第六十四話 《夢の砂》
「オオ、オオオ、オオオオオ…………!」
ゾロフィリアの身体が、虹色の砂になって崩れていく。
仮面も宙に浮かび、どんどんと小さくなっていく。
「そん、な……《始祖竜ドリグヴェシャ》だぞ? なぜ、なぜ……あれが敗れては、もう、打つ手が……い、一族の使命が……悲願が、新世界が……あ、あ、あ、あああああああああ! わ、私は、私は、何のために……こんな、こんなはずでは……!」
ノーツが頭を抱え、床に蹲った。
目から涙を零していた。
何かが、妙だ。
ゾロフィリアとは一体、何者だったのだろうか。
俺は虹色の砂を手で掬い、魔法袋から《アカシアの記憶書》を取り出して捲った。
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【夢の砂】《価値:神話級》
五千年前、王族に仕える錬金術師の一族が造り出したもの。
ある転移者が神から授かった盾を溶かし、材料の一部にしているという。
万物を生み出す、錬金術の究極の触媒。
また、《夢の砂》は人の想いに呼応し、ありとあらゆる願いを叶える力を持っている。
しかし、人間が自分の想いを制御できないように、《夢の砂》を完全に使いこなせるはずがなかった。
富を求めた商人は自身が金塊へと、力を求めた勇者は醜い化け物へと変異したという。
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こ、これが、ゾロフィリアの正体……?
しかし、《夢の砂》は《アカシアの記憶書》によれば、制御不能であったはずだ。
だが、ゾロフィリアが俺に合わせ、原型の存在するドラゴンを模したというのであれば、それは明らかに矛盾している。
そもそも……《夢の砂》が願いを叶える力だとすれば、このゾロフィリアは何の願いによってこの力を……。
ふと、ゾロフィリアの種族名を思い出した。
《夢幻の心臓》と、そうなっていた。
恐ろしい仮説に行き着き、俺は血の気が引くのを感じた。
「まさか……! 《夢の砂》を制御するために、人間を核にしているのか!」
「……正確には、人間を素材にした、
部屋の隅で、ノーツが蹲りながらそう漏らした。
「そんな、恐ろしいことを……」
「私達は……そこまでやったのに、仕えた王と、守った民に裏切られ……幾千の時を超え、ようやく陽の目を見たその日に、こんな、こんな……こんなことが……!」
ノーツが額に血管を浮かべて顔に皺を寄せ、目からは捻り出す様に血の涙を流していた。
そのとき、周囲に、また一度引いたはずの邪気が立ち込めて来た。
「まさか、まだ生きているのか……!」
ゾロフィリアの身体が朽ち果て、ノーツが泣き崩れた時点で、勝敗がついたと油断してしまった。
あのドラゴンが、ゾロフィリアの最後の手ではなかったのか。
「え……?」
部屋の中央に、ゾロフィリアの仮面を被った俺が立っていた。
腕を振ると、手に《英雄剣ギルガメッシュ》が握られた。
「ゾロフィリアよ……外敵を排除するための最強の生物として、その男を認識したのか!」
ゾロフィリアが俺へと斬りかかってくる。
俺はそれを剣で受け止めた。
だが、五手目で俺は、ゾロフィリアの剣を斬った。
ゾロフィリアが背後へと引く隙を突き、両手首を斬り上げた。
剣技も、ステータスも、俺の方が上だ。
剣の強度も、《英雄剣ギルガメッシュ》に及ばない。
ステータスはさっきよりも上がっている。
だが、所詮は紛い物だ。
「あ、あ、あ……」
ゾロフィリアが、手首のない腕へと目を落としながら呻く。
「もう、眠ってください。これ以上、苦しめたくはない」
「あああああああああああああ!」
ゾロフィリアの腕が再生し、指先を俺へと向けた。
「《
ゾロフィリアが魔法陣を展開した。
まさか、俺の魔法まで使えるとは思わなかった。
だが、自分自身の弱点は、俺が一番よくわかっている。
俺は《
魔法陣が複雑すぎて、発動の一瞬前に隙が生じるのだ。
便利な魔法なので多用しているが、ここを突いて来るような相手が敵であれば、発動できる機会はきっと回ってこない。
もっと低階位の魔法で戦うことになる。
俺はゾロフィリアの目前へ移動し、《英雄剣ギルガメッシュ》を振り抜いた。
ゾロフィリアの上半身を完全に切断した。
自分を斬っているようで、少し嫌な感じがした。
ゾロフィリアが、虹色の砂になって消えた。
これで終わったかと思ったが、俺の周囲に、四人の仮面を被った俺が現れていた。
「分身までできるんですか……」
三人が剣で斬りかかってくる。
俺は防ぎ、避け、壁や床を蹴って逃げつつ、安全に反撃できる隙を探っては攻撃に転じた。
残りの一人が、遠くから俺へと指を向けた。
三人を纏わりつかせ、《
俺は息を整え、魔法陣を紡ぎながら三人相手に剣での猛攻に出た。
《双心法》の利点は魔法を並行して紡げることだけではない。
魔法陣を紡ぎながらも剣に集中できるという利点もある。
俺は剣の刃を何度か受けながらも、どうにか三人を一か所に固めることができた。
遠くの四人目のゾロフィリアが、魔法陣を浮かべていた。
来る、《
発生までのラグが長めなので、タイミングを合わせることは難しくない。
「時空魔法第十二階位《
俺は迫ってくる三人を《
周囲を、ゾロフィリアの放った《
「時空魔法第四階位《
俺は魔法陣を浮かべ、《
三人のゾロフィリアが、《
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ゾロフィリア
種族:夢幻の心臓
Lv :3122
HP :2746/14049
MP :952/14049
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さすがに、ゾロフィリアも限界らしい。
剣を構えてはいるが、肩で息をしている。
隙だらけだった。
恐らく、魔力や体力を分身体と共有していたのだ。
「せめて……安らかに消えてください」
俺は魔法陣を紡ぐ。
あまり使ったことのない魔法ではあったが、今のゾロフィリアになら当てられそうだ。
「時空魔法第二十階位《
俺は《英雄剣ギルガメッシュ》をゾロフィリアへと向ける。
ゾロフィリアが真っ白な光に包まれていく。
《
ゾロフィリアは呪いで人格を奪われ、恐怖の神に仕立て上げられ、本人自身がずっと恐怖と混乱の中にいただろう。
ノーツの言葉からして、その状態で数千年もの間封印されていたようだ。
人間に戻してあげられるわけではないが、せめて最期くらいは穏やかであってほしい。
光の中で、ゾロフィリアの手足が溶けるように消滅していく。
その中で仮面が割れた。
顔自体は俺のものであったが、無垢な、子供のような表情をしていた。
「あ、そ、んで……」
そう呟きながら、眠るようにゆっくりと目を閉じて行った。
光が消えると、ゾロフィリアの姿もなくなっていた。
「お、おお……ゾロフィリア、ゾロフィリアアアアアア! ゾロフィリアアアアアア! 我らの愛しき、恐怖の神よぉおおっ!」
ノーツが地面に突っ伏して泣き叫ぶ。
そのとき、とっくに限界を迎えていたらしい、ガランドの豪邸が一気に崩壊を始めた。
「逃げないと……」
俺が窓へと跳んで、それから豪邸内を振り返ったとき、ノーツはまだ床に伏せたままだった。
豪邸が崩れるのに気付いていないのか、気付いていてそのままなのかはわからない。
「……あなたも、可哀想な人でしたね」
俺はノーツから顔を逸らし、彼を置き去りに豪邸より脱出した。