第六十六話 ポメラの話
俺はフィリア(ゾロフィリアでは少し物々しいので、彼女のことをそう呼ぶことにした)の頭を撫でてあやしながら、ポメラの話を聞いていた。
「本当に、昨日は大変でした……」
ポメラは白魔法での治療や住民誘導やらで随分と奔走していたそうだった。
ノーツの結界魔法《
まだ混乱は収まっていないが、とにかく俺と連絡を取りたかったので、周りの人に頭を下げてどうにか抜けて来たようであった。
「街の人達……結局、ここで何が起こったのかわからず終いなんです……。ポメラも、ノーツがいたということも、噂では少し聞きましたが……カナタさんから聞いてようやく確証が持てたくらいでしたから」
ポメラが溜め息を吐きながら語る。
俺も昨日、今日と情報収集を行った限り、ノーツと領主ガランドの間でどのような話になっていたのかは、あの屋敷が崩れてしまったこともあって有耶無耶になってしまったようだ。
ノーツの指示を受けていたガランドの部下達も、全員屋敷の中にいたらしい。
そうであれば、《
領主の死に伴い、この冒険者ギルドも最小限の機能を残してはいるものの、ほぼ事実上の休業状態となっている。
代理の遠縁の領主が来るはずであるが、まだその目処も立っていないという。
まともに依頼が受けられず、他の都市へと集団での移動計画を立てている冒険者もいるようであった。
集団で移動するのは、この世界では都市以外の危険度が非常に高いためである。
高い壁で護り、魔除けの結界を張り、衛兵に警備させている都市で、ようやく魔物に脅えずに眠る生活を送ることができる。
低位の冒険者は自分だけでは安全に他の都市へと移動することもできず、移動のために高位の冒険者を雇う様な伝手や金銭的な余裕もない。
そのため、複数のパーティーで合同して移動することが多いそうだ。
よくそんな状態でここまで人類が発展できたと思うが……あの悪趣味なナイアロトプ達が生かさず殺さずで調整しているのかもしれないと思うと、胸糞が悪かった。
「昨日はほとんど眠れませんでした……。まさか、カナタさんのいないところで、自発的に不眠の霊薬を飲むことになるとは思っていませんでした」
まだポメラは霊薬ドーピングに慣れていなかったらしい。
俺は必要さえあるなら躊躇いなく霊薬を飲めるくらいになった。
ポメラを『霊薬に慣れてきますよ』と励ますと、いつも少し嫌そうな顔をするので、今回はそれは言わないでおくことにした。
「でも……それだけ頑張ったなら、ちょっとはポメラさんを見る周囲の目も変わったんじゃないですか?」
「…………そう、ですね」
ポメラが複雑そうな表情を浮かべる。
「少し……贅沢なことかもしれませんが、何かが違う様な気がするんです。ポメラは……その、対等なお友達ができたら嬉しいなと、そう考えていたんですが……」
「駄目だったんですか?」
「なんだか……異様に機嫌を窺われているような、それはそれで、どこか居心地の悪いような……。……すいません、特訓に付き合ってもらったカナタさんに言うことではなかったかもしれません」
「異様に、機嫌を……?」
「ええ……その、霊薬で魔力を底上げして《
ポメラが真剣に困った様に首を竦める。
俺は苦笑した。
「なんだか……その、凄く両極端で。結局本当のポメラのことは、誰も見ていないんじゃないかなって思ってしまって……。そんなことを考えていると、なんだかどうすればいいのかわからなくなってしまいました……」
ポメラがしゅんと身を小さくする。
「きっと、そういうものなんだと思いますよ。あまり知らない大勢の人間から好かれたって、いいことはありません。大事なのは、そういう切っ掛けを元に、ポメラさんが本当に仲のいい、大切な人を見つけていくことなんじゃないですか?」
「本当に仲のいい、大切な人…………。そう、なのかもしれませんね」
ポメラが少し顔を赤らめ、小さく頷いた。
「ここだと……仲良くなろうとしても、ポメラさんのことなんか実際にはどうでもよくて、表面的な部分にだけ関心があって寄って来る人間は多いかもしれませんね。周囲に便乗してエルフだからとポメラさんに理不尽を強いたいだけだったり、逆に過度に持ち上げてポメラさんから何らかの恩恵を受けたいだけだったり。時にそういう人が魅力的だとか、善良な人に思えたりするかもしれませんが……実際には、ポメラさんが思い悩む価値もないような、しょうもない人間だと思いますよ」
俺はそこで水を飲んだ。
ポメラはその間も、少し困ったような顔で俺をじっと見ていた。
俺はコップをテーブルに置いた。
「どちらにせよ、あんまり最初から偏った目で見られるのが嫌なら、この都市から離れてみるのもいいかもしれませんね。ポメラさんはこの都市のエルフ差別を緩和したいと言っていましたが、元々の元凶であった領主のガランドは死にましたし、ポメラさんの今回の活躍でかなり和らいだと思いますよ。ここに拘る必要は、もうあまりないのかもしれません」
「ありがとうございます……少し、考えてみます」
ポメラがこくこくと頷く。
これまでの言動を見るに、ポメラはとても人間関係に恵まれた方だとは思えなかった。
急に力をつければ、おだてられて乗せられ、いいように使われることもあるかもしれない。
他に知り合いがいなかったせいか、どうにもあのロイを神聖視していた節があった気がするので、このことはしっかり言っておいてあげた方がいいだろう。
「ポ、ポメラ……いや、聖女ポメラ! やっぱりだ! 冒険者ギルドで待っていれば会えるんじゃないかと、思っていたんだ!」
と……二人で話し込んでいると、急に声を掛けられた。
顔を上げれば、正にそのロイであった。
俺は自分の顔が険しくなるのを感じていた。
「ロ、ロイさん……お久し振りです」
ポメラが小さく頭を下げる。
「すまなかった……ポメラ! お前を無碍に扱っていたこと、本当に申し訳ないと思っている! 俺達が馬鹿だった……許してくれ! お前が昨日、街の人達を護ろうと必死に走り回っていたと聞いて、俺は自分のしていたことの愚かさに気が付いたんだ!」
ロイは瞳に涙を湛えながら、頭を深く下げた。
ポメラが冷たい目でロイの下げられた頭を眺めていた。
俺も多分、ポメラの様な目をしていたことだろう。
俺が先程ポメラに言った『表面的な理由を言い訳に彼女に理不尽を強いたいだけの人間』はロイのつもりだったのだが、『持ち上げて何らかの恩恵を得たいだけの人間』も綺麗に当て嵌まるとは思っていなかった。
ポメラは何かと理由をつけてロイを庇っていたが、本当にこの男はしょうもない人間だと思う。
「別に…………その、どうでもいいですよ。本当に、ポメラ、何とも思っていませんから」
「おお、なんて優しいんだ! 俺はあんなに酷いことをして来たのに! いや、だが、ポメラ、それだと俺の気が済まないんだ! 贖罪をさせてくれ……! また一緒に、冒険に行こう! 今度は、本当の仲間として……!」
「その……結構です」
「なんだ……? やっぱり、本当は怒っているのか? お願いだ、俺はポメラと一緒に冒険がしたいんだ……! 許してくれ……! 俺はお前に償いをしないと、前に進めそうにないんだ!」
ポメラが無言でいると、ロイの様子に苛立ちが見え始めて来た。
「……それに、ほら、ポメラ、お前、俺のこと好きだっただろ? だからあんなに従ってたんだろ? なぁ!」
ポメラは困った様に周囲を見た後、少し躊躇う様子を見せてから、俺の腕へとぎゅっと抱き着いて来た。
「ポメラさん?」
「今……ポメラは、カナタさんとパーティーを組んでいます! ですから、結構です! ポメラ、ロイさんのこと、何とも思ったことはありません!」
ポメラは、そうロイに言い放った。
「な、なな、な……!」
ロイが顔を大きく歪める。
「行きましょう、カナタさん。合流出来たら、もうここに用はありませんから」
そのままポメラが俺の腕を引いた。
俺は慌ててフィリアの肩を叩いて起こし、ポメラに連れられるままに冒険者ギルドを出た。
ロイは俺達が扉を潜るそのときも、真っ赤にした顔をじっと俺達の方へと向けていた。