第十三話 通行証
「まさか、《
壮年の魔術師ガネットは、温和な笑みを浮かべながらポメラへとそう言った。
「い、いえ、ポメラはその……そんな、大した人間ではありませんので……えっと……」
ポメラが吃り気味に答える。
どう話せばいいのか、本当に困っているのだろう。
ガネットは彼女の言葉を聞き、なお嬉しそうにパンッと叩いた。
「おお! 謙虚な人物であるとは聞いておりましたが、噂通りの人格者でございますな。しかし、謙遜が過ぎますぞ。《人魔竜》を都市から追い出せるなど、そんなことができる人間はこの国にそう多くはございません。この国中から優れた魔術師が集う魔法都市にも、儂が知る限りでは一人しかおりませんからな」
ガネットが話せば話すほど、ケビンと受付の人は顔を青くしてだらだらと汗を垂らしていた。
「《人魔竜》が出て行ったのは、別の要因があったのだと思います……。ポメラは、被害を抑えようとしていただけなんです。ポメラよりもっともっと凄い人は、いくらでもいると思います…………その辺りとかに」
ポメラがちらりと俺とフィリアへ目をやった。
「ふぅむ……いえ、その歳でそれだけの力を有していながら無名であるのですから、並々ならぬ事情があったのでしょうな。余計な勘繰りをする気はありませぬのでご安心くだされ。不快に思われたのなら申し訳ございませぬ」
ガネットはぺこぺこと頭を下げ、それからほっと安堵の息を吐いた。
「実のところ、儂はポメラ殿が危険な人物ではない、ということを確認したかったのですよ。一応、この都市の代表者の一人でもありますからな。それ以上の意図はございません。信頼の置けそうな人柄で安心いたしました」
ガネットの行動があまりに早いと思ったが、どうやら彼がSランク冒険者相応であると見立てたポメラを見極めておきたかったらしい。
都市とポメラの関係が悪化すれば大事だ、とも考えたのかもしれない。
この世界は個人のレベル格差が大きい。
《邪神官ノーツ》程度であっても、彼一人でアーロブルクが壊滅の危機だったのだ。
警戒して動くのも当然のことだろう。
「は、はぁ……なるほど……」
ポメラがもどかしそうにそう答える。
俺のことを口にするべきか否か、悩んでいるのだろう。
ただ、レベルが知られればそれ以上の存在から目を付けられるリスクが伴う。
俺もポメラにだけリスクを負わせるのは心苦しいので明かすべきなのか悩んでいるのだが、ひとまず現状であればポメラを狙って来る外敵程度であれば俺が処理できるはずだ。
ポメラの件もアーロブルクの外ならば知る人ぞ知る、といった程度で、そこまで大事になっていないようだ。
余計なリスクを増やす必要はないだろう。
ポメラを狙って動くのはロヴィスクラスだろうが、俺を狙って動くのはゾロフィリアやルナエールクラスになるはずだからだ。
「ポメラ殿らは、この《
俺は唾を呑み込む。
願ったり叶ったりな提案であった。
「ただ、その、ポメラ達は、あまりここのルールを知らなかったもので……。通行証は、外部の人間だと、B級以上の冒険者でないと申請さえ出せないのですよね?」
ポメラが言うと、ガネットは顔を曇らせて受付の人を睨んだ。
「……そう言って、申請を蹴ったところだったのか。ポメラ殿はどうにも遠慮がちだが……まさか、失礼な言い方をしたのではなかろうな?」
「い、いえ! 私は、ただここのルールを説明させていただいただけでございます! まさか、そのようなことだとは……!」
受付の人はあからさまに動揺していた。
ガネットはうんざりしたように目を細め、すぐに笑顔に戻ってポメラへと向き直った。
「申し訳ございません、ポメラ殿。ここマナラークは、少しばかり選民意識の強い者が多く、外部の人間に冷たく当たることがございまして……。ポメラ殿が、不快な思いをされていなければよいのですが」
……なるほど、だからか。
《ウィッチリング》を筆頭に魔法アイテムを扱っている店をいくつも回ったが、正直あまり対応がいいとは思えなかった。
魔法の研究が他の都市より進んでいる自負があるので、魔法に関してプライドが高いのだろう。
「冒険者ランク自体はさほど高くはないのですな。いえいえ、勿論、そこは特例ということで通させていただきます。ポメラ殿には、少しでも長く、この都市で快適な時間を過ごしていただきたいですからの」
ガネットは受付の人に対しての際とは打って変わって、優し気な声色でポメラへと言った。
……ガネットの様子を見て、この世界の権力者は大変なのだなと、しみじみと俺はそう思った。
「カナタさんはもちろん、入れた方が嬉しいですよね?」
ポメラは俺の方を向いて尋ねてきた。
俺は控えめにそっと頷いた。
正直、滅茶苦茶嬉しい。
多分、ここで手に入れ損なえば、A級アイテムの《精霊樹の雫》とS級アイテムの《アダマント鉱石》は自力で取りに行くしかなくなる。
「ではその……ガネットさん、可能なのでしたら、お願いしてもいいですか? ポメラだけでなく、できればカナタさんの分もお願いしたいのですが……」
「ええ、ええ、勿論ですぞ。ポメラ殿の頼みであれば! お連れの三人の分も、すぐに手配させましょう」
ガネットが笑顔で頷く。
「ガネット様……子供の分も、ですか……?」
受付の人が控えめに尋ねる。
ガネットは無言で彼女を睨んだ。
「なっ、なんでもございません!」
受付の人は自分の言葉を素早く撤回し、ガネットへと頭を下げた。
何はともあれ、ガネットのおかげで《
俺はほっと息を吐く。
「……あれ、お連れが三人?」
言ってから気が付いた。
どうやら、ケビンがポメラの連れとしてカウントされているらしい。
「ガネット様、そちらの男はただ案内のためについてきた魔法都市の住人です」
受付の人に言われ、ガネットがケビンの方を向いた。
「む、そうだったか。よくポメラ殿を案内してくれた。ご苦労……」
ガネットがそこまで言って、眉を顰める。
「……この都市の魔術師ならば、外部の人間の通行証の申請がほとんど蹴られることは知っているはずだが、何故お前はここまでポメラ殿らを案内した?」
「お、おお、俺は……俺は……」
ケビンは顔を真っ青にしながら、だらだらと汗を垂らしていた。
ガネットはポメラ、俺、受付の人の顔を軽く見回す。
それで概ねの事情を察したらしく顔に皺を寄せ、それからケビンを睨みつけた。
「お前のような輩がいるから、マナラークは高慢で意地の悪い人間が多いと言われるのだ。面汚しめが、ポメラ殿の気分を害した責任はどう取るつもりだ?」
「い、いえ、その、その……」
足許に、彼の汗で水溜りができかかっていた。
「もういい、消えろ。顔は覚えたぞ。マナラークから出ていけとまでは言わんが、二度と《
「は、はい!」
ケビンが逃げるように走って去って行った。
ガネットはその背を忌々し気に睨んでいたが、くるりとポメラへと振り返った頃にはまた元の笑顔になっていた。
「手続きが終われば、儂が案内をしましょう」
この人……親切で融通が利くが、少し怖い。
独特の迫力がある。