第十二話 魔術師ガネット
「……本日のご予定は、購入でしょうか?」
受付の人が俺へと声を掛ける。
「は、はい。ただ、あまり手持ちがなくて、その、少し下見させてもらえればなと……」
俺はしどろもどろながらに答えた。
フィリアが俺を応援する様にぐっと手を握り締めて俺を見ていた。
「面会の約束を取っていた魔術師の名前を仰ってもらえますか?」
「いえ、特には……」
「……あの、ですね。外部の人間が中に入るには、付き添いの所属魔術師が必要なことはご存知でしょうか」
受付の人が子供をあやす様な、小ばかにするかの様な口調でそう言った。
俺はついケビンを睨んだ。
「それと、そっちの子供も《
受付の人が、フィリアへと目をやってそう言った。
フィリアがびくっと肩を震わせ、俺のローブを掴んで背後に隠れて、しゅんと小さくなる。
「……フィリア、外で待ってる」
……というより、この調子だとそもそも俺達は入れそうにない。
受付の人の言葉から察するに、内部の人間と何らかの繋がりがない限りはそもそも入れないシステムになっているのだ。
こうなった以上、適当に恥を掻いてこの場を去って、とっととケビンから離れるしか俺達に選択肢はないだろう。
「そもそも、貴方方は通行証をお持ちでしょうか? まず通行証の申請をしてもらい、一週間程度審査の時間をもらうことになっているのですが……」
「その審査にさえ通れば、この施設を使うことはできるのでしょうか」
もしかしたら、審査の詳細次第では《
一週間は長いが……俺達に特に、急いでしなければならない用事があるわけでもない。
「あのですね。一般の方が通るには、特別な紹介があるか……最低でも、冒険者ギルドでB級以上である必要があります。別に、その条件を満たすからといって審査が通るわけでもありませんが」
B、B級以上、か……。
俺とポメラはまだC級冒険者だ。
一つ上がればいいだけ……ではあるが、冒険者の階位は強さそのものよりも実績の数に重きを置いている節がある。
とりわけB級以上は審査が厳しくなる。
多分……真面目に活動しても、後何年かは必要になってくるはずだ。
それに、B級冒険者は最低限度の条件にすぎないのだ。
「どうした? 申請はしないのか? 《
ケビンがここぞとばかりに俺を詰ってくる。
……そういう論調で馬鹿にしてかかってくるつもりだったのか。
よくもまぁ、そんなためにわざわざ案内を買って出て来たものだ。
フィリアが無表情で腕をケビンへ振り上げようとしていたので、俺はその腕をそっと止めた。
フィリアがやればこの建物ごと壊してしまいそうだということもあったが、そもそも、こんなしょうもない相手にわざわざ喧嘩腰になる必要もない。
「……すいません、自分が世間知らずでした。手間を掛けさせてしまって申し訳ございません」
俺は受付の人へと頭を下げた。
「おいおい、ここまで案内させておいて、それはないだろう……はぁ」
ケビンが楽しそうにそう言った。
またフィリアが腕を上げようとしたが、俺は素早くそれを押さえた。
「ま、田舎街から出てきた魔術師擬きはこんなものか。受付なんかより先に、俺に頭を下げてもらいたいものだが……」
そのとき、出入り口の扉が開いた。
ローブを纏った大柄の男が現れた。
年齢は五十前後だろうか。
顔には年齢相応に深い皺がいくつも刻まれていたが、意志の強そうな精悍な目をしていた。
高い鼻に、白いごわごわとした髭の人物であった。
首や腕には、魔術関連の装飾品が目立つ。
受付の人が、びくっと身体を震わせ、背筋をピンと伸ばした。
「ガネット様……お疲れ様でございます。今日は、別件の用事があったのでは?」
「お勤めご苦労。別件に、確かめておかねばならないことができたのでな。そちらは部下に投げさせてもらった」
どうやらガネットは《
立ち振る舞いに威厳とオーラがあった。
俺もポメラも、ケビンも、自然と彼の通るであろう奥に続く道を空けていた。
フィリアだけがぼうっと通路の中央寄りに立っていた。
「おひげ、硬そう」
俺はそっとフィリアの肩を掴んで通路の端へと引き寄せた。
「気を遣っていただかなくて結構だ。ここに来た目的は、既に果たされた。《
ガネットがずんずんとこちらに向かってくる。
俺の前まで来た後ぐるんと身体の向きを変え、ポメラの正面へと立った。
ポメラが頭を下げながらそうっと横に退いて道を譲ると、ガネットもそれに続いてポメラの前へと立った。
「あ、あの……ポ、ポメラに、何かお話があるのでしょうか……?」
ガネットはポメラを見つめた後、深く首肯した。
「アーロブルクより戻ってきた部下より貴女のことは耳にしておりました、聖女ポメラ殿。《人魔竜》の悪しき結界より街の人々をたった一人で守った、S級冒険者相応の魔術師がこの魔法都市を訪れていると。いえ、お会いできて光栄でございます」
ガネットがポメラに対してそう言った。
ケビンと受付の人が顎が外れんばかりに大口を開け、丸くした目が飛び出さんがばかりの驚愕した表情でポメラを見ていた。
ポメラが、助けを求める様に居心地悪そうに俺の方を向いた。