第二話 ファングエイプの襲撃
魔法都市マナラークへと向かう道中、後ろの馬車から笛の音が響き始めた。
それを聞いた御者の商人が馬車の動きを止め、俺達の方へと顔を出した。
「鬼貝で造った、笛の音ですね。全体で魔物の対応に当たって欲しい、という合図です。お願いいたしますね、聖女ポメラ様」
商人の人がポメラへと頭を下げる。
「そっ、その呼び方は止めてもらえませんか! その、ポメラ……困ります……」
ポメラが顔を赤くし、商人へと必死に伝えていた。
「そうなんですか?」
「はい……できれば、お願いします。そもそも、ポメラより、カナタさんの方が遥かに強いですから……」
「あれ……そうだったんですか? てっきり、ポメラ様の御付きの方か何かなのかと……」
商人が、少し疑う様に俺の方を眺めていた。
「ポ、ポメラ、普通の冒険者です! 何か……その、話に変な尾鰭が付いていませんか……?」
……もう一つ言うと、ポメラよりフィリアの方が遥かに強い。
「では、行きましょうかポメラさん」
俺は馬車の帳を潜り、フィリアと二人で外へと出た。
「その女の子……馬車に置いて行かなくていいんですか?」
商人が俺へと尋ねて来る。
「ええ、見張っておかないと何をするのかわからない子でして……」
俺は苦笑しながらフィリアを背負った。
納得いかない様子の商人を尻目に、俺は後続の馬車の方へと向かうことにした。
後から、ポメラが追い掛けて来る。
「カナタさん……フィリアちゃん、連れて行っていいんですか? カナタさんが守り損ねることはないと思いますけれど、その、万が一のことがあったら……」
「……フィリアちゃんを馬車に残しておくと、馬車がどうなるか不安だったので」
「カナタさん、フィリアちゃんを何だと思ってるんですか……?」
神話級アイテム《夢の砂》を制御する力を得た、レベル1800の
本人の人格が純粋な少女のものであることは俺も断言できるが、彼女にとってはじゃれ合いのつもりでも、馬車一つが炎に包まれて塵になりかねない。
「だいじょーぶ! フィリア、強い!」
得意気に言うフィリアを、ポメラが心配そうな目で見ていた。
ただ、俺としてはむしろ、なまじ強いためにフィリアが心配なのだ。
周囲を見る。
今回の集まりに参加していた八つの馬車が全て停まっており、最後尾の馬車へと走る冒険者達の姿があった。
最後尾の馬車の付近では、冒険者達が大きな牙を持った、白い毛皮の大猿の群れとの交戦を行っていた。
ファングエイプという魔物である。
俺は見るのは初めてだが、魔物の詳細については冒険者ギルドの方で聞いたことがあった。
群れで活動し、隊商などを好んで追い掛け回す厄介な魔物である、と。
ただ、危険度はせいぜいD級である。
こちらの冒険者は数も揃っている。
まず苦戦することはないだろう。
俺達の方へと、二体のファングエイプが駆けて来た。
「悪目立ちしない程度に、ノルマだけ狩りましょうか」
この戦力差なら、俺とポメラの二人で一体でも狩ればお釣りがくる。
この二体さえ倒しておけば、文句は言われないだろう。
「せっかくですし、精霊魔法を実戦で使う練習をしておいたらどうですか?」
精霊魔法は精霊の力を借りて発動するため、普通の魔法より工程が多く、発生に時間がかかる。
その分、魔力消耗が抑えられ、術者の実力以上の力を発揮できるという利点はあるが、実戦で弱みを隠しつつ強みを前面に出していくのはなかなか難しいのではないかと、俺はそう思う。
余裕のある相手に対して用いて、少しでも慣れておいた方がいいだろう。
「は、はいっ! やってみます!」
ポメラが大杖を握る手に力を込める。
「精霊魔法第八階位《
炎の大爪の一閃が宙を駆ける。
大地が大きく抉れ、その痕は黒色に焦げていた。
巻き込まれたファングエイプの一体が、火達磨になりながら上半身と下半身に分かれ、地面の上を転がった。
遠くから騒めきが聞こえる。
……あまり、悪目立ちしない範囲でやりたかったのだが……。
「もうちょっと、下の階位でよかったですね」
「ご、ごめんなさい……。で、でも、ポメラが加減できなくなったのは、半分くらいはカナタさんのせいですから……!」
ポメラが頬を赤くして俺をじっとりとした目で見ている間に、もう一体のファングエイプが彼女へと距離を詰めていた。
地面を蹴って跳び上がり、大きな爪でポメラへと飛び掛かる。
「精霊魔法……!」
ポメラが急いで魔法陣を浮かべるが、さすがにファングエイプの攻撃には間に合わなかった。
「きゃあっ!」
彼女は慌てて、そのまま大杖を前へと突き出した。
「ギッ!」
ポメラの突き出した大杖は、ファングエイプの胸部を貫いた。
そのままポメラは大杖を高く掲げ、地面へと振り下ろした。
勢いよく地面へと叩き付けられたファングエイプの頭部が、血肉を撒き散らして爆ぜた。
「あ、危なかった……少し、びっくりしました」
……レベル差を考えると当然の結果だが、少し惨い。
「ポメラ、もう魔法いらないかもしれませんね……」
ポメラが少し寂し気に呟きながら、大杖についた血肉を振って落としていた。
「油断していると、レベル300くらいの相手に囲まれることもあるかもしれませんよ」
「《歪界の呪鏡》以外で、そんなことあり得るんですか……?」
《歪界の呪鏡》の悪魔はレベル3000前後ばかりなのだが……《歪界の呪鏡》の悪魔の動きをまともに捉えられないポメラからしてみれば、レベル300もレベル3000もさほど大差なく思えてしまうのかもしれない。
「何にせよ……ポメラさん、お疲れ様です。残りのファングエイプはすぐに片付きそうですね。俺達はもう、戻りましょうか」
「フィリアも戦いたい! ポメラばっかり褒められて狡い!」
俺の上で、フィリアが不平を垂れる。
ちらりと尻目に彼女の顔を見ると、頬がぷっくりと膨らんでいた。
……彼女が機嫌を損ねると、つい身構えてしまう。
そのとき、嫌な気配が近づいて来るのを俺は感じ取った。
ファングエイプだけではない。
何かが、ファングエイプに乗じて俺達へと迫ってきている。