第三十四話 ロヴィス
俺はロヴィスへと向かいながら、《ステータスチェック》で彼のレベルを確認する。
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ロヴィス・ロードグレイ
種族:ニンゲン
Lv :181
HP :94/796
MP :427/778
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「た、たったの、レ、レベル181……」
これでは最初からまともな戦いになるわけがない。
よ、よくその程度で、あれだけ大きな態度を取れていたものだ。
本人の口振りからだと、もっとヤバイ連中なのだと思っていた。
非合法の傭兵のようなものだと言っていたから権力者の汚れ仕事を請け負う様な危険な連中かと思っていたが、この様子だと非正規の労働者くらいのニュアンスだったのかもしれない。
「た、たったの、レベル181だと……?」
ロヴィスが信じられないものを見る目で俺を睨む。
俺がロヴィスの目を見ると、彼は小さく悲鳴を漏らして後退った。
ダミアとヨザクラが、ロヴィスの前へと躍り出て、俺を遮った。
「ロヴィス様! 今の間に逃げてください! 俺達が、時間を稼……!」
「二人共下がっていろ! 余計なことをするな!」
ロヴィスが俯いたまま叫ぶ。
彼の部下の二人はびくりと身体を震わせ、その場から身を引いた。
ロヴィスは俺には敵わないと今のでわかったはずだが、まだ何かするらしい。
単に、部下を盾とすることを良しとしなかっただけなのかもしれない。
ロヴィスは自分達のことを非合法だとか、アウトローだとかと説明していたが、彼なりの矜持があるように見える。
いや、もしかしたら……まだ何か、俺の知らない、レベル差を埋められる切り札でも持っているのだろうか。
だとしたら、警戒しておかなければならない。
何をするのかと思えば、ロヴィスは徐に膝立ちになったかと思うと、滑らかな動きで地面に頭を擦り付けた。
「見逃してくれ……いえ、見逃してください! お願いします、この通りです……!」
「ええ……」
思い切りが良すぎる……。
さっきまでと同一人物なのかどうかさえ疑わしく思えて来た。
何かこう、俺がおかしいのかと思って背後に下がっていたロヴィスの部下の二人へと目を向けたが、彼らも呆然とした顔でロヴィスの背を眺めていた。
「一方的に襲っておいて、ムシのいいことを口にしているのは理解しています。俺に、いえ、俺達にできることなら何でもさせていただきます! ですので、命だけはご容赦ください……!」
ロヴィスは額で穴を掘る様に首を左右に振った。
「ロ、ロヴィス様、見損ないました……。まさか、そんな醜態を晒してまで生きながらえようとするなんて……」
ダミアががっくりとした声で言う。
俺もそう思う。
命乞いも、普通の人なら別にそれはおかしなことではないだろう。
あれだけ大層な名乗り方をしておいて、一方的に襲撃しておいて、敗れたからといって頭を下げて泣きつくのは流石に無様すぎる。
「た、戦いの中で死ねるのならば、それが一番幸せだと……あの言葉は、嘘だったのですか? 別にむざむざ死ねとは言いませんが、こんな……」
ヨザクラもロヴィスへと非難をぶつける。
「黙っていろ!」
ロヴィスが拳で地面を叩く。
「俺が言ったのは、死闘の中で死ねるならそれがいいということだ! 落ちて来た岩塊の下敷きになって不慮の事故で死にたいなど、誰が願うものか!」
ロヴィスが唾を飛ばしながら叫んだ。
ひ、人を何だと思っているんだ。
「いいか、ダミア、ヨザクラ、教えておいてやる。世の中には、本当に理屈ではどうにもならないような化け物がいる。俺も十年前にそんな怪人と出会ったことがあるが、同じ人間だと思うことがそもそもの思い上がりなのだと理解した。俺は、彼らに頭を下げることを恥だとは思わない。神に祈りを捧げるときに、己が遜っていることに疑問を抱くか? 俺は意地を張って無意味に命を落としたものがいれば、その無知と浅はかさを鼻で笑うだろう。二人共、早く頭を下げるんだ。さぁ、俺と同じように!」
ロヴィスの言葉に、ダミアとヨザクラは互いに困惑した表情で顔を見合わせていた。
だが、ロヴィスにしつこく目配せを受け、ダミアとヨザクラもその場で膝を突き、俺へと頭を下げ始めた。
な、何をやってるんだ、この人達は……?
「別に、もうどうでもいいですから、とっととどこかへ消えてください……」
俺としても、能動的に人を殺そうという気にはなれない。
命のやり取りは、この世界では珍しくないことなのだろうということは、ルナエールの言葉からも薄々理解していた。
しかし、当然のことながら、自分から積極的に殺してやろうという気にはなれない。
街かどこかに犯罪者として突き出してやりたいという気持ちはあるが、俺はこの世界についてあまりに無知であった。
あまり面倒なことに手間を掛けたくもない。
放置しておけば厄介になる恐れがあるならともかく、ロヴィス程度のレベルでは俺にどうすることもできないだろう。
ふと彼らの様子を見ると、ヨザクラが少し頭を上げてロヴィスがまだ頭を下げていることを確認してから、再び自身の頭を地面へと着けていた。
「……いえ、やっぱり、少し頼みたいことがあります」
俺は自分で言った言葉を翻す。
そういえば、俺はそもそも悩んでいたところであった。
「何でございましょうか? 何なりとお申し付けください!」
ロヴィスが地面に頭をくっ付けたまま答える。
……話辛いのでそろそろやめて欲しい。
「最寄りの街へ向かいたいのですが、案内を頼んでもいいでしょうか?」
彼らなら、こっちも気負いもしなくていい。
大きな借りがある状態だといえる。
右も左もわからない俺にとって、気を遣わなくていいガイドがいるというのは心強い。
「なるほど! どこか遠い地から来られたところだったのですね! ぜひ自分達にお任せください、案内させていただきます!」