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第三十六話 グリフォン

 俺は木の横にぼうっと立って、ロヴィス達と大きな魔物との交戦を眺めていた。

 魔物は大きな鷲の頭と、獅子の身体を持つ。


 《ステータスチェック》で調べたところ、レベル200のモンスターであり、名前は神話同様にグリフォンとなっていた。

 悪趣味な神様連中が、地球の神話に合わせて生み出したのかもしれない。


 俺が行ってもよかったのだが、ロヴィスが嫌がる部下二人を連れて突撃していったのだ。


『カナタ様は休んで待っていてください。俺達が始末してきますので』


 ロヴィスは俺との戦いで既に負傷していたが、大丈夫なのだろうか?

 余程、俺に襲い掛かったことを負い目に感じているらしい。

 ……そこまで精神が細いのであれば、旅人襲撃なんて最初からしなければよかったのに。


「グァグァグァグァグァ!」


 グリフォンの鳴き声が響く。

 近くを飛び回っていたが、一気に高度を下げてロヴィスへと掴みかかっていった。


「時空魔法第四階位《短距離転移(ショートゲート)》」


 ロヴィスは綺麗にグリフォンの真上へと転移し、大鎌を振るって翼を引き裂いた。

 グリフォンが体勢を崩し、地面の上に叩き付けられる。

 だが、素早く身体を起こしてロヴィスを睨みつける。


「土魔法第四階位《土塊機雷(クロッドマイン)》」


 ダミアがその隙を突き、土の塊を飛ばして攻撃した。

 俺にも使った魔法だ。

 土の塊はグリフォンの目前で破裂する。


 グリフォンに近いレベルのロヴィスが先頭に立ってグリフォンを引き付け、ダミアが中距離で着弾させやすい《土塊機雷(クロッドマイン)》を用いて確実に手数を稼いでいた。


 二人が戦っている間、ヨザクラは刀の柄に手を押さえて目を瞑っていた。


「精霊魔法第四階位《一陣の神風(シナツヒコ)》……精霊魔法第五階位《鬼人の一打(イワサク)》……」


 ヨザクラの身体を、光が纏っていく。

 精霊魔法は、この世界の裏側で暮らしているという、精霊達より力を借りて発動する魔法である。

 風の精霊は風の、土の精霊は土の存在するところの裏側に存在しているという。


 精霊の力を借りるため、本人の魔力消耗を抑えられたり、時に本人の実力以上の威力の魔法を発動することができたりするという利点があるが、制御が難しく、安定しないとルナエールからは聞いている。

 一応彼女から基本は教わったが、自分で使うためにというより、精霊術師と敵対したときに対策できるように覚えた側面が強い。


 今ヨザクラが使ったのは、精霊の力を借りた自己強化の魔法だろう。

 別に精霊魔法が身体能力強化の魔法というわけではないが、その様な魔法も存在するとルナエールから教わった覚えがある。


 グリフォンと近距離で交戦していたロヴィスが、転移魔法によって後ろに控えていたヨザクラの傍へと飛んだ。


「それじゃあ、最後は任せるよ。《短距離転移(ショートゲート)》」


 ロヴィスがヨザクラへと手を翳す。

 彼女の身体が魔法陣の光に包まれて消え、グリフォンの背後へと飛んだ。


 ヨザクラが目を開くと同時に、鞘から刀を引き抜いてグリフォンの首へと一閃をお見舞いした。

 グリフォンの頭部が落ち、獅子の身体がその場に崩れた。


「おお……」


 グリフォンの方がロヴィス達三人よりレベル上のようだったので少し冷やっとしていたが、特に危なげなく仕留めることに成功していた。


 ロヴィスが時空魔法で引っ掻き回してグリフォンの動きを制限し、ダミアが確実に中距離からダメージを稼ぐ。

 グリフォンが弱って動きが鈍くなってきたところで、精霊魔法で強化したヨザクラの不意打ちで一気に仕留めた。


 綺麗な流れだった。

 恐らく、最初から計算尽くの戦いだったのだろう。

 こうして見ると、不思議とロヴィス達が格好良く見える。


「お待たせしました。いつもなら俺一人で十分なのですが……今はその……身体が万全でないので、俺の部下に手助けをしてもらいました。さ、先へ向かいましょうか」


 ロヴィスが俺へと媚びるように笑いながら、機嫌を窺うように手を揉んでいた。


「そ、そうですね……」


 ……や、やっぱりダサく見える。


「やっぱり、堪えられない……。俺が憧れたのは、ついて行きたかったのは、こんなロヴィス様じゃない……」


 ダミアががっくりと首を項垂れた。


「私も、ここまで卑屈になる理由が理解できない……。魔物なら、そっちの人に任せればよかったのではないですか? ロヴィス様はもっと、自由な御方だと思っていました」


 ヨザクラも、失望した目でロヴィスを睨んでいた。


「な、何を言っている。俺は臆病者のつもりはないが、愚か者でないだけだ。意地を通すのも馬鹿らしい相手が、世の中にはいる、それだけの話だと言っているだろう? 神に頭を下げるのは卑屈か? その意味に気づけないのは、お前達がまだ世界について無知であるだけだ」


 ロヴィスが必死に彼らを説得に掛かる。


「義理があるので今はそうしませんが……私はその人を街に送ったら、《黒の死神》を脱退させていただくかもしれません」


「ほう……別に止めはしないが、俺達にもけじめというものがある。ヨザクラ、《黒の死神》の離反者は死罪だと、お前が一番よく知っているだろう? 別れた後に、俺達の影に脅え続ける覚悟があると、そういうことでいいんだな」


「ここにいない面子にも、ロヴィス様の醜態について鮮明にお話しさせていただきます。私とダミアはがっかりしましたが、彼らはどう思うことでしょうね」


「待て、それは止めろ! 落ち着け!」


 ロヴィスとヨザクラが内輪揉めを起こした。

 どうやらダミアは抜けるほどではないらしく、不安そうに二人を交互に見守っていた。


「し、失礼ですが、少しばかりお時間をいただけませんかカナタ様! ヨザクラを説得しなければなりませんので!」


「……どうぞ」


「ありがとうございます! なんと心の広き御方!」


 ロヴィスはぺこぺこと俺に頭を下げた後に、素早くヨザクラへと向き直った。


「……ヨザクラ、俺は今ふと、六年前のことを思い出したよ。ああ、お前が入団する切っ掛けになった、あの事件の……」


「情に訴えても無駄ですよロヴィス様」

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