第三十三話 《黒の死神》
ロヴィスが笑顔で俺を見る。
太ったゴーグル男、ダミアは、手袋を嵌めた腕を俺の方へと向けている。
何かあれば、速攻で魔法攻撃を仕掛けて来るつもりだ。
着物の刀女は、どうでもよさそうに溜息を吐いている。
彼らにとって、俺への攻撃は本当にただの遊びでしかないのだ。
三対一……それも彼らは、かなり対人戦闘慣れしている。
まともに勝負になるとも思えなかった。
コインの表裏を間違えるわけにはいかないが……そもそも俺は、ロヴィスの弾いたコインが何のものなのかさえ知らなかった。
どっちが表なのかさえわからないのだ。
「早くしてくれないかな? タイムアップは興醒めだ。俺達は、面白くないことは嫌いなんだ」
ロヴィスが目を細める。
……今更デザインについてあれこれと聞けるとも思えない。
逃げる準備をしながら答えるしかない。
最悪、《歪界の呪鏡》の悪魔を何体か逃がせば、足止めくらいにはなってくれるはず……だと信じたい。
「表で、お願いします……」
俺が答えると、ロヴィスは手の甲のコインを確認して満足気に頷いた。
ポケットに仕舞い込んで拍手をする。
「おめでとう、神がキミに微笑んだようだ」
「じゃ、じゃあ……」
「もっとも、死神の方だがね。ダミア、彼の四肢を吹っ飛ばしてくれ」
ロヴィスが腕を伸ばし、ダミアへと指示を出す。
駄目だった。
ただでやられるわけにはいかない。
俺は剣を構え、戦闘態勢を取る。
「まずは、足から」
ダミアが魔法陣を展開する。
俺は魔法陣を見て、違和感を覚えた。
この魔法は……。
「土魔法第四階位《
ダミアから放たれた土塊の弾丸が、俺へと向かって来る。
俺の足許に落ちて、爆音を上げて炸裂した。
土煙が離れると、ダミアが口を開けて間抜け面で俺を見ていた。
……ダミアは、何のつもりで今の攻撃をしたんだ?
「あ、当たらなかった?」
「そんなはずがない。見ろ、衣服にも土汚れさえついていない。あの至近距離で受けて、たまたま外れたからといってそうなるわけがないだろう」
ダミアの言葉を、ロヴィスが遮る。
「……脅しのつもりですか? 低階位の魔法を弾けるのは、さっき見たと思いますが」
「な、なんだと……?」
ダミアが狼狽える。
どうやら、素で気が付いていなかったらしい。
「驚いた、牽制の要となる、第四階位以下の魔法を全て自動で遮断できるのか」
ロヴィスが口の両端を吊り上げて笑う。
「この《魔の大森林》深くまで、単身で踏み込んだことだけはあるらしい。面白くなって来たじゃないか。ただの余興だったんだが、レアアイテムまで手に入るとはな。こんなものを持っている男なら、少しは楽しめそうだ」
「……ダミアでは、相性が悪そうですね」
着物女が目を細め、刀の鞘に手を掛けて前に出る。
さっきまで欠伸をしていたのに、いつの間にか真剣な面持ちへと変わっていた。
ロヴィスはそれを、腕を出して制する。
「ダミア、ヨザクラは下がっていてくれ。久し振りに、命のやり取りを楽しめそうだ」
ロヴィスが前に出て、腕を振るう。
「時空魔法第八階位《
ロヴィスの前方に魔法陣が展開される。
彼はその中央に腕を突き入れ、自身の背丈ほどはある大きな鎌を取り出した。
「アウトローの王とまで言われて、少しばかり図に乗っていたけど、まさか真っ向から知らないと言われるとは思っていなかったよ。だが、俺達の名は知らなくても、この鎌のことは知ってるんじゃないか。《月影鎌ジェフティ》、俺はこの鎌で千の首を落とした」
三日月のような鋭利な形をした大鎌だった。
黒い刃に、灰色で蔦の様な細かい模様が描かれている。
……だが、知っているかと問われても、知らないものは知らない。
俺はこっちの世界に来て、まだ二か月と経っていないのだ。
「き、綺麗な鎌ですね」
「久方振りに血が騒ぐ……どれ、まずはテストしてやろう。すぐに終わってくれるなよ?」
ロヴィスが駆けて来る。
「さぁ、対応してくれよ? 時空魔法第四階位《
ロヴィスの姿が消え、俺の背後に現れた。
死角より放たれた鎌の一撃を、俺は剣の刃で受ける。
「よく止めた。第一段階は、合格といったところか。魔法耐性持ちに対しては、こういう戦い方もあるわけだ」
……あれ、軽くないか?
「まだまだ行くぞ! 《
また別の方向から打ち込まれてきた。
打ち込んできたロヴィスが、ニヤリと笑った。
「ほう、これも止めるか」
手を、抜かれているのだろうか? 状況から見て、遊ばれていることには間違いないだろうが……。
「《
消えたと思えば死角に移り、また消えたと思えば死角に移る。
「久し振りに目にしたが、やはりロヴィス様の戦い方は芸術の域に達している」
ダミアが感動した様に声に漏らす。
「……何か、様子がおかしいような」
ヨザクラは訝しむ様に目を細めていた。
「ここまで凌ぐとは、楽しくなって来たじゃないか。まさか、まだ名も知らない中にこんな男がいたとはな」
……初撃の不意打ちはともかく、なぜこの人はこんなに自信あり気に発動の遅い転移魔法を振り回せるのだろうか。
もしかして、あんまり強くないんじゃなかろうか。
敢えて油断を誘って、こっちが攻勢に出たらその隙を突こうとしているのか?
一度、軽くこっちから仕掛けてみようか。
「まだだ! まだ終わってくれるなよ! ここから……!」
俺は剣を横薙ぎに振り、大鎌を弾いた。
ロヴィスの手から大鎌が吹き飛び、地面に刺さった。
ついでにロヴィスの身体も吹き飛び、地面の上を凄まじい速度で側転しながら木に衝突した。
木がへし折れ、ロヴィスの身体を叩きのめす。
やっぱり、軽い……。
こ、これ、レベル1000もやっぱりないぞ……。
最初の勢いは一体なんだったんだ。
ダミアとヨザクラが、顔面を蒼白にして俺とロヴィスを見比べていた。
「な、何が、起こった……? こ、これは、俺の血……?」
ロヴィスは地面の上で血だらけで倒れていた。
俺が歩み寄ると、ロヴィスは顔を引きつらせた。
「くっ、来るなああっ! 沈め! 時空魔法第七階位《
大きな魔法陣が浮かんだ。
俺の周囲の地面が、大きな立方体を乗せたように窪む。
指定範囲に重力負荷を掛ける魔法だ。
俺は窪んだ地面の上を歩いて、ロヴィスへと向かう。
「ですから、俺に低位の魔法は届きませんよ」
……もっとも、当たってもこれだけレベルの差があれば何ともないだろうけれど。
「だ、第七階位魔法でさえ、当たらないというのか……? ば、馬鹿な、そんなアイテムが、存在するわけがない……」
ロヴィスは呆然と俺を見ていたが、俺が更に一歩近づくと「ひいっ」と甲高い悲鳴を上げた。