第六話 霊薬の素材
宿を取って少し休憩してから、ポメラとフィリアを連れて早速魔法都市で霊薬の材料を探してみることにした。
尖がった屋根の、高い建物がずらりと並んでおり、ここの街並みは歩いているだけで楽しい。
ちょっと怪しい雰囲気にわくわくさせられる。
猫の風見鶏のようなものがあった。
……風見猫とでも呼べばいいのだろうか?
「カナタさんが何を探したいのかはポメラにはよくわかりませんけれど……きっと、ここなら見つかるはずです。ここは、魔術師にとって聖地と言われている場所ですから」
「霊薬の素材が欲しいんですよね……。回復薬の類もそうですが、エーテルがとにかく足りなくて……」
「エーテル……は、ごめんなさい、ポメラにはよくわかりません」
正式名称は《神の血エーテル》である。
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【神の血エーテル】《価値:伝説級》
高位悪魔の脳髄を煮詰めたものを主材料とした霊薬。
神の世界の大気に近い成分を持つと言い伝えられている。
呑んだ者の魔法の感覚を研ぎ澄ませると同時に、魔力を大きく回復させる。
かつて大魔術師が《神の血エーテル》を呑んだ際に、この世の真理を得たと口にしたという。
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《
魔力を回復させると同時に、魔法の感覚を研ぎ澄ませる修行の便利アイテムである。
これさえあれば、魔法の修練の効率が桁違いになる。
《歪界の呪鏡》で魔法を連打して経験値を稼ぐのにも役立ってくれている。
俺も修行のために、自分の血がすべて入れ替わる勢いでエーテルを飲ませてもらっていたものだ。
「ポメラさんにも飲んでもらっていたものですよ。あの、緑色のポーションです」
「……あ、あれ、ですね。覚えています。あの……はい、お腹がたぽたぽになるまで飲ませていただきましたね」
ポメラが苦笑しながら自分の腹部を摩った。
「アレがないと、ポメラさんに《歪界の呪鏡》でレベルを上げてもらうことができないんです」
ポメラの表情が引き攣った。
「カ、カナタさん、あの……もう、レベル上げは終わったのでは?」
「え……? ああ、いえ、エーテルが少なくなったので控えさせてもらっていたんですよ。魔法都市に来て落ち着いたらまた再開していこうと考えているので、安心してください」
「も、もう、大丈夫ではありませんか? えっと……その、ポメラ、レベル200台に入っていませんでしたか?」
ポメラが震える指で自分を示す。
「レベル200くらいだと冒険者としてはそれなりにやっていけるのかもしれませんが……もし外で盗賊みたいな連中に襲われたら、命を落としかねませんよ。できるだけ早くに上げておいた方がいいかと」
確か、ロヴィスはレベル200ないくらいだったか。
しかし部下も連れていたし、ロヴィス程度でも安定して追い返すならレベル250は必要だろう。
勿論ロヴィスより強い、危ない奴だっていくらでもいるはずだ。
実際、俺はまだ《
ゾロフィリアは最終的にレベル3000にまで跳ね上がった。
最低でも、ポメラもそれくらいまではレベルを上げてあげた方が安全だろう。
「そんな屈強な盗賊団がいるんですか!? レベル200もあったら……その、ポメラの認識に誤りがなければ、一地方の大英雄くらいにはなると思うのですが……」
その目線が正しければ、ロヴィスでさえ大英雄に入りかねない。
さすがにそれはないだろう。
「フィリアも! フィリアもエーテル、飲んでみたい!」
フィリアがぱたぱたと両腕を上下させる。
……フィリアは素の状態でさえレベル1800あるので、とりあえず強さに関しては今のままで問題ないのではなかろうか。
俺はフィリアを保護したというよりも、都市アーロブルクを保護するためにフィリアを連れていくことにしたと言った方が正しい。
フィリアはじゃれているつもりで始祖竜を投げかねない。
子猫の群れに混ざった獅子と言ってもまだ足りない。
魔法の感覚を研ぎ澄ませる、という面でも不要だろう。
フィリアは俺が長い修行の末にどうにか習得した時空魔法第十九階位《
フィリアはとりあえず第十九階位までは模倣対象さえいれば扱えるということである。
……結構貴重な霊薬なので、ジュース感覚で飲まれるのは少し困る。
「あ、あまり美味しくはないよ」
「おいしくなくても飲んでみたい!」
「う~ん……予備ができたら、味見くらいならいいかな?」
「やった! カナタ、約束、約束だからねっ!」
フィリアがきゃっきゃと喜ぶ。
「あの、そのエーテルの素材はどういうものがあるのですか?」
ポメラが尋ねて来る。
俺は魔法袋から《アカシアの記憶書》を取り出して、手で捲った。
《アカシアの記憶書》は知らないものを調べるときには目前にそれがある必要があるのだが、一度調べたものを調べる際には、それを頭に思い浮かべるだけでページを探り当てることができる。
「主な材料になる悪魔の脳みそは《歪界の呪鏡》で手に入るので……後は、これとかこれとかですね」
俺はページを指で止めて、ポメラへと見せる。
横からフィリアが首を伸ばしてページを覗いてきた。
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【精霊樹の雫】《価値:A級》
精霊の世界に聳え立つ巨大樹、ユグドラシルの雫。
あらゆる精霊の源であるともいわれている。
高い癒しの効果があり、錬金魔法においても重宝される。
精霊王よりユグドラシルに住まうことを許されている高位の精霊と契約を結び、彼らとの交渉を経て手に入れることができる。
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【アダマント鉱石】《価値:S級》
紫色の輝きを帯びた鉱石。
人の世に存在する中で、最も硬い物質だと言われている。
あらゆる魔法に対してへの高い耐性を持つ。
地中深く、地脈の魔力の強い部分で夥しい年月をかけて生成されるという。
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「他にも色々あるみたいですが、とりあえずこの辺りを確実に押さえておきたいですね。別の材料は、他の品で代用が効くようなものも多いので」
ポメラは《アカシアの記憶書》のページを目にして、真顔になっていた。
「《精霊樹の雫》と、《アダマント鉱石》……ですか?」
「はい。きっとありますよ。ここは魔術師にとって、聖地と言われている場所ですからね」
「……それ言ったのはポメラですけど、えっと……その、ううん……ある……ものなのでしょうか?」
ポメラが首を傾げ、街の方へと目をやった。
「その……と、とにかく、探してみましょうか。ポメラも魔法都市に来たのは初めてですし……その、もしかしたらあるのかもしれません」