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第八話 黒ローブの魔術師

「《ウィッチリング》でも、D級アイテムくらいしか扱っていなかったなんて……」


 俺は魔法都市マナラークを歩きながら、頭を押さえそう呟いた。

 あれから他の店も駄目元で当たってみたが、どうにもならなかった。

 ルナエールは一体どれだけ規格外のアイテムをあれだけ貯め込んでいたのか。


 この世界の水準について色々とわかってきたつもりではあったが、一般人は大金をはたいても手に入るのはせいぜいD級アイテムくらいだとは思わなかった。


 思えば、一般冒険者もD級冒険者のオクタビオくらい強ければ上々くらいの印象であった。

 これより上のアイテムを手に入れるためには、自分で取りに行くか、きっとツテのようなものが必要になってくるのだ。


「あの……もしかしてポメラ、凄く高価なポーションを湯水の如く飲み干していたのですか……?」


 D級アイテムの《ブルムーン》の首飾りの時点で、三十四万ゴールドの値がついていたのだ。

 D、C、B、A、S、伝説、神話と続くと考えれば、伝説級のポーションである《神の血エーテル》はとんでもない値段がつくに違いない。


 ……かといって、あまり目立つことをして、他の転移者や《人魔竜》との無用な戦いになるようなことは避けなければならないので、余ったとしても売るような選択肢にはならないだろうが。


「うん……あんまり目安がまだわからないけれど、多分一杯五百万ゴールドくらいなのかな……?」


 俺は考えながら答える。

 とりあえず、ざっくり適当に答えてみた。


「ごっ、ごごご、五百万!? ごめんなさい、ごめんなさいポメラ、その、そんな高価なものだって知らなくて……! ごめんなさいごめんなさい、なんでもカナタさんに従いますし、その、今すぐ吐いて少しでも返します!」 


 値段を聞いたポメラがパニックに陥った。


「い、いえ、適当に言っただけなんで! 多分実際にはもうちょっと低いと思いますよ。それにその、俺もルナエールさんからもらっただけなので!」


 口にしつつ、俺も俺でルナエールに恐らく一億ゴールドを軽く超える恩があるのだなと実感させられた。

 《歪界の呪鏡》を含めて、神話級アイテムを幾つも彼女から譲り受けていた。

 ……本当に、少しでも恩を返せる日は来るのだろうか?


「カ、カナタさんの師匠のルナエールさんは、何者なんですか……? カナタさん以上に強いだけでも信じられないのに、そんなアイテムをいくつも持っていたなんて……とても信じられません」


「ルナエールさんは、その、世捨て人でして……。外の世界と関わりたくないようだったので、俺の口からあの人のことを話すわけにはいかないんです」


 ……それに、何よりもリッチ、不死者なのだ。

 ルナエールの存在は教会から決して認められるものではなく、彼女の纏う冥府の穢れは、耐性のない人間へと恐怖と嫌悪を植え付ける。

 下手に外に出れば、ルナエールは千年前のような悲しい想いをすることになる。

 それに、俺が余計なところで情報をばら撒けば、教会の人間が討伐に動き出すかもしれない。


「カナタさん……ルナエールさんのこと、本当に大好きなんですね。いつも、凄く楽しそうか、心配そうかのどちらかですし。お婆さんも、きっと喜んでいますよ」


 ポメラがニコニコと微笑みながら俺へと言う。


「ルナエールさんにお婆さんは失礼だと思いますが……!」


 俺はついムッとしてポメラを振り返る。

 ポメラがびくっと肩を震わせた。


「ひゃいっ! ご、ごめんなさいっ!」


 そこで俺はすぐ、ポメラにはルナエールが八十歳だと伝えたことを思い出した。


「い、いえ、なんでもありません。本当にすいません、変に声を荒げてしまって……」


 俺は咳払いを挟んでごまかした。

 そもそも自分がルナエールお婆さん説をばら撒いたことを忘れてしまっていた。


「…………それはいいのですが、カナタさん、その、ルナエールさんのことで何か嘘を吐いていませんか? い、いえ、あまり表に出てこられない事情のある人のようなので、それは仕方ないとは思うのですが……」


 ポメラがぎゅっと大杖を握り締め、訝しむように俺を見る。

 ……これ以上ルナエールの話を続けていると、何らかの形でボロを出してしまいそうだ。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、どうにか話題を切り替える術がないかを探る。


「カナタ、カナタ! フィリアね、あそこのお洋服屋さん、もう少し近くで見てみたいの!」


 そのとき、フィリアが俺のローブの裾をぐいぐいと引っ張った。

 彼女は瞳を輝かせ、ローブの裾を引くのとは逆の腕で、遠くの洋服店を指で示している。


 この上なくグッドなタイミングであった。

 やっぱりこの子、色々見据えた上で俺が動きやすいように気を遣ってくれているのではなかろうか。


「よし、わかったよフィリアちゃん。材料の方は諦めた方がよさそうだし、極端に高くなかったら買ってあげるよ」


「やった! フィリア、カナタ大好き!」


 フィリアがぎゅっと俺の腰に抱き着いてくる。

 俺はフィリアの頭を撫でつつ引き剥がし、洋服店の方へと向かうことにした。


「むぅ……」


 ポメラは腑に落ちなさそうに俺の背を見つめていたが、すぐに俺達の後を追いかけてきた。

 それからポメラは、少しだけぶるりと身震いをした。


「どうしましたか?」


「い、いえ、少し……悪寒が……ただの寒気みたいですが。もしかしたら、病魔……ですかね」


 ポメラが困ったように口にする。

 そのとき、フィリアが目を見開き、俺の手を振り払って前方へと躍り出た。


「フィリアちゃん?」


 遅れて、毒々しいような、懐かしいような、そんな気配を遠くから感じ取った。

 フィリアの目線の先を追えば、厚手の黒のローブに身を包んだ魔術師が、高い屋根の上に立っていた。

 長いだぼっとした袖で腕を隠し、ローブで頭部を覆いつくしている。


 ローブ全体に、血のような赤い文字で魔術式が羅列していた。

 その内容はともかく、レベルの高さは一目見てわかる。

 俺よりも数段上の魔術師だ。


 エルフは世界に宿る精霊と深い交流を行い、身体に馴染ませることで長寿となった種族である。

 俺よりも早く、魔術師の放つ異様な気配を感じ取ったのだろう。

 フィリアにも、錬金生命体(ホムンクルス)として持たされた力があるようだ。

 場面にも左右されるだろうが、感知能力は二人とも俺以上なのかもしれない。


 魔術師はじっと俺の方を眺めていた。

 フードからは、白い絹のような滑らかな髪が靡いていた。

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