第四十九話 ポメラの受難
俺は宿を取って都市アーロブルクでの生活の一日目を終えた後、ポメラと合流して彼女を宿の部屋へと招いた。
他に落ち着いて魔法を教えられそうなところがなかったのだ。
「よ、よろしくお願いいたします、カナタさん! えっと……ポメラ……その、物覚えとか凄く悪いですが……せいいっぱい頑張ります!」
ポメラが腕にぐっと力を込める。
「俺もあまり要領のいい方ではなかったと思うので、問題ありませんよ。とはいっても、今も白魔法に関しては、俺も心得はほとんどないのですが……」
俺は言いながら宙に魔法陣を浮かべる。
「時空魔法第八階位《
魔法袋は空間容量の縛りが大きいので、使う機会の多そうなものしか入れていない。
魔導書などは時空魔法による特異空間の中に保管している。
こちらは使用者の魔力の高さで特異空間を押し広げられ、空間制限は魔法袋ほど厳しくはない。
「じ、時空魔法の……それも、第八階位を扱えるんですか!? カナタさん、そこまで……」
ポメラが驚きのあまりか、口をぱくぱくとさせていた。
《
魔法陣の中央に手を入れ、中から一冊の魔導書を取り出した。
「ぶ、分厚い……この魔導書、凄く高価なものだったんじゃ……」
「師匠から譲り受けたものなので、あまり価値はよくわかりません……。ただ、想い出の品なので、なるべく丁寧に扱ってもらえると嬉しいです」
「は、はいっ! 気をつけます! 手を、しっかり洗ってから読まないと……。ただ、その……結構、魔法の奥義だとかに関わる部分について記されたものではないかと思うのですが、ポメラなんかに本当に理解できるでしょうか……?」
ポメラは魔導書を前に、自信なさげに呟いていた。
「えっと……あと、これと、これと……」
俺は《
積み重ねるごとに、ポメラの顔が強張っていった。
あっという間に十冊になっていた。
とりあえずはこんなものでいいか。
ポメラに必要なのは、彼女の得意分野であり人の役に立つという目的にも適している白魔法と、種族として適性の高い精霊魔法だ。
他は後回しでいこう。
少し教えるのに時間は掛かりそうだが、教えることで俺自身の理解の補完になるだろうし、空いた時間に《双心法》の鍛錬もできる。
「カ、カナタさん……? その量は、一体……? その、カナタさんがやる気を出していただけるのは凄くありがたいのですが、ポメラには少し現実的ではなさそうな……。あの、これ、どのくらいの期間を前提としているんですか? 全て理解するには、かなりの年数を要しそうな気がするのですが……」
「ああ、大丈夫ですよ。さすがに二日くらいは見ています」
「二日!?」
あまり長くだらだらとやっても仕方がない。
結局レベルが低いと魔力が低く、そうであれば魔導書の知識を得ても上手く本質を掴めなかったり、肝心な部分を発動させられなくなったりすることが多いのだ。
しかし、魔法の技量が低ければ効率よくレベルを上げることは難しい。
なので、魔法の修行とレベル上げは並行して行っていくことが望ましいと、俺はそう思う。
少なくともルナエールはそうやって教えてくれていた。
俺に彼女ほど上手く教えられるだろうかと思うと、ちょっとわくわくしてきた。
ルナエールが俺に教える際、少しだけ楽しそうだった理由が今ならわかる。
「師匠が持たせてくれた、集中力を強引に続かせたり、一時的に記憶力を上げる霊薬なんかも余っていますから、きっとできるはずですよ」
「集中力を強引に続かせる霊薬!?」
どんどんポメラの顔が青くなっていく。
やはり不安が大きいのだろう。
俺も修行中、あまりの苦痛から『もしかしてルナエールは過剰に外への恐怖心を煽り、それにかこつけて修行のオーバーワークで俺の精神を潰して折れさせて《
だが、当然ルナエールにそんな思惑があったはずがない。
むしろ彼女は残ろうとした俺に対して『人間らしい人生を送って欲しい』と《
それに、人間、やってみれば意外と慣れるものだ。
現に俺はどうにかなった。
辛かった時も当然あった気はするが、喉元過ぎれば熱さ忘れるというか、今ではいい想い出である。
「ああ、そういえば、睡眠の代わりになる霊薬もあるんですよ。師匠曰く、連日使用は控えた方がいいという話でしたので、様子を見ながら使っていきましょう」
「睡眠の代わりになる霊薬!?」
どこから教えていくべきだろうかと俺は頭を悩ませる。
最終的には対人必須技術である《双心法》も身につけてもらわなければならない。
あまり肌身離したくはないが、《魔導王の探求》もポメラに貸した方がいいだろう。
俺はそう考えながら、《
「あ、あの……カナタさん、その、その……ポメラから言い出したことで申し訳ないのですが、決心がつかないといいますか……カナタさんとポメラの差が思ったよりも開いていそうなので、やっぱりその、ポメラなんかが教わろうとするのは失礼かもしれないと言いますか……」
「え……」
俺は両腕にポーションを抱えながら、ポメラを振り返った。
ポメラと目が合う。
彼女の顔には、だらだらと汗が流れていた。
……今、ポメラは、やっぱり止めたいと口にしていなかっただろうか。
もう少し、段階を踏むべきだっただろうか。
「すいません、今ポーションを整理していたもので、ちょっとあまりよく聞こえなくて……」
「え、えっと、その、その……」
ポメラはおどおどと腕を動かし、俺から目を逸らす。
「い、いえ、その……そこまで準備していただいて、その本当に嬉しいです。ポ、ポメラ、命懸けで頑張らせていただきます……」
なんだ、ただの聞き間違いだったらしい。