばして周囲に一閃を放つ。


「時空魔法第十階位《次元閃(ロムスラッシュ)》」


 周りのラーニョの身体が真っ二つになった。

 切断面から体液が飛び散る。

 小回りが利く代わりに線攻撃で、威力も今一つな魔法ではあるが、雑魚狩りには充分そうだ。

 討伐部位を避けやすいのもありがたい。


 俺はラーニョの亡骸の合間を駆け、フィリアとポメラの前へと移動した。


「お、お見事です」


 ポメラがフィリアを押さえながらそう言った。


「低階位の魔法なので、相応の威力ですけどね」


「低階位……?」


 ポメラが首を傾げる。


「フィリアちゃん、あれ、消してもらっていい? ちょっと不安だから……」


 俺は空中に浮かぶ、謎の福笑い球体を指で示す。


「大丈夫? あのロズモンドっていう人から話が漏れて、カナタの迷惑になったりしない?」


「……まぁ、多分、あの人は大丈夫だよ」


 俺はそう言って、ロズモンドが逃げ去って行った森の奥を眺めた。


 フィリアは俺の言葉にとりあえず安心してくれたらしく、謎の球体を消してくれた。

 さっきまで必死にフィリアを押さえていたポメラも、心底安堵した様子で彼女を開放していた。


「……ついでに聞いておきたいんだけど、あれは何だったの?」


「《不気味な顔(クリーピーボール)》!」


 フィリアが得意気にそう言った。

 そうか……《不気味な顔(クリーピーボール)》か。

 そんな禍々しい名前がアレにはついていたのか。


「あれは何をする物体だったの?」


「こうね、ぐちゃってなって……! 混ざって……ええと、なんだか出鱈目になって、えっと……」


 フィリアは身振り手振りで説明してくれるが、よくわからなかった。

 よくわからないなりに、何かとんでもないことになるらしいということだけはわかった。


「今度カナタとポメラに見せてあげる!」


 み、見たいような、見たくないような、もう二度と出さないでほしいような……。


 その後、俺はポメラ、フィリアと共に本格的なラーニョの討伐に掛かることにした。

 俺はラーニョの群れへと駆けていき、手前のラーニョを蹴り飛ばしつつ《次元閃(ロムスラッシュ)》で奥のラーニョを斬りつけていく。

 足技と時空魔法の刃を交互に出してラーニョを散らしていった。


 小回りの利く《次元閃(ロムスラッシュ)》は思ったよりも使いやすい。

 《歪界の呪鏡》の悪魔達にはあまり効果がなかったので腐らせていたが、外の世界で戦う分にはこれを多用していった方がいいかもしれない。

 極薄の刃であり、『斬る』というよりも『切断する』と表現するのが合っている。

 そのため衝撃が伝わって対象をぶっ飛ばしたり破裂させたりすることがないので素材を回収しやすい。


 ポメラは大杖を掲げ、ラーニョ達が集まっているところへと向けていた。


「精霊炎魔法第五階位《紅蓮蛍(フレアフライ)》!」


 真っ赤な火の玉が生じ、ラーニョの集まりの中央に落ちて破裂する。

 爆風に巻き込まれたラーニョ達が黒焦げになって周囲に転がった。

 あの程度ならば目玉は回収できそうだ。

 《紅蓮蛍(フレアフライ)》は爆風の範囲攻撃がメインなので、今回の目的に適している魔法だった。


 フィリアが両手を掲げると、地面から二本の巨大な真っ白の腕が伸びていた。


「そーれ、ぱーん!」


 フィリアが手を叩くと、白い腕が連動して動く。

 地表を削って溝を掘り、二つの腕が掌を打ち合わせる。

 巻き添えになった十以上のラーニョが手の中で圧縮され、指の合間から激しく体液を噴射していた。

 拉げた目玉が衝撃で飛び出し、地面の上を転がった。


 ……他の目玉は無事なのだろうか。

 ラーニョの一つ目は討伐証明以上の意味合いはないはずなので、多少変形していても問題はないとは思うが……。


 六十体近い数のラーニョはあっという間に残るところ一体となっていた。


「時空魔法第四階位《短距離転移(ショートゲート)》」


 俺は時空魔法で逃げていくラーニョの背に立ち、指先を横に一閃した。

 《次元閃(ロムスラッシュ)》の刃がラーニョの身体を斬った。


「さすがカナタさんです! カナタさんお得意の時空魔法、今回も凄く格好良かったです!」


 ポメラが燥ぎながら俺へと歩み寄ってきた。


「俺の専門分野はどっちかというと炎魔法ですね。時空魔法は、師匠のルナエールさんが得意でした。というより、彼女も便利だから好んでいる、といった感じだったのかもしれませんが……」


 ルナエールが本気を出す必要に駆られたところを俺は目にしたことがないので、時空魔法が彼女の中で最も得意な魔法だ、というわけではないのかもしれない。

 単に利便性の高い時空魔法を好んでいるだけということも考えられる。


 もしかしたらルナエールは時空魔法ではなく、死霊魔法が一番得意だったのかもしれない。

 少なくとも生前は死霊魔法が最も得意な魔法だったと、ルナエールは過去を語るときにそう口にしていた。

 彼女の纏う冥府の穢れも、死霊魔法の力を高める作用があるのだそうだ。


 俺も時空魔法をよく使うのは、炎魔法と違って加減を間違えてもまだ被害がマシで済むからだ。

 俺が本気で炎魔法を飛ばした場合、下手したら街一つ森一つが焼失しかねない。

 使える最高階位の魔法を飛ばした場合、出した炎をきっちり消せるかどうかは怪しいのだ。

 ルナエールがよく使っていたので、癖が移っている、という面もあるとは思うのだが。


「え……? そ、そうだったんですか? じゃあ今まで、主力ではない魔法であれだけ……?」


 ポメラは茫然と口を開けたが、首を振ってすぐ元の表情に戻した。


「いえ……カナタさんのことで一つ一つ驚いていたら、キリがありませんもんね……」


 悟りを開いたかのように遠い目をしていた。

 ……ポメラは本当に、俺のことを何だと思っているのだろうか。


「俺なんかでそんなに驚いていたら、もしもルナエールさんと会ったら大変なことになりますよ。あの人、全く底が見えませんでしたからね」


「カナタさんは本当にルナエールさんが大好きですね……」


 ポメラからそう言われて、俺はびくっと肩を上下させた。

 俺は成り行きでポメラに、ルナエールが老年の女性だと伝えてしまっていた。

 だというのに好意を見透かされたということは、もしかしたら俺の様子からルナエールが不死者であることが勘づかれたのではなかろうかと思ったのだ。

 気を付けていたが、ちょっと惚気みたいな空気が滲んでいたのかもしれない。


「そっ、そうですね、親愛的な意味で、大好きですよ。ルナエールさんはその、お婆さんですからね!」


「ど、どうしたんですか、そんな言い訳がましい言い方をして。以前に聞いたので、それは知っていますよ……?」


 ポメラが戸惑った様に言う。

 俺は心中で、ルナエールへと謝罪した。

 また余計な嘘を重ねてしまった。

 何年後になるかはわからないが、次にルナエールに会ったときは後ろめたさですぐには顔を見れないかもしれない。

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