第六十五話 迷子の童女
《邪神官ノーツ》騒動終結より、一日が経った。
都市はようやく昨日の大混乱から抜けつつあった。
「冒険者ギルドは、今はまともに機能してねえぞ?」
冒険者ギルドを訪れると、入口付近で、スキンヘッドの男からそう声を掛けられた。
筋骨隆々で、オクタビオ並みにガタイがいい。
「ありがとうございます。ただ、知人と逸れて、こっちにいるかもしれないと考えていまして……」
俺は小さく頭を下げ、礼を言った。
俺の後をついてきていた幼い少女も、俺を見てから動きを真似る様に頭を下げた。
「ありがと、ございますっ!」
強面のスキンヘッドが、少女の可愛らしい礼を聞いてニッと破顔した。
「おいおい兄ちゃん、今は実質停止中とはいえ、冒険者ギルドにこんないたいけなガキを連れて来るもんじゃねえぞ」
「すいません……この騒動で迷子になった子みたいで、目を離せなくて……」
俺は苦笑いしながら、冒険者ギルドの中へと向かった。
ゾロフィリア討伐後にポメラと合流できず、そのまま夜になってしまっていた。
宿にも戻っていないようだったので、冒険者ギルドに顔を出すかもしれないと来てみたのだ。
ポメラは、冒険者ギルドの休憩所で、生気のない顔をして机に突っ伏していた。
……一夜で少し、痩せた様に見える。
「カ、カナタしゃん……」
俺を見つけたポメラが、少しだけ目に光を取り戻す。
「お、お疲れ様です……」
……どうやら、昨日は随分と忙しかったらしい。
この様子だと、寝られていなかった可能性が高い。
俺一人、少しポメラを捜した後、諦めて宿に帰ってしまったのが申し訳ない。
俺はポメラの前へと座った。
「あ、あの……昨日、あれから何があったんですか?」
「多分、外に出回ってる話と変わりありませんよ。《邪神官ノーツ》が、領主の館に匿われていました」
ノーツと聞くと、ポメラがびくりと肩を震わせる。
「ほ……本当に、《人魔竜》のノーツが、この都市にいたんですね……。そ、それで……」
「それで……というか、えっと、倒しましたよ。余波で屋敷が、崩れてしまいましたが……」
ポメラが目を丸くする。
驚きのせいか、一瞬顔から疲労の色が消えていた。
俺が負けていればこの都市は壊滅していただろうし、そもそも俺もここに現れてはいなかっただろう。
「カ、カナタさん、その……結構、余裕がありそうですね……」
「後で調べましたが、《人魔竜》の中ではノーツは下の方みたいでしたね」
物々しい呼ばれ方に対して、あっさり片が付いたと思ったのだ。
本人の推定レベルにもよるが、被害規模やその思想によっても《人魔竜》として認定されることがあるそうだった。
ノーツ個人の戦闘能力はさほどでもないらしかった。
俺は思ったより周囲のレベルが低かったので、もしかして外では自分が規格外な高レベルなのではなかろうかと考えていたが、この都市に来て数週間でレベル3000のゾロフィリアと戦うことになった辺り、どうやらそれは思い上がりだったようだ。
ルナエールはやはり正しかった。
俺より強い人間やら魔物やらは、きっとこの世界にはゴロゴロと潜んでいることだろう。
俺も気を抜かないようにしていかないといけない。
「そ、そんな、あっさりと……」
ポメラが俺を見ながら、口をぱくぱくさせる。
それからちらりと、俺の背後へと目をやった。
「それで……あの、その子供は……どうしたんですか?」
俺は自分の隣へと座る少女へと目をやった。
彼女は螺旋状に不規則に巻いた、特徴的な髪をしていた。
髪の色は、色素の薄いピンクと、黄緑に左右で別れている。
外見年齢は、十歳前後といったところである。
俺はその髪を見ながら、ゾロフィリアの奇妙な螺旋模様が入った、赤と緑に左右で色が別れていた仮面を思い出していた。
「遊ぼ! 遊ぼ!」
きゃっきゃと俺の腕に抱き着きながら、落ち着かない様子でギルドの中を見回している。
その天真爛漫な笑顔に、冒険者の強面の連中も思わず笑顔で手を振っている。
「どうしたっていうか……どうしよう……」
俺は顔を手で覆い、溜息を吐いた。
ぶっちゃけた話、彼女は五千年前にノーツの先祖によって《夢の砂》を制御するために造られたらしい《夢幻の心臓》であり、《恐怖神ゾロフィリア》そのものである。
崩壊したガランド邸を出た後、気がついたら後ろに立っていたのだ。
《ステータスチェック》の結果、レベル1800であることがわかったので間違いない。
ゾロフィリアは、神に仕立て上げるためにノーツの先祖の呪いによって人格を破壊されていた。
最後に俺が《
俺も《
かといって、今更純粋な人格を取り戻したゾロフィリアを殺し直すわけにもいかない。
彼女が特大の危険物であったとしても、である。
ゾロフィリアの頭を撫でると、心地よさそうに机の上に伸びて目を瞑った。
頭を触られるのが好きらしい。
……もっとも、この身体はゾロフィリアが《夢の砂》で造ったものであるはずだが。
「ま、迷子の子供を、保護してる……んですよね?」
ポメラが恐々と尋ねて来る。
「そうなんだけど……そうじゃないというか……」
「ずっと連れ歩くわけにもいきませんし……落ち着いたら、教会堂に預けたらどうですか? この騒動で迷子になった子供を、何人も今、預かってるみたいなんですよ」
そうしたいのはやまやまだが、何かあったとき、もしもゾロフィリアが癇癪を起こすとこの都市が吹っ飛びかねないのだ。
ゾロフィリアにとっては遊びのつもりでも、周囲にとっては殺戮になりかねない。
誘拐されでもしたら、《夢の砂》を悪用されかねない。
「……そこの神父さんって、レベル3000くらいあったりしませんか?」
「あるわけないじゃないですか! 大丈夫ですかカナタさん、ノーツに変な魔法でも掛けられていませんか?」
「そうですよね……」
俺はがっくり肩を落とした。
とりあえず、親代わりになってくれそうな高レベルの人物が見つかるまでは、俺がゾロフィリアを見張っておくしかないかもしれない。
彼女の中身はまだ子供なのだ。