第一話 魔法都市マナラークへ
《邪神官ノーツ》の騒動より、一週間が経過した。
都市アーロブルクから混乱の色が薄れ、事態は一応の落ち着きを迎えた。
前日に逃げ出していた領主ガランドの部下がいたらしく、《邪神官ノーツ》が都市アーロブルクに訪れ、領主の館に潜んで結界を張ったらしい、というところまで周知の事実となっていた。
だが、そこにどういう思惑があったのかはわからないが、ガランドはノーツに脅されていた、ということになっていた。
「……でも、本当は違ったのですよね?」
馬車の隣に座るポメラが、俺へと尋ねて来る。
「俺が入ったときには、ガランドが既に死んでいたのでよくはわかりませんが……口振りからして、協力関係にあったのをノーツが一方的に裏切ったのだと思います」
「どこから脅されていたなんて話になったのでしょう?」
「そうしておいた方が、都合がよかったのかもしれません。代理で来る領主の方は、ガランドの親戚に当たるそうです。……しかし、仮にガランドがノーツのテロ行為に加担していたとなると、代理領主の家まで首が刎ねられるそうですからね」
俺もあまりしっかりと調べたわけではないが、この国では国家への反逆行為は、見せしめのために遠い親戚筋まで刑罰が及ぶ、とのことだった。
ガランドの部下が嘘を吐いた、というよりは、ガランドの加担を見抜いた人間が握り潰したのかもしれなかった。
実際に貴族の親族纏めての死刑を行ってしまえば、領地の混乱が大きくなってしまう。
だが、だからといって理由もなく見過ごしたとなれば、治安の悪化へと繋がる。
誰も得をしない刑罰を実行するよりも、事実を捻じ曲げる方を選んだのかもしれなかった。
無論、このことは俺の想像でしかない。
……因みに、領主の館が拉げていたことについては、俺も特に名乗り出なかったため、色々な説が出ているようだった。
ノーツが何らかの儀式に失敗したのだとか、実はノーツは目的を果たして既に出て行ったのだとか、聖女ポメラが呪い返しで館ごと吹っ飛ばしたのだとか、好き放題に流言飛語が飛び回っている。
「……でも、ポメラには、ちょっと信じられません。まさか……ノーツが目的だった邪神の召喚に成功していて……あの短い間に、いつの間にか纏めてカナタさんが倒していたなんて……」
「正確には、
強大な力で反抗勢力を押し潰す傲慢さを、宗教の威光を得ることで誤魔化そうとしたのかもしれない。
「まぁ……その話は、今は置いておきましょう。他の人に聞かれると、少し面倒かもしれません」
現在、俺とポメラは、都市アーロブルクを離れ、別の都市へと向かっている最中であった。
領主の交代に伴い、アーロブルクの冒険者ギルドの機能の大部分がしばらく停止するという話だったので、これを機に俺とポメラも移動することにしたのだ。
俺はポメラの修行のため、霊薬の大半を使ってしまっていた。
ただ、都市アーロブルクでは圧倒的に素材不足であったのだ。
俺もポメラを連れて都市中回ったが、絶望的な品揃えの悪さに愕然とした。
《
霊薬は大事だ。
俺の回復手段はほぼ霊薬に頼り切っている。
今互角の相手と出会えば、白魔法の差で相手に敗れかねない。
時空魔法の《
もっと精進しなければならない。
それにロヴィスに続いてノーツが出てきたことで、この世界では案外レベル数百くらいの相手なら簡単に出て来ることがわかった。
身の安全を考えればポメラもまだまだレベルを上げるべきだろう。
冒険者ギルドが機能している都市へと移るためと、霊薬の材料を調達するために、俺達は都市アーロブルクを出ることにしたのだった。
そんなわけで、俺達は移動の馬車の列へと、護衛枠の冒険者として入らせてもらっている。
この世界ではとにかく魔物が多く、冒険者であっても下位の者であれば、安全に都市の間を通行することができない。
そのため、商人や冒険者、移動したい一般市民が協力し合い、日を合わせて馬車の列をなして移動することが度々あるそうだ。
商人は馬車を、冒険者は戦力を、一般市民は金銭を出すのが基本であるそうだ。
俺は別に平原くらいならば危機なく越えられるだろうと思っていたが、ポメラの功績を知った商人に、予定が合うならば聖女様にぜひ同行してもらいたいと頭を下げられ、躍起になって断る理由もないので同行することにしたのだ。
今向かっているのは魔法都市マナラークである。
魔法学園やら、大規模な錬金術師の研究所やらがあるそうだ。
ここであれば、霊薬の素材を手に入れることもできるはずであった。
「ところで……その子は、どこまで連れていくつもりなのですか? 本当に、いいのですか? そのう……カナタさんのことですから、何か事情がそうしているのだということは、ポメラにはわかりますけれども……。その子、本当に、どういう経緯で、いつ出会ったんですか? 何か、隠していますよね?」
ポメラがじとっとした目で、俺の隣で燥いでいるフィリアを見つめる。
「ちょっと誤解なく説明できる自信がなくて……とにかく、今目を離すわけにはいかないんです」
……勿論、フィリアも連れてきていた。
というか、置いて行ったら都市アーロブルクが今度こそ更地になりかねないのだ。
「カナタ! カナタ! お外、遠くにすっごい大きな鳥さんがいた!」
フィリアは馬車の帳を捲っては外を見て、感嘆の声を漏らしていた。
とりあえず、俺に懐いてくれているらしいのが幸いである。
俺はフィリアが開いた帳から外を眺めて、その大きな鳥とやらを探してみた。
「フィ、フィリアちゃん、あんまり身を乗り出すと、そのっ、危ないですよ! 馬車も、凄く速いんですから!」
ポメラが大慌てで席を立ち、フィリアの肩へと手を触れていた。
この世界の馬車は、荷物がどれだけ重くてもかなり安定した速さを保つことができている。
スタミナも地球の馬とは大違いだ。
移動用の馬は、ある程度レベルが高い個体を使っているらしかった。
他は知らないが、今回の移動に用いられている馬車は、車を遥かに凌ぐ移動性能だ。
とはいえ、ぶっちゃけた話、俺が走った方が速いことには違いないが。
「カナタさんも、フィリアちゃんのこと、もう少し気に掛けてあげてください。この子……凄く好奇心旺盛ですから、見ていてあげないと危ないかもしれませんよ」
「多分大丈夫ですよ」
「た、多分、大丈夫って……」
……フィリアは、この速度の馬車から落ちてもほとんど無傷だろう。
なにせ、俺が《英雄剣ギルガメッシュ》でバラバラにしても平然と復活したくらいなのだ。
レベルが通常状態で、姿も小さい今であれば刃の一振りで死ぬかもしれないが、どちらにせよこの馬車から落ちたくらいであれば、そのまま笑顔で追い掛けて来るはずだ。