第二十一話 《大地爆轟》
ロズモンドが向かって来る。
完全に戦闘を仕掛けて来るつもりだ。
「フィリアに! フィリアに任せて!」
張り切った顔でそう宣言するフィリアを、俺は大慌てで止めた。
「お、お願いだからじっとしてて!」
ロズモンドが十字架を掲げると、魔法陣が浮かんだ。
続けて魔法陣を掻き消すように十字架を横薙ぎに振るう。
「格の差を教えてくれるわ! 土魔法第三階位《
五十センチメートル程度の土の針が浮かび上がり、俺へと目掛けて飛来してくる。
俺は前に出て、土の針へと手を翳す。
「愚か者め! 素手で受け止められるものか!」
土の針は俺に当たる前に砕け散った。
断片が辺りに舞う。
「なんだと……? アイテムか?」
ロズモンドが小さな声で呻く。
魔法を弾くのは、ルナエールのローブの力である。
低階位の魔法は俺に危害を加えることはできない。
「こちらも失礼があったのはお詫びします。戦うつもりはありません、武器を下げてください」
「流れの冒険者にコケにされ、魔法を掻き消され……その上でやれ武器を下げろと諭されて、今更引き下がれるものか! 我にもA級冒険者としての矜持がある!」
ロズモンドが声を荒げて叫ぶ。
「手を抜くのは止めだ! 貴様らには、この《殲滅のロズモンド》の作る地獄を見せてくれるわ!」
う、打ち消したのがまずかったのか。
この様子だと、ロズモンドは素直に下がってくれそうにない。
適当に追い返すか?
魔法都市では名高い冒険者のようであるし、変に俺に負けたと言いふらされるのも嫌なのだが……。
「土空魔法第四階位《
ロズモンドから土の塊が飛来してくる。
土の塊は俺の目前まで来ると、ローブの力で弾かれ、軌道を変えて地面へと落ちる。
「掛かったな、対策しておるわ! その魔法は破裂するぞ!」
地面に落ちた《
だが、無論その爆風もローブは妨げてくれる。
……どうすれば、後腐れなくこの場を諫めることができるだろうか。
「……ほう、大したものだ! よかろう! ソーサラーの本分をお見舞いしてくれるわ! 土魔法第五階位《
ロズモンドの前方に赤い光の球が浮かび上がる。
地表から土が剥がされて、光の球へと纏わりついていく。
綺麗な土の球体ができた。
あの魔法陣……爆発するタイプの魔法か。
範囲攻撃が得意なソーサラータイプと言っていたな。
とりあえず俺が狙われている以上、ポメラやフィリアから離れた方が良さそうだ。
「……二人は下がっていてください」
とりあえず彼女達から離れようと、俺はそう言って前に出た。
「ようやく乗り気になったようだな! この我相手に近づかねば勝機はないと理解したか!」
「そういうわけではないのですが……」
「今度こそ、直撃すれば身体が吹き飛ぶぞ! さあ、どうする!」
ロズモンドが十字架を降ろすと、土の球体が俺へと放たれる。
俺は腕を伸ばし、土の球体を止める。
土の球体に罅が入って赤い光が漏れ出し、爆発した。
俺の周囲の地表が吹き飛んで草が剥がれていたが、すぐ足許の周囲だけ残っている。
「こ……こんなことが、あり得るのか? なんだこれは……幻影の類か?」
ロズモンドは、十字架を降ろした姿勢で呆然と足を止める。
《人魔竜》と恐れられていたノーツも、ルナエールのローブが無力化できる第十階位以下の魔法が主力であった。
恐らく、せいぜいA級冒険者のロズモンドの魔法はだいたい全部完封できると思っていいだろう。
はっきり言って戦うだけ不毛なのだ。
ロズモンドが魔術師タイプの人間であった時点で、俺にダメージを与える方法はない。
派手な魔法を使うより、あの十字架杖でぶっ叩いた方がまだチャンスがあるくらいだ。
「とにかく、武器を降ろしてください。これ以上やるなら、さすがに反撃させてもらいますよ」
「……ク、ククク」
ロズモンドが再び十字架を構える。
十字架の先端を中心に魔法陣が展開され、また赤い光の球体が生じた。
「まさか、一対一でここまで我を追い込める魔術師がいるとはな。認めてやる……見縊ったことを謝罪しよう。ここからは我も、命を賭けよう!」
「追い込むも何も、俺まだ何もしてませんよ!?」
「見せてくれるわ! 我が大魔法! 土魔法第七階位《
地表が剥がれ、赤い光にどんどん土が集まっていく。
あっという間に直径一メートル近い巨大な土の塊が宙に生じた。
ロズモンドが十字架を振り下ろす。
巨大な土塊は地面へと落ちながら俺へと向かってきて、俺のやや手前の方で落ちた。
表面の土が崩れ、周囲に赤い光が走っていく。
光の中で地面に歪みが走り、近くにあった木が黒く焦げてへし折れていくのが見えた。
爆風が止むと……俺の前方で、ロズモンドが息を切らしながら腕を地に着けていた。
外套や装甲の一部が爆風で吹き飛んでいる。
顔に着けた山羊の仮面も、割れて半分になっていた。
装甲と外套でわからなかったが、身体は案外華奢であるし、顔も明らかに女性であった。
目の周囲に目立つ赤いメイクをしている。
大きな印象的な瞳をしているが、猫というよりは虎に近い。
美人ではあるが、獣染みた目つきをしていた。
仮面のせいで声がくぐもっていてわからなかったが、ポメラが指摘していた通り女であったらしい。
息を苦し気に荒げていた。
あんな距離で小回りの利かない魔法をぶっ放したために、《
……因みに、第七階位の魔法はローブの無力化対象内であるため、俺には全くダメージは通っていない。
大丈夫だとはわかっていたが、一応ポメラ達を振り返った。
地面から二本の大きな真っ白な腕が伸びていた。
片方の手の甲には大きな一つ目があり、もう片方の手の甲には大きな口がある。
二本の腕は組んでいた指を解き、素早く地面に潜っていった。
中にはポメラとフィリアがいた。
どうやらあの奇妙な白い腕は、フィリアが《夢の砂》でポメラを守るために出したもののようであった。
「まだだ……まだ、我は負けていない! 我が魔法しか能がないと、誰が口にした!」
ロズモンドが手にした十字架を投げ出し、俺へと飛び掛かってきた。
「我がグローブの爪で引き裂いてくれるわ!」
ロズモンドが装甲に覆われた両腕を伸ばす。
ぴんと張った装甲に覆われた手の指の先から、禍々しい鉤爪が伸びた。
「白兵戦を熟せぬ魔術師など、魔法の技量が長けていたとしても下の下よ! 魔力が切れようが敵を打ち倒し、窮地を覆すだけのタフネス! それを兼ね揃えた者だけが、真に戦いを熟せる魔術師なのだ! 最後の最後で油断したな!」
俺は正面からロズモンドの大きな籠手を掴み、地面へと軽く落とした。
周囲に土煙が舞う。
「な……なぜ、だ」
ロズモンドが地面に大の字になって伸び、苦し気に声を上げる。