第四十七話 弟子
ゴブリンの群れを一掃した後、破損した亡骸から討伐証明のために耳を切断して布袋に詰めていった。
あの小男が引き連れてきたのが二十体であったため、目標であった八体はとっくに超えていた。
……もっとも、その内の二体ほどは頭部が見つからなかったため、討伐証明部位を回収することはできなかったが。
「……カナタさん、やっぱり、その……凄く強い人だったんですね」
ポメラがしゅんとしたように口にする。
……わかっていたことだが、彼女にとって、狩りのパートナーが自分よりレベル上であったことは、負い目にこそなれあまり嬉しくは思えないようであった。
「黙っていてすいません……あまり、負い目には感じて欲しくはなかったので」
「い、いえ! カナタさんが、ポメラに気を遣ってくれただけだということは、その、凄くわかっていますから……!」
「他に信用できる人はなかなか見つかりそうにありませんでしたし……都市のことや、冒険者としての動き方についても色々と教えていただいたので、本当に凄く助かっていますよ」
「でも……これからずっと、カナタさんの足を引っ張り続けているわけには……」
ポメラが俯く。
……ポメラからしてみれば、そう考えてしまうか。
俺としては、冒険者業や都市の常識なんかを教えてくれるだけで助かっているのだが。
下手に俺のレベルや保有アイテムのことが知られれば、ルナエールが口にしていたような凶悪な神の特典を手にこの世界へ訪れた転移者や、単独で世界を敵に回す《人魔竜》達から目をつけられることになるかもしれない。
そういう面で、気軽に新しい仲間を見つけるわけには俺にはいかない。
上手く縁ができ、かつ人格面で信頼のおけるポメラは本当に貴重なのだ。
「まだまだこの都市や冒険者の仕組みについてわからないこともありますし、ここもあまり治安がいいとは思えないので、他に信用できる人が現れるか、どうか……。それに、ポメラさんとは仲良くしていきたいと思っていますので、できれば、今後もパーティーを組んでもらえればと考えているのですが……」
「…………」
ポメラは黙って、俯いてしまった。
何か考え込んでいるようだった。
ポメラの本分は冒険者業だ。
それに彼女は、冒険者業を続けて行く中で、他者の役に立ち、対等な仲間を作って行くことを目標に頑張っているようだった。
俺に付き合って、依頼の非戦闘部分の補佐を行うというのは、彼女の目的からも大きく外れることになる。
こちらから金銭的に大きく譲歩するとしても、彼女はきっとそれを許容できないだろう。
「あ、あのっ、カナタさん!」
ポメラが顔を上げる。
「カナタさんは……その、本分は、魔術師なのですよね?」
俺は自分のローブへと目を落とす。
恐らく、俺の格好からそう判断したのだろう。
威力も範囲も魔法の方が高く、距離を取って攻撃した方が安全なので、もし同格以上を相手取るには魔法主体で隙を窺いつつ剣を使うことになる。
それに、ルナエールからは剣術については特に教わっていない。
死ぬほど苦労して身につけた《双心法》も、魔法を使わなければ意味はない。
意識を分離することで、近接で戦いながら魔術式を紡ぐこともできるが、それも結局は魔法ありきの利点である。
どちらかといえば、間違いなく魔法タイプになるだろう。
「ええ、本分は魔術師ですね」
もっとも、魔法より素手の方が加減がしやすいはずなので、地上に出てから今まで特に魔法を用いる機会はなかったが。
ポメラが俺へと頭を下げた。
「あ、あのっ! もし、もしご迷惑でさえなければ、冒険者業の合間に、ポメラに魔法の修行をつけていただくことはできないでしょうか!」
「俺が、ポメラさんに……?」
「身勝手なことを言っているのはわかっているのですが……他に、頼れる人がいないんです。必死で頑張っているつもりではいるんですが、ずっと独学での限界を感じていて……きっとこのままだとポメラは、ロイさんの下にいた時のようにお荷物で居続けるのがせいぜいだと思うんです」
確かに、魔法は独学ではかなり厳しいものもあるだろう。
俺もルナエールの魔導書と彼女の解説や助言、スケジュール組み、《魔導王の探求》や《神の血エーテル》のおかげで、どうにか使える魔法の階位を伸ばして行くことができた。
俺一人では千年掛けても今の段階まで辿り着けてはいなかったのではないだろうか。
俺もポメラが主体にしている白魔法や、エルフならば適性の高いはずである精霊魔法の心得は薄い方だが、ルナエールからもらった魔導書はある。
それに階位を伸ばすには、自身の魔法力、レベルを上げる必要もある。
きっと役立てることは色々とあるはずだ。
「もしも、ポメラが冒険者としてまともに戦えるだけの力を身につけたら……ロイさんやホーリーさんも、今度こそ本当のお友達になってくれる気がするんです」
あ、あの二人は止めておいた方がいいのではなかろうか……。
しかし、ポメラの目指している道はわかった。
元より、俺のできることならポメラの夢を手伝うと、パーティーを組んでもらったときにそう決めていた。
修行の手伝いをすることでパーティーを継続してくれるのであれば、俺にとってもそれはありがたい。
「わかりました。どこまで俺が、魔法の修練の役に立てるかは怪しいですが……改めて、これからもぜひ、よろしくお願いします」
俺が腕を伸ばすと、ポメラはおどおどと周囲を見回した後に、確認するように自分を指で示した。
彼女の過去を鑑みるに、あまり握手を求められることもなかったのかもしれない。
俺が頷くと、彼女は嬉しそうに笑みを漏らし、俺の手を取った。
「よ、よろしくお願いします、カナタさん!」
こうして、俺とポメラはパーティーを継続して行くことになった。
今後、俺はポメラの師匠ということになるのだろうか。
……そう考えると、少しむず痒い。
と、同時に、またルナエールのことを思い出した。
すぐにでも会いに行きたいが、あまり早くに会いに行けば、彼女の意思を無視することにもなってしまう。
どれほど間を開ければ、彼女は俺の来訪を受け入れてくれるだろうか。