第二十一話 《双心法》
俺は魔導書を読み漁りながら、二つの魔法陣を紡いでいた。
ルナエールから勧められた《双心法》なる魔法の技術があり、この魔導書はそれについて記したものなのだが……どうにも上手く行かない。
脳の使用している部位を意識して区切り、二つの心を作ることで全く異なる魔法を同時に発動することができるらしい。
また、修得できればその恩恵とは別に、単純に魔法陣を紡ぐ速度も大きく向上するそうだ。
魔法の理解力を引き上げる《魔導王の探究》と、魔法の感覚を研ぎ澄ませる《神の血エーテル》を併用しても、どうにも後一歩届かない。
ルナエールからはたとえレベルが少し上がったとしても《双心法》を習得するまでは外に出ない方がいいといわれている。
彼女曰く、多少腕の立つ魔術師はだいたい《双心法》を身に付けているらしい。
魔術師同士のまともな戦いになった際、《双心法》を持っていることが前提であるため、これがなければ手数で後れを取り続け、取れる選択肢の数で不利を掴まされ、ジリ貧になって敗北するのだそうだ。
『で、ですから、《双心法》を覚えるまでは、絶対にここから出しません! ……ではなくて、その……出ない方がいいと思います』
俺はルナエールの言葉を思い返し、溜息を吐く。
……ここまで補助道具を使って、全く何の感覚も掴めないとは思っていなかった。
《歪界の呪鏡》でのレベル上げの時間を減らしてここ三日ほど《双心法》の修行に時間を費やしているのだが、この有様である。
《双心法》の修行は頭が痛くなるし、妙な虚無感や苦痛、疲労感や苛立ちに襲われる。
とにかく集中力が求められる上に、脳を悪用して自身の精神構造を書き換えているようなものであるためか、気分のいいものとはいえない。
加えてなかなか成果が目に見えないとなると、本当にしんどい。
これが必須修得技術だと聞かされると、俺にはほとほと才能がないらしいと思い知らされる。
元々異世界人なので、それも影響しているのかもしれない。
俺は腕を上げ、自身のステータスを確認する。
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『カナタ・カンバラ』
種族:ニンゲン
Lv :1211
HP :5813/5813
MP :1695/5207
攻撃力:1695+1100
防御力:969+100
魔法力:1453+1100
素早さ:1332+500
特性スキル:
《ロークロア言語[Lv:--]》
通常スキル:
《ステータスチェック[Lv:--]》《剣術:[Lv:6/10]》《真理錬金術[Lv:11/20]》
《超位炎魔法[Lv:13/20]》《超位土魔法[Lv:11/20]》《水魔法[Lv:9/10]》
《風魔法[Lv:10/10]》《雷魔法[Lv:3/10]》《氷魔法[Lv:4/10]》
《白魔法[Lv:2/10]》《死霊魔法[Lv:10/10]》《結界魔法[Lv:7/10]》
《時空魔法[Lv:10/10]》《精霊魔法[Lv:2/10]》
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……レベルと魔法はそれなりに形になって来た気がするんだけどな。
《炎魔法》は悪魔にダメージを入れるために必要だったので、最も時間を掛けて伸ばした分野である。
おかげでやや発動までに時間は掛かるものの、第十四階位の《
レベルが遥かに上の鏡の悪魔にも多少ダメージが通ったため、外に出てもこれ主体でやっていけるのではないだろうかと思っている。
《錬金術》は戦闘に組み込むことこそ少なくとも、持っていれば絶対に重宝するらしいのでしっかりと学ばせてもらった。
材料さえあれば主要な薬品であればだいたい調合できるし、魔力による金属の変質化も覚えた。
ルナエールからしっかり教えてもらったため、基礎はだいたい網羅したはずだ。
《土魔法》はトリッキーな戦いに用いやすく、応用も効くらしいので優先的に伸ばした。
《時空魔法》もかなり複雑で時間が取られたが、あれば一気に便利になるとルナエールより聞いたのでこれもどうにか本格的に修得した。
《
これで好きな時に好きなものをさっと取り出すことができる。
「カナタ、飯、飯、ソロソロ腹減ッタ」
ノーブルミミックが俺の方へと寄って来た。
……食い意地の張った宝箱だ。
自炊が趣味の様なところはあったので、褒められているようでまあ嬉しくはあるが……。
「……テ、顔シテルゼ、主ガ」
ノーブルミミックが、舌先でくいくいとルナエールを示した。
ルナエールがそっと立ち上がり、ノーブルミミックへと静かに指先を向けた。
「ジョッ、冗談ダ、冗談ダッテ主!」
ノーブルミミックが地面を擦ってルナエールへと接近し、諂う様に頭を下げる。
「最近、怒リッポイ、主」
「……あまりその……恥を、掻かせないでください」
ルナエールが仄かに顔を赤らめ、ちらりと俺の方を見る。
第三者がいる場でからかわれることにあまり慣れていないのだろう。
しかし、ノーブルミミックが腹を空かしているのは本当だろう。
思いの外に時間が経ってしまった。
そろそろ食事の準備にするとしよう。
「……ん?」
閉じようとした魔導書の端に、引っ掛かる文面を見つけた。
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《双心法》は様々な分野に応用の利く強力な技術ではある。
しかし、高い才能と膨大な時間、そして特異なセンスを必要とするため、人間の身で会得することはあまり現実的ではない。
太古に寿命を持たない不死者が開発し、千年の時を生きる竜が体系化したとされる。
凡人が覚えるには百年の時間を要するとされており、純粋な人の身で《双心法》を使いこなせる者は史上でも指の数で足りる程しか存在しない。
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あれ、ルナエールの言っていることと全然違う様な気がするが……。
何かおかしくないか……?
「カナタ、ドウシタ? 早ク、早ク」
「あ、ああ」
ノーブルミミックに急かされて立ち上がる。
かなり古い魔導書のようだったので、多分昔はそうだったのだろうな。
今は体系化が進んだということか。
俺はそんなふうに結論付けながら調理場へと向かった。