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第六十七話 神の手の上で(side:ナイアロトプ)

 カナタが《邪神官ノーツ》との決着を終えガランド邸を後にしていた頃、彼を世界ロークロアへと送り込んだ神ナイアロトプは、上位世界の真っ白な空間を浮かんでいた。

 ナイアロトプの周囲にはいくつもの魔法陣と、次元の裂け目が浮かんでいた。


「頑張っているねぇ……僕のお気に入りの、転移者達は。フフッ、いい感じに育って来ているよ。イジュウイン君の身勝手さはカリスマの域だね。オトギノ君は、つまらない奴だったけど、僕の天才的なテコ入れのお陰でまた話題性が上がって来たし……」


 カナタの送られたこの世界ロークロアでは、世界の調整のためにナイアロトプの様な神達が暗躍し続けている。

 様々な役目に分かれており、世界の記録を面白おかしく編集する者や、上位神の間の流行りを調査して世界作りに反映させる者、その全てを指揮する者等、多種に渡って細かく分かれている。


 ナイアロトプの役割は、転移者を送り込んだり、魔王を生み出したり、重要人物に天啓を与えたりと、ロークロアにドラマを齎すことである。

 あるときには優れた剣士や魔術師に不幸を齎して破滅の道へと唆し、叡智を授けて人為的に転移者の敵となる《人魔竜》を生み出すこともあった。


 元を辿れば、現地の人間が世界を制御しようと試みて造った《恐怖神ゾロフィリア》を、各国の王を唆して封印させたのもナイアロトプであった。

 上位神へエンターテインメントを提供するためには、魔王や《人魔竜》を狩るために現地の錬金術師が造った人造神など、邪魔でしかなかったのだ。


「タカナシちゃんは……本当に、退屈だなあ。まあまあ人気は稼げてるけど、僕はあんまり好きじゃないし……この先大きく盛り上がることはないだろうし……せっかく僕が色々お膳立てしてあげたのに、本当に何もわかってないよね……。もう少し、こっちの意図を汲んでくれないと、楽しく暮らさせてあげる意味がなくなっちゃうっていうのに。のんびり平穏に暮らされても、僕達はホームドラマなんかよりもっと、力を活かして、欲を全開にして暴れて欲しいっていうのにさ」


 ナイアロトプは溜息を吐いた。


「ま……いいか、彼女のことはもう。そろそろ大きなイベントを作りたいと思っていたところだし、アリスちゃんの咬ませ犬になってもらおうかな。その後に、オトギノ君かイジュウイン君を、アリスちゃんにぶつけようかな……ふふっ、これは盛り上がるぞ。大スターのイジュウイン君に万が一にでも死なれたら困るから……とりあえず、オトギノ君にしておこうかな」


 ナイアロトプが次元の狭間を開いてあちらこちらを監視していると、声が響いて来る。


「我が眷属よ」


「主様でございましたか、なんでございましょう?」


 ナイアロトプの主の上位神である。

 上位神にとって、時間や空間はそれほど大きな問題ではない。

 あらゆる世界、あらゆる次元に声を届かせることができる。


「もしや、この僕の功績が認められ、神としての位階を上げる話が……」


「我が眷属よ、お前の手腕には期待していたが、残念なことがある。お前は、カナタ・カンバラを覚えているか?」


「ふむ、カナタ・カンバラ……誰でしたかね?」


 ナイアロトプが首を傾げる。

 ナイアロトプにとって、殺したニンゲンなどどうでもいいことであった。


「お前が《地獄の穴(コキュートス)》送りにした男だ。あの、猫を飼っているから帰して欲しいと言った」


「ああ! しょうもないニンゲンでしたねぇ! でも、バッサリ《地獄の穴(コキュートス)》に送って、必死に足掻くも魔物にあっさり食べられる様は、スプラッターコメディとしてはまあまあ受けたのでは? 少々手垢が付き過ぎている感は、否めなかったと思いますが……」


 ナイアロトプは口許を隠して笑う。


「残念なことがあると、そう言ったであろう。お前は奴が腕を喰われたところから見ていないのであろうが……カンバラ・カナタは、あの後リッチの娘に拾われて一命を取り留めている」


「……どういうことですか? あそこに、ニンゲンを助ける様な魔物はいないはずですが……」


 ナイアロトプの顔から笑みが消えた。


「お前は……イレギュラーを封じ込めるための《地獄の穴(コキュートス)》の管理を怠っていたな。あそこで長い年月を掛け、番人サタンを遥かに凌ぐレベルを得たリッチの娘がいたらしい」


「ま、待ってください! 確かにそういうリッチの娘はいたかもしれませんが、重度のニンゲン嫌いであったはずです! 助けるわけがない! 何かの間違いでは?」


 ナイアロトプも、一応ルナエールのことは把握していた。

 しかし、ナイアロトプが観察している限りでは、彼女はニンゲンに裏切られた過去を持っており、重度のニンゲン嫌いであったはずだった。

 何度か魔物相手にも、そんな話をしているのを聞いたことがある。

 ニンゲンを助けるわけがないのである。

 だからこそ、ナイアロトプも彼女を軽視していた。


「あんなわかりやすい、上辺のポーズに騙される者がいるとはな。……まぁ、お前は、ロクに調べもしていなかったのであろうが。油断したな、あんな危ない小娘を、何百年も野放しにしていたとは」


 ナイアロトプの顔が段々と青褪めていく。


「し、しかし、そこまで問題視することではないでしょう。リッチの娘はどうせ《地獄の穴(コキュートス)》から出て来ませんし……カナタ・カンバラは、適当な事件に巻き込ませて処分します。何も、問題は……」


「そうだな。お前の目を盗み、《人魔竜》の一人であるノーツが《恐怖神ゾロフィリア》を復活させたことは知っているか? 我も、別の眷属からそれについて相談を受けて、ようやく知ったのだが……」


「ゾ、ゾロフィリアを!? 奴め……妙な行動をしていると思ったら、この僕の監視の目に気が付いて、欺けるタイミングを計っていたのか! 今あの化け物を復活させられたら、ロークロアのバランスをまた取り直さないといけなくなってしまう、大損害じゃないか……。ノーツ・ニグレイドめ! いい当て馬だと思って、残してやったのが間違いだった」


 ナイアロトプが、額に青筋を浮かべて怒りを露にする。

 厳密な調整の上に、何人もの転移者が物語を紡ぐロークロアの世界が保たれている。

 監視を逃れ、外の世界のパワーバランスを引っ掻き回されては迷惑この上ないのだ。


「いいか、我が眷属よ。ゾロフィリアは既に、地上に出たカナタ・カンバラに討たれている」


「……はい? そんな、ゾロフィリアは、最低レベルで2000近くあったはずです。なぜ、カナタ・カンバラがそんな力を……?」


「別の眷属が、既にカンバラ・カナタの経緯を《メモリースフィア》に纏めている。確認しておけ。それと……リッチの娘、ルナエールも、既に《地獄の穴(コキュートス)》を出ている。我の言いたいことは、わかるか?」


「……は、こ、この僕の不始末により、異常事態が起きているということは……!」


「ああ、そうだ。とんだ恥を掻かされたものだ。このお前のヘマは、すぐに我のヘマとして上位神の間で笑い者になることであろうよ」


 主の声を聞いて、ナイアロトプは頭を抱え、その場に蹲った。

 ナイアロトプの様な下位神にとって、上位神から失望されることほど恐ろしいことはなかった。


「お、お任せください、この失態、直接僕がロークロアに出向いて、二人を殺してすぐに収拾を……!」


「ならぬ! わかっているだろう? これは究極のリアリティーを売りにしたエンターテインメントなのだ。過度な世界干渉はご法度……もし破れば、異世界ロークロア自体、他の神々からの関心が離れてしまう。そうなれば、お前の役目もなくなってしまうと思え」


「う、うぐ……ぐぐ……」


「少しでも早く、この二人を排除せよ。我々のルールで、できる範囲のことを尽くして、かつ極力尾を引かない形で、だ。これ以上、我を失望させてくれるな。いいな? 奴らが残れば残る程この問題は大きくなる」


「は、はい……主様。すぐに二人を始末し、以降は管理の手を緩めず、やらせていただきます……このようなことが、二度となきように。ですので、どうか、この僕には、寛大な処置を……!」


 ナイアロトプは脂汗を垂らしながら、その場に両膝を突いて頭を垂れた。


「それは、お前のこの件の対応次第だ。もししくじれば……そのときは、相応の覚悟をしておくことだ」


「わ、わかっております……」


 そこで主の声は途切れた。

 ナイアロトプは顔を怨嗟に満たし、周囲に浮かぶ次元の裂け目を睨みつけた。


「カナタ・カンバラ……玩具如きが、よくもこの僕に恥を掻かせてくれたな……! ただ死ぬだけでは、済まないと思え……!」

思いの外長くなってしまいましたが、ひとまず第一章完結です。

四半期ランキング十五位、総合評価六万ポイントを達成しました!

評価ポイント、感想、ありがとうございます! 執筆の励みになっております!(2019/08/28)

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