第三十五話 街への道中
俺はロヴィス三人組と共に、森を歩き続けていた。
「休憩したいときはいつでも言ってくださいね、俺達はカナタ様に合わせます」
「ど、どうも……」
ロヴィスが張り付いた様な笑顔を浮かべ、ぺこぺこと頭を下げながら俺に声を掛けてくる。
不気味で仕方がないのでやめて欲しい。
「必要とあれば、言っていただければマッサージもしますので」
「……ありがとうございます。ただ、別に頼むことはないかなと……」
「何なら、歩くのが面倒でしたら俺が背負っていきます。お任せください」
「結構です」
ロヴィスの部下であるダミアとヨザクラの二人は、落ち着かない様子で少し離れて俺達を見守り、時折小声でぼそぼそと話をしていた。
現在進行形で彼らの中でロヴィスの株が下がり続けているのが見て取れる。
そりゃそうなるだろう。
「いや、しかしまさか、転移者の方だったとは納得がいきました。伝承でよく耳にしますし、俺も数名でしたら直接お会いしたことがあります」
「やっぱり、結構多いんですね……」
ナイアロトプの言っていた内容から察するに、結構気軽にここにチート異能力やらアイテムやらを付与した異世界転移者を送り込んでいるようだった。
はた迷惑この上ないと思うのだが、彼らからしてみれば、自分の創った世界だから何が悪いという論調になるのだろう。
「転移者は、素晴らしい力と優れた道徳心を併せ持った御方ばかりですからね。もしかしたら、カナタ様もそうなのではないのかと思っていました」
ロヴィスが延々とゴマを擦り続けて来る。
……一般的に転移者が認識されているらしいという話は聞けてよかったが、本当に気色が悪い。
もう少し普通に接して欲しい。この人は極端な切り替えしかできないのか。
「しかし、ロヴィス様、この前は転移者は何にでも首を突っ込んでくる身の程知らずの甘ちゃんが多いから、二人ほど仕留めたことがあると自慢げに話していたではありませ……」
「黙っていろダミアァ! 次に余計な口を開けば、端から端まで縫い合わせてやろう」
ロヴィスが唾を飛ばしながらダミアへと恫喝する。
どれだけ必死なんだ。
……しかし、やっぱりこの人、放置するより然るべきところに突き出すなりした方がいいのではなかろうか。
善人悪人でいえば、間違いなく前者に入ることはないだろう。
「何はともあれ……転移者の方でしたら、この辺りのことを何も存じ上げないのは、仕方のないことでしょう。周辺の地図もお渡ししておきますよ」
ロヴィスが丸めた紙を俺へと手渡した。
どうやら周辺の地図らしい。
森の広さがよくわかるのはいいのだが、具体的に今がどこなのかがよくわからない。
「おお、これは気が付かずに申し訳ございません。今はこの辺りですね、方向はこちらを向いています」
随分と森の端までは来ているようだが、最寄りの街までは少しばかり距離がありそうだ。
「もしよろしければ、こちらを……。魔力場、要するにどれだけ地脈の魔力が狂ったところでも正確に使用できる魔法の磁石です。ぜひカナタ様のお役に立てていただければと」
ロヴィスが黄金の、方位磁石のついた首飾りのようなものを懐より取り出した。
「そ、それは、ロヴィス様のお気に入りのアイテムでしょう!? というより……それがなかったら、高位のダンジョン深部まで、まともに入れなくなってしまいます! 市場にもほとんど出回らないのに……」
ヨザクラが慌てふためきながら声を出す。
「余計なことを言うなと言っているだろうが! 後のことより今のことだと、なぜそんな簡単なことがわからない!」
ロヴィスが鬼の剣幕でヨザクラへと吠えた後、すぐさま俺を振り返って柔和な笑みへと切り替える。
「ささ、カナタ様、どうぞ」
「はあ、どうも……」
そんなに価値の高いアイテムなのか。
あまりタカるのも悪いというか、絞り過ぎると余計な禍根を残しそうな気がする。
俺は魔法袋から《アカシアの書》を取り出し、ページを捲った。
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【冒険王の黄金磁石】《価値:A級下位》
素材の特殊な鉱石や刻まれた魔術式の力により、魔力場に対して強い耐性を付与された方位磁石。
これさえあれば、高位ダンジョンの深部に入り込んでも道を見失うことはない。
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「A級下位、か……」
ルナエールの話では、アイテムの階級は九段階に分かれているという話だった。
F、E、D、C、B、Aと続いてSが来て、その後に伝説級と神話級になっているそうだ。
あまり基準はよくわからないが、上から四段階目の下位なら、まあ程々といったところなのではなかろうか。
《
さほど価値のあるものとは思えない。
「これくらいなら、まあ、大丈夫か」
A級下位程度ならそこまで禍根が残ることはないだろう。
ロヴィスは俺の言葉を聞いて、引き攣った顔をしていた。
く、口に出ていたか。
あまりくれた本人の前で言う言葉ではなかった。
「ああ、すいません、ありがたくいただいておきます」
俺は魔法袋へと放り投げた。
「あ、あんまり粗雑に扱われると辛いと言うか……あ、いえ、何も……」
ロヴィスは俺の魔法袋を眺めながら、辛そうな顔をしていた。
「そ、それより、カナタ様一人でしたら、単身で走って向かわれた方が早いかもしれませんよ? いえ、別に、さっさと別れたいとか、そういうわけではないのですが……その、俺達はあまり、街にも気軽に入れない身でして……」
「う~ん……」
確かに、レベル180ぽっちの速さに合わせて移動していれば、余計な時間が掛かる。
「……まあ、この世界のことについても色々とゆっくり聞いておきたいので、もう少し同行してもらっていいですか?」
「そうですか……ああ、いえ、光栄です! お供させていただきます!」
ロヴィスは露骨に肩を落として落胆した後、慌ただしくそれを取り消した。