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第二十話 《殲滅のロズモンド》

 ラーニョの討伐依頼を受注してから食料などの最低限の準備を整え、早速都市を出て森へと向かうことにした。


 俺は冒険者ギルドでもらった、依頼の詳細を記した書類を確認する。

 その中にはラーニョの出没頻度の分布を記した地図もあった。

 手っ取り早く狩りたいので、B級以上推奨の、ラーニョの出没頻度の高い危険区域を訪れている。


「しかし……妙ですね。《モンスターパレード》が、一種の魔物でこんなに広範囲に発生するなんて、ポメラはこれまで聞いたことがありません」


 ポメラが不思議そうに言う。


「よくないことの前兆なのでしょうか?」


「かもしれません。冒険者ギルドの方も、そこは調査中のようですが」


 依頼について記された書類にも、ラーニョの討伐証明部位とは別に、今件について有力な情報を報告できれば特別報酬を出す、と書かれている。

 この異常発生を随分と警戒しているようだ。

 D級の魔物がちょっと増えただけだと俺は考えていたが、俺が考えているほど事態は軽くはないのかもしれない。


「……カナタさん、そろそろ近そうです。魔物の気配を感じます」


 ポメラがそう口にする。

 言われて目を閉じ、五感を研ぎ澄ませる。

 確かに、馬車の護衛のときと同じ気配を感じる。

 以前同様に、ラーニョは地中に潜んでいるようだった。


 また、それとは別に、何者かが俺達へと近付いてくるのを感じ取った。


 近くの木の上に、黒い外套の人物が姿を現した。

 外套の下には金属の防具が見える。

 顔には、山羊を模した簡素な金属の仮面をつけていた。


 十字架を象ったごつい金属棒を背負っている。

 俺の握り拳に近い太さがあった。

 あそこまで大きな魔法杖は珍しい。


 仮面の横から、橙色の三つ編みが垂れていた。


「お、女の人……?」


 ポメラは杖を木の上に構えて警戒しつつ、恐々と口にする。

 山羊仮面が飛び降り、地面へと着地する。

 身に纏った防具がそれなりに重いらしく、軽く砂煙が舞った。


「随分と無警戒なものだ。危険区域であることを知らぬと見える」


 仮面の奥からくぐもった声が響く。


「我が一帯を狩る。邪魔な雑魚共は去るがいい。退かぬなら力ずくでも追い出すつもりだったが、貴様らでは元より力量不足よ。大人しく従っておくことだ」


 仮面の人物は、一方的に俺達にそう告げた。


「あなたは、いったい……」


 ソロで活動している冒険者は珍しい。

 それに、これだけ強固な防具をつけている冒険者もあまり見ない。

 武器から察するに魔術師タイプではあるのだが、だとしたらここまでガチガチの防具なのは妙だ。

 白兵戦を前提としている剣士タイプの人間でも、ここまで守りを固めているのは見たことがない。


「我はA級冒険者、ロズモンド。我を知らぬとは、この都市の人間ではないな? 貴様らの名乗りはいらぬ、とっとと我の前から去れ」


 A級冒険者……ということは、アルフレッドクラスの冒険者ということか。

 そう思うと、物々しい外見もちょっと可愛く見えて来る。


「お気遣いありがとうございます。ただ、俺達は一応その……危険はわかった上で来ていますから、ご心配なく……」


「物分かりが悪い。貴様らの事情など知らぬ。我の邪魔だ。だから、消えろと言っている。獲物を取られるのは癪であるし、鼠にちょろちょろとうろつかれると戦い辛いのでな」


 ロズモンドが、装甲に覆われた腕を俺達へ突き出し、指を曲げる。

 関節部が擦って金属音を打ち鳴らす。


「金にならん戦いは嫌いなのだが、少しばかり脅してやらねばならんようだな」


 ロズモンドが、巨大な金属杖を手に取った。


「これ以上粘るようであれば、我が《殲滅のロズモンド》と称される所以を貴様らに思い知らせてやらねばならん。さあ、どうする?」


 ロズモンドの言葉に緊張が走った。

 どうにも彼は、簡単に引き下がってくれそうにない。


 この言い分と一方的な脅しで下がるのは癪だが……争いになれば、勝っても余計な禍根が残る。

 向こうは魔法都市マナラークを主要拠点にして活動しており、A級という信頼のある冒険者だ。


 戦うのはあまり得策ではない、か……。

 ここは下がって、別の場所でラーニョを狩った方がいいかもしれない。


「わかりました。俺達は去らせてもらいま……」


 そのとき、フィリアが自信満々の笑顔で前に出て、ロズモンドへと腕を向けた。


「ストップ! フィリアちゃんは下がってて!」


 また始祖竜でもぶん投げたら、周囲の地形が変わると共にロズモンドが死んでしまう。


「フィリア、あのおじさんくらいならどうとでもなるのに……。カナタの役に立てると思ったのに……」


 フィリアが口惜しそうに言って、しゅんと俯いた。


「なんだそのガキは? 我を馬鹿にしているのか?」


 ロズモンドが殺気立ち、俺達へと一歩近づいて来た。


「す、すいません、すぐに移動しますから……」


 俺は頭を下げる。


「あの人……ソーサラータイプの魔術師みたいですね、カナタさん」


 ポメラの言葉に俺は首を傾げた。


「ソーサラー……? どこで、そう思ったんですか?」


 ソーサラーは知っている。

 魔術師の中でも、広範囲の攻撃を得意とする魔術師のことを示す。

 俺も白魔法以外はだいたい齧っているので、一応ソーサラーの枠に入るはずだ。


 ただ、特にロズモンドがソーサラータイプの魔術師であることを示唆することはなかったように思う。

 《殲滅のロズモンド》の異名は確かにソーサラーっぽくはあるが、それだけで戦闘スタイルを推測するのは早とちりだろう。


「どこと言いますか……あの徹底した防具は、ソーサラー以外にあり得ないと、ポメラは思います。あまりソーサラーの方を見たわけではないのですが……あの防具と重い大杖では、近接の立ち回りが得意だとはとても思えません。あの仮面も、剣や爪より爆風を妨げるためのものです。恐らく、自分の魔法の余波を防ぐためのものだと思います」


「ソーサラーをまともに見たことがないというのはどの道低レベルに尽きるが……そっちの女の方が、まだ詳しいようだな」


 ロズモンドが鼻で笑う。


「……わざわざ重い防具をつけて、魔法の余波を防ぐんですか? まともに魔法を制御できていないだけなんだと思うのですが。背伸びせずに、身の丈に合った階位の魔法を使った方が戦いやすそうだと……」


 ルナエールも魔法に関する様々な知識を教えてくれたが、鎧を纏って大型魔法をぶっ放せなんてとんちんかんな戦法は特に口にしていなかったように思う。

 そもそも自分の使う魔法は事前に把握できているのだから、特殊な耐性を持たせたローブでもあれば余波を防ぐのは充分であるはずだ。


「カ、カナタさん、前、前……」


 ポメラの言葉に対して疑問を呈しただけのつもりだったのが、ロズモンドから殺気が立ち込めているのに気が付いた。

 あ、あれ……本当にそうだったのか?


「……いえ、なんでもありません。すいません、俺が無知でした」


 頭を下げたが、既に遅かった。


「この我をよくも散々コケにしてくれたな! 最早脅しではすまんと思え!」


 ロズモンドが、十字架を模した大杖を地面に叩きつけた。

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