第六十話 結界の主
結界の発動者は、俺が叩く。
だが、不安なのは、それまでの都市への結界の影響であった。
「……ポメラさん、こうした異常事態が起きた際に、人が集まりそうなところはありますか?」
俺はポメラへと尋ねる。
「え? ひ、人が集まりそうなところですか? え、えっと……」
「なんでもいいんです。災害だとか、魔物が押し寄せて来たときに、人が真っ先に向かいそうなところです」
「でしたら、教会堂……でしょうか?」
俺は魔法袋から地図を取り出して広げる。
教会堂は、都市アーロブルクの中央寄りにあった。
避難場所として選ばれることは多そうだ。
俺は魔法袋の中から、別の魔法袋を取り出した。
魔法袋の容量はそこまで大きくないため、こういった整理を行っているのだ。
俺は魔法袋をポメラへと手渡した。
この魔法袋の中には、主に体力や魔力を回復させる霊薬が詰まっている。
「カ、カナタさん……?」
「ポメラさん、お願いがあります。教会堂周辺の結界を解除し、そこを中心に動きながら重症者の治療をお願いします」
ポメラは元々、白魔法使いである。
修行の際に一番重点的に伸ばしたのはそこであった。
扱える白魔法の階位だけ見れば、俺より遥かに高い。
時間さえ掛ければ、魔力次第でほぼ全ての病魔を完治させられる第十一階位の白魔法、《
ポメラであれば、第七階位の《
レベル200はあるため、走り回って《
魔力が足りなくなるだろうが、霊薬でドーピングして補ってもらう。
「ポ、ポメラが、ですか……? ポ、ポメラなんかに、そんなこと……できるでしょうか……?」
ポメラが不安げに口にする。
レベルとしては可能なはずだが、彼女は自分に自信がなく、性格もあまり強く出られるほうではない。
効率的に人を助けて動いてもらうためには、ポメラ自身に大声を張って周囲の人達を指揮し、自分で判断して臨機応変に動いてもらう必要がある。
一見、ポメラの性格には合っていないように思える。
だが……ポメラは、人のためならば、勇気を振り絞って前に出られる人間である。
俺を助けてくれたときもそうだった。
横暴で暴力的なオクタビオを退かせるために自分が目をつけられる危険を顧みず衛兵を呼んでくれたし、普段言いなりになっているロイとの約束を遅らせて道に迷う俺を助けてくれた。
彼女は、本当に強い人間だ。
「ポメラさんなら、できますよ。俺はそう信じています」
おどおどしていたポメラが、俺の言葉を聞き、覚悟を決めた様に息を呑んだ。
「わ、わかりました……。ポメラ、やります! やってみせます!」
ポメラが大杖を強く握り締める。
「俺は……結界の発動者を、捜して叩きます」
とは言ったものの、結界の発動者がどこに潜んでいるのか、まだ見当もつかない。
せめて目的さえわかれば絞れるかもしれないが……。
「あ、あの、カナタさん……で、でも、結界の部分解除って、どうすればいいのでしょうか……? ポメラ、その、結界魔法は全然ですし……」
「恐らく、どこかに結界の発動を補助するアイテムがあるはずです。都市内に、一定間隔でかなりの数があるはずですから、時間さえ掛ければ、見つけるのは難しくない……と、思います。もし見つからなければ、結界内でどうにか人を誘導して頑張ってもらうしかありませんが……」
「そ、そんなにいっぱいですか? 結界魔法を使った人は、一体どうやってそんな準備を……衛兵さんだっているのに……」
そう言われると、俺も不安になってくる。
この都市を動き回って一人でそんな準備を行っていたら、どう足掻いたって噂になるはずだ。
地面に埋めるとしても、これまで騒ぎにならなかったわけがない。
「あ…………」
いた。
都市内の壁や床に、魔術式を刻んだり、何か石の様なものを埋め込んでいた黒ローブの連中が。
都市に施されている、魔物を遠ざけるための結界の強化の一環だと考えていたが、アレ以外にあり得ない。
「ここ最近、黒ローブの魔術師達が、最近床や壁に細工を行っていたはずです! あれを、片っ端から叩き壊してください! 他の人にも、そう伝えてください!」
「あ、あの魔術師さん達は、領主のガランド様に仕えている人です! そんなことしたら、縛り首になってしまいますカナタさん! それに、ポメラがそんなこと言ったって、誰もきっと聞いてくれませんよ!」
ポメラが慌てふためく。
しかし、アレしか考えられないのだ。
判断が遅れれば死亡者も出る。
普段は皆ポメラの言葉を聞き入れないかもしれないが、彼女が治療した後であれば話を聞いてくれるはずだ。
「悪いですが、俺はもう行きます! 発動者の潜んでいる場所に心当たりがつきました!」
俺はもう一度地図を広げる。
領主であるガランドの魔術師が結界の準備を行っていたのだ。
衛兵も、それを明らかに無視していた。
そうであれば、この事件にガランドが絡んでいることは明らかである。
ともなれば、彼の館で匿われている可能性が高い。
今思えば、《人魔竜》用の赤い手配書を回収していたのは、ガランドからの命令があったからだったのかもしれない。
全てが繋がった。
俺はガランドの館へと駆けた。
豪邸を囲む柵を跳び越え、扉を蹴破って中へと押し入る。
これで外していれば最悪だと考えていたが、どうやら俺の予想は当たっていたようだった。
地下の方から、禍々しい気配を感じる。
それに、結界の効力が俺でも肌で感じるくらいに強まっていた。
補助の術式で拡張されたものではなく、元々の効果範囲内なのだろう。
だが、予想外なことがあった。
俺はてっきり、館内は結界を妨げる何らかの仕掛けを用意していると思っていたのだ。
部屋の中には、干からびて黒ずんだ衛兵が何人も転がっていた。
既に、生命力を吸い尽されて死に至っている。
領主の魔術師である、黒ローブの連中の亡骸もあった。
「どうなっているんだ……この人達は、結界の発動者と組んでいたんじゃ……」
屋敷内を捜し回っていると、壁に偽装されていたらしい隠し扉が、半分開いた状態で放置されているのが見えた。
間には、衛兵の死体が挟まっている。
奥には地下へと続く階段があった。
恐らく……この先に、結界の発動者がいるはずだ。
俺は死体に手を合わせてから、彼の死体をそっと引き摺って扉から離し、地下への階段を下りた。