第三十二話 《魔の大森林》
俺は《
《
地上階層部分は、地下階層部分よりも老朽化が激しいように見えた。
壁はとうに崩れており、折れた柱や砕けた像が並んでいる。
白い石の床には罅が入っており、草が伸びている。
朽ち果てた石造りの神殿跡、といった様子であった。
その中央に大きな地下へと続く階段があり、これが正規の《
床には大きな魔法陣が刻まれている。
どうやら、この魔法陣によって地下百階と繋げられているようだ。
地上階層部分は本当に《
俺は古びた開きっぱなしの門を潜り、外へと出た。
一面に森が広がっていた。
「……どこに向かえば人里があるのか、わかったものじゃあないな」
とりあえず、適当に歩いてみることにした。
外の情報について、何も知らないのだ。
ずっと立ち止まっていても事態は好転しない。
森なら何かしら食べるものは見つかるだろう。
それにルナエールからあれこれと食料やら薬やらももらっている。
なるようになるはずだ。
俺は森を真っ直ぐに歩き始めた。
――俺が森の探索を始めてから、二日程が経過した。
いまだにどういけば森を抜けて人里に出られるのか、その目星はさっぱりついていなかった。
枝々が空を覆う暗い森を、俺はただひたすら一直線に進んでいく。
変に曲がれば、これまで歩いて来た道のりが台無しになりかねないからだ。
身体もそうだが、精神的にもかなり疲労してきていた。
ルナエールと別れてから《
その間に俺とまともに会話の出来た相手は、《
人寂しい、ルナエールに会いたい。
この際、ノーブルミミックでもいい。
そのとき、遠くからがさりと物音が鳴った。
「誰か、いるんですか?」
目を向けると、体長三メートル近くはある大熊が立ち上がったところであった。
三つの眼球は俺をしっかりと捉えており、大きな牙の合間からは涎が溢れていた。
モンスターベアという、分かりやすい名称の魔物である。
「ガアアアアアアアアアアッ!」
モンスターベアが襲い掛かってくる。
「お座り」
「ガァッ……」
俺が言いながら睨みつけると、モンスターベアが俺のすぐ近くで動きを止めた。
振り上げた凶爪を震わし、三つの目で信じられないものを見るように俺を睨みつけている。
モンスターベアは野生の勘が優れているためか、ある程度相手の力量を知ることができるらしい。
他のモンスターベアも、俺を見て逃げることがあった。
……他種の魔物は、多少脅しを掛けても飛び掛かってくることが多かったが。
「お座りと、そう言ったんですよ」
モンスターベアは腕を完全に降ろし、足を曲げ、犬の様に地面の上に座った姿勢を取った。
「クゥ、クゥン、クゥゥン」
モンスターベアが媚びる様な鳴き声を絞り出す。
俺はそれを聞いて、モンスターベアを置いて先へと進むことにした。
ここの森に出て来る魔物はレベル150前後なのだ。
《
このくらいの魔物なら、疲弊しきっている今の俺でも充分に対処可能な範疇である。
……というか、目を瞑って片足で戦っても勝てるくらいには力の差がある。
今はそこまで食料が欲しいわけではないし、レベル150前後だと経験値の足しにもなりはしない。
逃がせるなら逃がしてしまった方がいい。
その後もしばらく歩いていたが、まるで景色が変わった気がしない。
あまりに森が広大過ぎる。
人の姿も全く見えないし、ここはどうやらかなり僻地のようだ。
崖沿いを歩いているとき、不意に殺気を覚えた。
木々の奥に、三つの人影が見えた。
ようやく会えた人間だが、どうにもいい予感がしない。
強い敵意を感じる。
魔法陣の光が見える。
崖の上から、握り拳程度の大きさの、土の塊の様なものが飛来してきた。
俺は避けなかった。
土の塊の方が避けて、地面に衝突した。
土飛沫が上がる。
身に着けているルナエールお手製ローブの力で、低階位の魔法は俺に危害を加えることはできなくなっている。
今のは、警告か……?
この地に住んでいる人の縄張りにでも入ってしまったのかもしれない。
俺がそう考えていると、三つの人影が前に出て来た。
「外したのか、ダミア、珍しいこともあるものだな」
先頭に立つのは、黒髪の長髪の男だった。
美青年だが、目の下に薄く隈があった。
黒のローブを羽織っており、十字架の首飾りを着けている。
とにかく不気味な雰囲気の男だった。
「ロヴィス様、面目ない……」
ごついゴーグルらしきものを装着した太った男、恐らくはダミアが、ロヴィスとやらへと頭を下げる。
「どうでも良いこと……とっとと殺して、終わりにしてしまいましょう」
三人目は……着物らしき衣服を纏った女だった。
というか、着物にしか見えない。
俺も目を見張った。おまけに、長い刀を腰に差している。
「な、なんですか、あなた達は、盗賊ですか?」
俺が尋ねると、ロヴィスが芝居掛かったように肩を竦める。
「盗賊紛いのこともやるが、そう称されるのは心外だな。我々《黒の死神》は、自由であることと、面白いことを優先することをモットーとしている。そうだな……非合法の傭兵団、とでも言うのが一番近いか?」
ロヴィスはそう言い、顎に手を当てる。
「この《魔の大森林》を一人でほっつき歩いているくらいだから、名の知れた武人だと期待したのだが、まさか我々のことも知らないとは。狩りとしても、これでは心許ないな。最近この辺りに来ていると聞いていたから、邪神官ノーツを期待していたんだが。キミなんて殺しても、何も面白くないかもしれないな」
ロヴィスが退屈そうに首を傾げる。
……だ、誰かと俺を、勘違いしていたのだろうか?
あまり真っ当な連中には見えない、関わらない方が良さそうだ。
「で、では、もう行ってもいいでしょうか……?」
「そうだな……うん。ここに、一枚のコインがある」
ロヴィスが一枚のコインを取り出し、宙へと弾き、それを自身の手の甲の上で押さえた。
「表か裏か、当ててみせてくれ。当たったら生かして見逃してあげよう。外したら、凄く苦しくなるような殺し方をするから、よーく考えて選んでくれよ。でも、俺は気が短くって、その上に天邪鬼でね、十秒以内で頼むよ」
ロヴィスが笑顔でそう言った。