第五十五話 暴れ鋼鉄牛
冒険者ギルドでD級冒険者向けの討伐依頼を受けた俺とポメラは、二人で都市外の平原へと向かっていた。
よほど特別な事情でもない限り、大半の討伐依頼任務は街のすぐ近くであることが多い。
討伐依頼自体が、都市周辺・他都市との行路の安全確保を目的として出されることが主であるためだ。
今回の討伐対象は、平原に出没するアイアンカウである。
発達しすぎた巨大な金属質の角が顔全体を覆い、不気味な仮面のような形状になっている大牛らしい。
仮面に守られた顔面に全体重を乗せた突進攻撃が強烈で、仮面ほどでなくとも身体も金属のように頑強であるのだとか。
鋼鉄牛、暴れ鋼鉄牛と冒険者達の間ではよく呼ばれているらしい。
強さの目安は成体でレベル25前後であり、俺は無論のこと今のポメラならまず苦戦することはないはずだった。
都市を出て一時間ほど進んだところで、三体のアイアンカウを見つけることができた。
話に聞いていた通り、不気味な仮面だった。
敢えて例えるのならモアイ像に似ている。
討伐証明部位は、あの顔の仮面として設定されている。
やや嵩張るが、溶かして加工が可能らしく、有用なのだそうだ。
他にも、肉の部位によっては食用として買取素材に設定されている。
表面の方は硬くて料理に適さないが、内側の方は高価な食材になるそうだ。
アイアンカウは、こちらを見つけた瞬間に勢いよく突進してきた。
連中は好戦的なのだ。
「久々の魔物との戦いですね」
俺はポメラへと目を向ける。
ポメラにアイアンカウ達の相手を任せる、という意味である。
ポメラがこくこくと頷き、杖を握り締めながら前に出た。
彼女に、レベル上げの成果の実感を持って欲しかった。
確かに、死ぬほど頑丈な悪魔共相手では、レベルアップの成果を確認することなどできはしないだろう。
レベル38がレベル201になろうとも、悪魔達のステータスからしてみればせいぜいどっちも同じ程度の擦り傷にしかならない。
ポメラが目を閉じ、息を吸う。
精霊魔法を使うつもりらしい。
精霊と息を合わせる必要のある精霊魔法は、高い集中力を要求する。
俺が思うに、精霊魔法の真価を引き出すためには、《双心法》を習得する必要がある。
あれがあれば、精霊と息合わせつつ、他の魔法攻撃によってその隙を埋めることができる。
そろそろポメラに《双心法》を教えた方がいいかもしれない。
「というより、アイアンカウくらいだったら、素手でよかったのでは……」
ポメラが目を開き、襲い来るアイアンカウ達へと大杖を向ける。
「精霊魔法第八階位《
炎の爪撃が走る。
大地に炎の一閃が走った。
アイアンカウ達の身体が上下に引き裂かれ、炎に包まれながら地の上を転がった。
ポメラは口を開けてアイアンカウの様子を眺めていたが、嬉しそうに俺を振り返った。
「カ、カナタさん! ポメラ、できました! ちゃんと、ポメラ、強くなれていたんですね!」
ポメラが精霊魔法で吹っ飛ばしたときにアイアンカウ達から剥がれていた、連中の仮面が地面へと落下した。
地面との衝突の際、ガシャンという音が響いた。
ポメラがその音にびくりと肩を震わせ、そうっと前を見る。
……討伐証明部位の仮面は、バラバラになっていた。
ポメラの精霊魔法の一閃で上下に分かたれ、高熱で柔らかくなったところに地面へ叩きつけられたためだろう。
破片も、妙な形状へと曲がっていた。
肉の方も、黒焦げになっている。
レベル25のアイアンカウに、レベル201のポメラが全力で精霊魔法を放てば、それはそういうことになってしまうだろう。
俺は欠片を拾ってから、それをそっと地面へと置き直した。
「……別のアイアンカウを探しましょう」
「ご、ごめんなさい、カナタさん……つ、つい、その、試すのなら、最大火力の魔法でないと意味がないのかなと……」
ポメラと二人で、しばらくアイアンカウを探して歩いていた。
途中、木の影で休みながら食事を取ることになった。
冒険者業間の食事は、冒険者向けの雑貨店で購入した、乾燥パンと干し肉が主であった。
「……今なら、ロイさん達もポメラと対等に接してくれるでしょうか?」
ポメラが革の水入れを手に、少し不安そうに呟いた。
「ロイさん達以外を狙った方がいいとは思いますが……」
しかし、状況を恨みつつ、人を恨むまいとするポメラの意志は、きっと尊重されるべきものだ。
ポメラが目標の第一歩として、まずはロイ達と仲良くしたいと考えているのであれば、それを無理に止めはしない。
無論、それが厄介ごとに繋がりそうであれば、話は別であるが。
「ここまでレベルを上げたのですし、今でも充分、彼らもきっと邪険にすることはないと……」
そこまで考え、ロイがレベル14だったことをふと思い出した。
「……レベル差がありすぎて、ちょっとギクシャクしそうですね」
「やっぱりそんな気はしてたんです! そうですよね? やっぱりそうですよね!?」
「た、確かに、ロイさんと仲良くするにはもうちょっと低かった方が都合が良かったかもしれませんが……冒険者業をこなしつつ安全に生きていくには、むしろもうちょっとレベルがあった方がいいですよ」
「……レベル200でも足りないって……それは、どういった状況を想定しているんですか?」
「お、俺の師匠のルナエールさんが、そういうふうに……」
「その……ポメラ、いつも疑問に思っていたのですが、カナタさん、そのルナエールさんに、何か騙されていませんか……?」
そんなことは有り得ない。
ルナエールが俺に嘘を教え込むメリットも理由も存在しないからだ。
俺の知らないルナエールの思惑が何かあるのならばそういうこともあり得るかもしれないが、ルナエールがそんな嘘を吐いて他者を貶めようとするわけがない。
彼女の純粋さと優しさは、俺がよくわかっているつもりだ。
俺が喉に引っかかったパンくずを水で流し込んでいると、ポメラがふと立ち上がった。
「……誰か、こちらに来ているみたいです。同じ依頼を受けた方でしょうか?」
俺も立ち上がり、周囲を見回した。
街の方から、一人の男が俺達の方へと向かって真っ直ぐに歩いてきていた。
恰幅のいい体型に、目立つ大斧。
まだ距離はあったが、一目見て俺はそれが誰かわかった。
万年D級冒険者オクタビオだ。
俺と目が合うと、オクタビオが笑い、顔の皺が深まった。
「よう……ボンボン貴族の馬鹿魔術師に、そいつに道楽で飼われてる森荒らしのゴミ」
悪意と敵意の込められた、嫌な笑みだった。