第七話 《ウィッチリング》
俺はポメラ、フィリアを連れて、魔法のアイテムを扱っている建物へと訪れていた。
店の内装も綺麗で、ガラスケースに首飾りなどのアイテムが厳重に並べられていた。
明らかに富裕層といった身なりの整った中年の男女が多く歩いており、俺達には少し場違いな雰囲気でもあった。
「カ、カナタさん……あのう、こんな店まで来なくてもよかったのでは……? ポメラ達、少し浮いている気がします……」
ポメラは周囲の視線を気にしながら、俺の背後に隠れるようにこそこそと歩いていた。
気にし過ぎだと返したいが……周囲の目は、俺も少し気に掛かっていた。
小ばかにしたようにこっちを見てぼそぼそと話をする者の姿もあれば、露骨に嫌悪の表情を浮かべて別のフロアへと去っていく者もいた。
……早めに出た方がよさそうだ。
しかし、俺としてはどうしても《神の血エーテル》の素材を集めておきたかった。
実はここに来る前に三つほど店を回ってみたのだが、どこも全く手応えがなかったのだ。
それで店の人に聞いて、ここいらで品揃えの充実している大きな店がないか聞いて、ここ《ウィッチリング》へやってきたのだが……随分と高級趣向の店らしく、あまり俺達は受け入れられていない感じがする。
さっさと探して、さっさと出よう。
「わぁっ! 綺麗!」
フィリアだけは物怖じしていなかった。
商品に向かって走りだそうとしたので、俺は大慌てで彼女の腕を掴んだ。
「ここではまずいから! ここではまずいから!」
俺はフィリアへと必死に耳打ちする。
周囲からくすくすと笑い声が聞こえてくる。
……フィリアには、ポメラと一緒に外で待っておいてもらった方がよかったかもしれない。
そのとき、咳払いが聞こえてきた。
顔を上げれば、黒に近い深緑色の髪をした、眼鏡を掛けた女が俺達の前に立っていた。
群青のローブに、金の輪に青い水晶を埋め込んだバッジのようなものをつけていた。
「この《ウィッチリング》の店員、リーヴァと申します」
「すいません、騒がしくしてしまいまして……」
俺が頭を下げると、リーヴァはハンッと息を漏らした。
「ここまでご足労いただいて申し訳ないのですが、旅の冒険者風情に、私達のアイテムの真価が理解できるとは思えないのですがね……。ここにあるものは、この都市マナラークで錬金魔法の真髄に触れんと、日々研究している方々のために用意した品々なのです」
リーヴァがガラスケースへと腕を向け、面倒臭そうにそう語った。
「こんな店に来なくとも、適当な雑貨店でも選んだらどうですか? 貴方方には、それで充分だと思いますが」
「その、どうしても欲しいものがありまして……」
「欲しいもの? はあ、なんでしょうか?」
リーヴァが興味なさそうに言う。
「その……鉱石を」
とにかく価値S級の、《アダマント鉱石》を手に入れておきたいのだ。
もう片方の《世界樹の雫》は見つからなければ最悪自力で手に入れる手段はある。
ただ《アダマント鉱石》は、世界のどこを探せばいいのか全く見当がつかないでいる。
「鉱石、鉱石ですか……」
リーヴァが周囲をきょろきょろと見回し、俺達に背を向ける。
「ついてきてください」
俺は小さく頭を下げ、リーヴァへと続く。
ポメラはおどおどと、フィリアは意気揚々と俺の後に続いてきていた。
「まぁ、客だというのならば、どんな世間知らずや失礼な人物、果てはゴブリンだろうが丁重に扱うというのが《ウィッチリング》の方針では有りますし、あくまでここがいいというのであれば我々も真摯に対応させていただきますがね……」
リーヴァはぶつぶつと文句を言いながら歩く。
……ゴブリンと同列に相手を語るのは、十分失礼なのではないだろうか?
リーヴァはやがて、同じフロアにあった、あるケースの前で足を止めた。
「このケースの中の鉱石を見てください」
言われて俺が目を移すと、青い、光を放つごつごつとした丸い石があった。
直径は五百円玉ぐらいだ。
「いいですか? これは……」
「《ブルムーン》ですね」
青白く輝く鉱石だ。
《
あそこで一度、直径十メートル近い巨大な《ブルムーン》に轢かれたことがあったくらいだ。
「し、知っていましたか。まぁ、それであれば話が早くていいです。いいですか? 当店で扱っているのは、こうした高価なアイテムばかりであり、貴方が求めているようなものは……」
「確か……D級アイテムだったと思いますが、これが、どうかしたのですか?」
「…………」
リーヴァが無言で表情を顰める。
俺は少し、この段階で嫌な予感がした。
まさか、ここにもD級前後程度のアイテムしかないのだろうか。
その可能性も、微塵も考えていないわけではなかった。
この世界では下と上のレベル差が激しい。
人間のレベルに限らず、魔法やアイテムにもそのくらいの差があったとしてもおかしくはない。
この店でさえないとしたら、俺は《アダマント鉱石》がもう手に入らない、ということになる。
それは困る。
「あの……俺が欲しいのは、別にこれではなくて……もうちょっと上の奴が欲しいと言いますか……」
「あん?」
リーヴァの眉間に皺が寄った。
「い、いえ、あったらありがたいなというだけで、別にこの店に不満があるとか、そういうわけじゃないんですが……」
「すごいきれい! カナタ! カナタ! フィリア、これ欲しい! 格好いい!」
フィリアが《ブルムーン》の横にあった首飾りへと目を向けた。
《ブルムーン》を装飾に用いている。
「これくらいだったら買ってあげてもいいけれど……」
顔を近づけると、値段の書かれた札が前に置かれていることに気が付いた。
札には【三十四万ゴールド】と書かれている。
「えっ、これ、そんなにするんですか!? 《ブルムーン》なのに!?」
見間違いかと思い、俺は顔を一気にケースへと近付ける。
三十四万ゴールドも抜かれたら、アーロブルクで依頼を熟して貯めた貯金が吹き飛んでしまう。
《ブルムーン》は所詮D級アイテムだ。
加工しているとはいえ、三十四万ゴールドはちょっとぼったくり過ぎなのではなかろうか。
《
仮にこれが適正価格だというのなら、ルナエールからもらった物を売り飛ばしたくはないが、ロヴィスの方位磁石は今すぐ売却したい。
あれの価値はA級下位だったはずだ。
「カ、カナタさん、声、少し大きかったかなと、その……」
ポメラがぼそぼそと俺に忠告する。
俺は肩を震わせ、振り返る。
顔を赤くし、鼻に皺を寄せたリーヴァが俺を睨んでいた。
「す、すいません、あの、別に不当に高いとか、そういうことを言いたいわけではなくて……!」
「出ていけぇ! 世間知らずで失礼な猿が!」
リーヴァが近くに飾っていた杖を手に取り、俺へと振りかざしてきた。
ど、どんなに世間知らずで失礼な相手でも客として対応すると言っていたのに!
いや、今のは俺の言い方も悪かったけれども!
「本当すいません! すぐに出ていくので!」
俺は杖を壊さないように指で受け止め、回して絡め取って床へと転がした。
俺も力加減が上手くなってきたかもしれない。
そのままポメラの腕を引き、急ぎ足で《ウィッチリング》を去ることにした。