第五十九話 《人身贄餐》
オクタビオとの一件から一日が経った。
俺はポメラと冒険者ギルドで落ち合い、掲示板に張り出された依頼を確認しつつ、他の冒険者などから情報収集などを行っていた。
噂によれば、どうやらオクタビオはこの都市を出たとのことだった。
元々オクタビオは俺との一件以外にも問題を起こし、恨みを山ほど買っていたらしい。
オクタビオに脅えて動かなかった連中が、オクタビオが片腕を失ったことで報復のために闇討ちに出たそうだ。
オクタビオはどうにか命からがら生き延びたそうだが、自身に恨みを抱く人物の多いこの都市ではとても生きていけないと判断したのか、この都市を出たそうだった。
特に俺達についての話は出回っていないようだった。
片腕を失った状態で逃げ帰って来た、何かに酷く脅えていたようだった、というところまでしか出て来なかった。
「し、C級の依頼は……その、やりがいのあるものが多そうですね、カナタさん!」
ポメラがちらっと、俺の様子を窺うように視線を投げて来る。
「そ……そうですね」
俺はつい、目を逸らしてしまった。
「ど、どうして顔を合わせてくれないんですか、カナタさん! ポメラ、その……昨日の記憶が、食事の途中から何もなくて、気がついたら宿のベッドにいたのですが……ポ、ポメラ、何かその……失敗してしまいましたか?」
「覚えてないんですか……」
俺の言葉にポメラはびくりと肩を震わせ、恥ずかしそうに大杖を握り締めた。
「ご、ごめんなさい……や、やっぱりポメラ、何か……」
「いえ、そっちの方がいいと思います」
「ポメラ何しちゃったんですか!?」
ポメラは……あまり、酒癖はよくないようだった。
というより、多分、最悪の方に入る。
ポメラが麦酒を立て続けに三杯ガブガブ飲みだしたところで『この子いつもとキャラ違う気がするぞ』と不穏に感じていたのだが、あそこで止めなかったのがきっと悪かったのだろう。
一体何が違うのかはわからないが、この世界の麦酒は俺の知っている麦酒よりもアルコール度数が妙に強かった。
そのため俺は、麦酒を少し口をつけて放置していた。
ポメラがそれを何の恥じらいも見せずに『カナタしゃーん、飲まないなら、ポメラ、もらいますねー』と飲み干したところで、遅くとも俺は彼女を連れて店を出るべきだったに違いない。
何故か酔ったポメラに頭を撫でられ、『カナタしゃんが酔ったとこみたいですー』と割としつこめにアルハラを受け、抱き着かれ、最終的に色々あって彼女が大杖を持ち出して魔法陣を紡ぎだしたので、これはまずいと死霊魔法で眠らせてお開きにしたのだ。
「……その、俺も上手く言えませんが……すいませんでした」
「本当に何があったんですか? お、教えてください、ポメラ……その、何をしてしまったんですか……?」
ポメラが不安げに俺へと尋ねて来る。
俺は必死に苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、ポメラの顔が更に青褪めた。
……とにかくポメラは、もう二度と三杯以上は酒を飲むべきではないだろう。
そのとき、外から悲鳴が聞こえて来た。
何事かと思っていると、一人の男がギルドへと飛び込んできた。
「おい、空の色が変だぞ! なんというか……赤紫なんだ!」
その報告を聞き、ギルド内にも騒ぎが広がっていく。
「……この辺りでは、その、よくあることなんですか?」
俺がポメラに聞くと、彼女はぶんぶんと首を振った。
とにかく、俺とポメラも外へ出ることにした。
外では、確かに空が赤紫色になっていた。
夕焼けだとか、そういった感じではない。
明らかに異様な色をしていた。
皆、空を見上げてざわついている。
どうにも、ただことではなさそうだ。
ふと、空遠くに鳥が見えた。
妙な赤紫の掛かり方をしている。
「空……というより、この都市周辺が、光の壁に囲まれている……?」
俺が首を傾げていると、周囲の人間の騒ぐ声が段々と小さくなっていった。
目をやって確認すれば、壁や床に凭れ掛かっている者が出始めていた。
何が、どうなっている……?
ちょっとしたこの世界の自然現象のようなものなのではないだろうかと甘く考えていたのだが、この異様な光景を見て、俺もようやくただごとではないらしいと気が付いた。
「く、苦しい……う、腕が、上がらない……」
「なんだか、寒い……」
苦し気に呻くものも出始めていた。
「何が、どうなってるんだ……?」
「カ、カナタさん……何も感じないんですか? なんだか、体力が吸われているみたいです……」
まさかと思い自分のステータスを確認すると、HPとMPが若干減少していた。
全体からすれば微量であったため、気が付かなかったらしい。
俺は息を呑んだ。
ルナエールのローブの護りを、貫通している。
空を改めて見上げて、ようやく気が付いた。
「結界魔法……」
都市全体に、HPとMPを吸い上げる結界が施されている。
しかし、この規模の結界魔法となると、ルナエールでさえ事前準備がなければ不可能なはずだ。
結界の中に結界を展開して局所的にセーフゾーンを作ることはできるが、この結界を展開した主がいるはずだ。
都市を丸ごと相手取る自信を持っている時点で、かなりの強者であることは間違いない。
ロヴィスの様ななんちゃってではなく、本物の高レベル魔術師だ。
目撃情報があったという、赤い手配書の男なのだろうか。
「一刻も早く、この都市から避難しないと……」
俺がそう声に出したとき、子供が壁に凭れ掛かっているのが目に付いた。
苦し気にぐったりとしており、母親らしき人物が泣き叫びながら抱き上げていた。
このままであれば、レベルの低い一般人から順番に大量に衰弱死していく。
明らかにこの結界魔法は、無差別に生命力と魔力を吸い上げている。
早く止めなければ、取り返しのつかないことになる。
避難の手助けを行うにしても、範囲はこの都市全体だ。
全員が逃げ切る前に、この都市は死人の山になる。
結界を止めるにしても、恐らく都市中に結界を補助するアイテムが隠されている。
一部の結界の効力を無力化することができても、全体は間に合わない。
完全に止めたければ、発動者を直接叩くしかない。
「大丈夫……やれるはずだ」
俺は息を呑み、覚悟を決める。
ルナエールは、俺が転移者だからと危険人物に目を付けられることを想定し、本当に危ない人間と渡り合える術を俺に教えてくれていたはずだ。
《双心法》だって、そのために身に付けたものだ。
人の領域を脱したという《人魔竜》とだって、きっと戦えるかもしれない。
少なくとも、この都市アーロブルクの冒険者ギルドに所属している人間の中で一番強いのは、間違いなく俺だった。
俺だけが都市の人達を見殺しにして逃げるなんて、そんなことが許されるはずがない。
やってみせる。