傍観?いいえ、論外です

作者: 寺町 朱穂


 ―――貴方、本気で恋してます?



 その言葉を聞いたとき、頭が真っ白になった。

 憧れの西楠寺先輩に、僕は勇気を振り絞って告白した。

 それこそ、清水寺の舞台から飛び降りるように。先輩は、しばらくウサギみたいな瞳で僕を見つめ返した。そして、桃色の唇を開いて上記の言葉を発したのだ。



「貴方――東條君は、本気で恋してます?」

「そ、そ、それって!?」



 言葉の意味が分からない。

 雪原よりも白く染まる脳内から、僕は必死になって単語をかき集めた。



「本気で恋してます!本気で、先輩のことが好きなんです!

バトミントンをしている先輩も、授業中に、どこか遠くを見ているその瞳が好きなんです!

委員会で一緒に仕事をしている時―――優しくウサギに接する先輩が、可愛くて堪らないんです!!

もう、言葉で言い表せないくらい、好きで好きでたまらないんです!!」



 手を白くなるまで握りしめて、先輩を見つめ返す。

 自分の使える言語表現をフルに使い、先輩に恋をしていることを告げた。

 人間、必死になれば気持ちが伝わるという。少しでもこの想いを伝えたくて、先輩を見上げた。

 すると、先輩はゆっくりと息を吐いた。黒く濡れた髪を煌めかしながら、首を横に振るう。



「恋って、そういうものじゃない」



 寂しげに微笑みながら、先輩は言った。



「その気持ちは『好き』ってだけ。それは恋じゃない」

「そんなこと!」

「あるのよ」



 先輩は、天使のような微笑みを浮かべる。

 その微笑みの中に、小匙一杯くらいの哀しみが視えた気がした。僕は、そんな可愛さと美しさと、何処となく悲しんでいる儚さが好きでたまらないのに―――どうして、伝わらないのだろう?



「人を『好き』になることは、いつでもできる。

でも『恋』は、簡単に出来るモノじゃないの。していいものじゃないのよ」

「ぼ、僕の気持ちが軽いって言いたいんですか!?」

「いいえ」



 これまた、先輩は否定する。

 何がいけないのか、ハッキリ言ってくれない。

 僕のこの気持ちは―――この心臓が高まる音は、嘘だって言いたいのだろうか?

 なんだか、締め付けられるように辛い。それでも、俯きたくなる気持ちを必死に抑えて先輩を見上げ続けた。



「『恋』はね、するモノじゃないの。落ちるモノなの。

私は、貴方に落ちれそうにないし、貴方も私に落ちてない」

「でも、僕は貴女に落ちてます。それに、付き合えば『恋』が芽生えるかもしれません!

僕は―――」

「それに、貴方は私の何を知ってるの?」



 何をって―――何を言っているんだろう?

 混乱していると、先輩はため息交じりに教えてくれた。まるで、赤子を諭すかのように。



「東條君は、私の外面しか知らない。

内面を見てくれない人とは、恋に落ちることが出来ないわ」



 じゃあね、っと先輩は別れを告げる。

 その背中は、もう来ないで!と叫んでいるようにも見えて―――僕は、崩れ落ちてしまった。

 先輩の言葉が、脳内でリフレインする。内面――僕は、確かに先輩の内面を知らない。

 でも、内面は垣間見てきたはずだ。少なくとも、明るく清楚な先輩から考えられない――時折見せる寂しげな表情こそが、内面だと直感している。そこを含めて、いや―――そこがあるからこそ、先輩を好きになった。先輩に恋をしたのだ。



 それなのに―――それなのに――――











































































「ふーん、東條は西楠寺先輩にふられたんだ」

「―――ハッキリ言わないでくれない、金崎」



 対面の席に座る幼馴染は、どんよりと重い空気を放っていた。

 漫画で落ち込んでいると黒い雲が現れるシーンがあるけど、まさにそんな感じ。

 アールグレイの紅茶を啜りながら、その当然の結果に内心納得をする。



「まぁ、西楠寺先輩は特別だから。

文部両道、外見も性格もマジ天使な西楠寺先輩に告白できただけ、偉いと思うよ。普通、出来ないって」



 とはいえ、目の前にいる幼馴染が『一般人』でないことは確かだ。

 幼馴染は確実に、かっこいい分類には入ると思う。部活だって、野球部のルーキーとしてスタメンに入る実力者だ。

 その上、性格だって悪くない。むしろ、お人好しで困っている人を見ると手を差し伸べたくなる癖がある。

 そこそこに頭もよく、そう簡単にコロッと騙されるような奴でもない。

 こんな男に告白されたら、受けないと損だ。



「内面―――どうやったら、先輩の内面が視えるんだろう?知れるんだろう?」

「人の内面なんて、視えるわけないよ」



 ぶっきらぼうに言い放つ。

 ちょっと幼馴染にはキツイ言葉だけど、完全に望みを断ち切らせた方が彼のためだ。私は、心を鬼にしよう。



「内面なんて、誰も分かるわけないじゃん。

私だって、今の東條の内面は言葉を頼りにボンヤリと―――こう、輪郭がつかめるだけ。

本当のことは、本人にしかわからないでしょ」

「そりゃ、そうだけど――、でも先輩は、内面を見てくれる人じゃないと恋に落ちれないって言ってた」

「だから、それは上手く別れるための手段なんだよ。

少しでも気のある相手なら、そんなこと言われなかったって」

「そうなのかな?」

「そうさ。

付き合わなくて正解だって、私は思うよ。

告白されて、内面云々いう奴と、付き合ったら痛い目に合うって」



 厳しいけれども、しっかりと現実を伝える。

 幼馴染は、しゅんっと黙り込んでしまった。

 そう、これが幼馴染のためなのだ。いや、私だってルックスより性格が一番大事だと思うけど。でも、そんなことを正面切って言ってくる女とは付き合わない方が良いのだ。



「そう―――かな?」

「……」



 うじうじと悩む幼馴染に、私は内心ため息をつく。

 これでも、彼とは小学生の時からの付き合いだ。顔を見れば、西楠寺のことを諦めてないことくらい分かる。



「ま、アンタは頑固だからね。ほどほどにしなよ。

く・れ・ぐ・れ・も!犯罪には走らないように」



 そっと立ち上がる。

 最初っから勘定は幼馴染もちってことになっているんで、私は立つだけでいい。

 もっとも、後味が悪いのでドリンクバー代だけ、幼馴染に差し出した。



「それに、その―――なんつーかさ、失恋も一種の人生経験だって。

むしろ、失恋しない人の方が稀だと思うけど?」

「妃花は――」



 珍しく下の名前で呼ばる。だから、私は少し驚いてしまった。

 どうしたのだろうか、と幼馴染の言葉を待つ。

 だけど、その先の言葉を中々続けてくれない。少しじれったい思いが募っていく。



「なに、東條?」

「妃花は、なんで僕と同じ高校に進学しなかったんだ?」



 その言葉は、私の心に棘を刺した。

 聞かれたくないことだった。

 だけど、私は慌てない。前から用意していた言葉を、ため息とともに吐き出した。



「別に。ただ、高校は別の所に行きたかったの。

もっと普通の高校に」

「本当に?」

「本当よ。ようがないなら、それでおしまい。残りの勘定は、よろしくね」



 キッパリと話を切り上げ、私は席を離れた。

 私が元々通う予定だった高校は、私立小中高一貫『四季乃宮学園』。

 馴染みも多かったし、なんやかんやで過ごしやすい学園を出たのは理由があった。





その理由の際たる人物が、『西楠寺 涼子』だとは口が裂けても言えない。






 私には前世の記憶がある。

 とはいっても欠落だらけの、役立たず。

 そのなかで唯一丸々残っていた記憶が、とある学園乙女ゲームに関する物だ。

 小中高とエスカレーターな御曹司たちの学びの園――『四季乃宮学園』。そこに高校2年生で転入してくる奨学生『西楠寺涼子(デフォルト名)』。

 まぁ……その後の展開は言わなくても分かるだろう。

 西楠寺を中心に展開される、生徒会・風紀委員会・各部のエース、何故か教師陣が作り出す甘い日々―――





 ちなみに、私の幼馴染――東條 勝利もハーレム陣営に組み込まれている。

 ただ、彼の恋が実ることは無い。あの乙女ゲームは、たとえ『トゥルーエンド』に進んだとしても、手放しに喜べない展開ばかりで有名なのだ。

 事実、東條 勝利が西楠寺と結ばれてもろくな未来が待っていない。




 簡単に言えば、西楠寺の『内面』を視ようとストーカー行為に奔る。




 最初は気味悪がる西楠寺だったが、絶体絶命のピンチに陥った彼女を助け、並々ならぬ恋に落ちるまでは―――まぁ良い。

 しかし、半ば犯罪紛いの行動に出た東條は父親と縁を切られ、財産をすべて没収されるのだ。西楠寺の4畳半のアパートに転がり込む。頼み綱の野球に、これまで以上にすがりつくのだが、投球のしすぎで肩を壊す。西楠寺に夢中になるあまり成績も落ち、それでも―――西楠寺を愛している。




 なんて感動するエンディング。

 前世の私は、その展開に涙を流した。

 ゲームならそれでよいだろう。しかし、現実―――その後どう生きるの?



 東條が企業を立ち上げるところでゲームは終わるのだが、どうもうまくいくように思えない。

 幼馴染が不幸せになるところを、あまり見たくないものだ。






 なら、幼馴染の近くに寄り添って妨害すればいいじゃないかって?



 甘い甘い!お砂糖より甘いわ!!




 私は、『金崎妃花』という『お嬢様』。

 ほとんど全てのルートで登場する中ボス。西楠寺の行く先々で立ちふさがり、その度に残念にも失敗してしまう。

 そして、毎度毎度、面白いくらい破滅の道を歩んでいくのだ。

 『恥ずかしくないの?』『もう出て来るな、アンタ』『それ以上、残念を露出させてどうする!?』と言いたくなったプレイヤーは多いことだろう。事実、私もそう思った。

 もちろん、東條ルートにも登場する。

 父親に縁を切られた東條を(無理やり)保護しようとし、復権させるために(無理やり)西楠寺と引き離そうとしたり―――うん、それでいつも空回りして、墜落していくのだ。



 だからこそ、『傍観』などには走らず、堅実に別の高校へと進学した。




 どのルートに進んだとしても、敵役になるなら、こっちからその役を降りてやろうじゃないか。

 高校だけ別の学校に進学するとか、なにも珍しいことじゃないし。



「あっ!残念娘!!」



 そんな時だ。

 道を歩いていたら、急に―――私に指を向けて叫び出した。

 私は眉を顰め、失礼極まりない少女の姿を確かめる。

 そして、ハッとなった。なにしろ、そこにいたのは―――



 私のことを知らないはずの、西楠寺だったのだ。



 ドキリっと、立ち止まってしまう。

 長い黒髪、スラリと細長い手足、神の手によって整えられた素晴らしい胸と顔立ち。

 どこからどうみても、西楠寺以外の誰でもない。



「やっぱり存在してるんだ!

学園にいないから、どうしたんだろうって思っていたんだけど」



 うんうん、と自信満々で独り言を吐く西楠寺に、私は首をかしげてしまった。



「あの……貴方はどちら様でしょうか?」



 初対面の人に、いきなりその言い方はないだろっと文句をかみ殺した笑顔で問いかける。

 しかし―――西楠寺は分かっているのだか分かっていないのだか、優雅にスカートをつまんでお辞儀をした。

 その仕草、その笑顔、全てが私をおちょくっているとしか思えない。



「はじめまして、金崎さん。アタシ、西楠寺っていいます!

これから、よろしくお願いしますね!!」

「よ、よろしく。

それで、西楠寺さん―――でしたっけ?」

「ふふ、よろしくお願いします!あ、でも―――私のこと、いじめないでくださいね?」

「いじめる?」



 私は、少し目を見開いて見せた。



「知り合ったばかりの人を、いじめます?」

「だって―――金崎さんは、金崎財閥の一人娘なのでしょ?

学校でも、その―――あまりいい噂を聞かないし」

「私、県立桜ヶ丘高校へ通っているのですが―――」

「はぁ!?」



 今度は、西楠寺が驚く番だった。

 がばりっと顔を前に付きだし、思いっきり私を睨みつける。

 ――正直、不愉快極まりない。それに、なんだかこの西楠寺――私と似たような境遇にあるような気がしてきた。

 たとえば、ゲームの知識を知っているとか?態度、反応からして、ありえなくはない。

 頭の中を、とある妙案が奔る。私はニッコリと笑うと、西楠寺に手を差し伸べた。



「西楠寺さん―――貴方、誰を攻略しようとしています?」

「こ、攻略?」



 眼に見えて狼狽する。

 だから、私は笑顔で追及という名の弾丸を放った。



「すみません、いいかたを間違えてしまいました。

『攻略』という言葉は、どこかのゲームみたいですね。例えば『今日から災難!』とか?」

「な、なんで!?そ、そ、そのゲームのタイトルを――」



 口をパクパクさせて、私を指さす。まるで、そんざいしない者でも見たかのように。

 ちょろい。ちょろ過ぎる。ボロ見せるのが、早すぎると、呆れてしまった。

 お嬢様らしく持ち歩いている扇子を広げ、笑みを堪えきれない口元を隠す。



「あ、あ、貴方も―――この世界に転生したの!?でも、でも、なんで!?」

「さぁ。よく分からない。

でも、私は中ボスになりたくないの。破滅もしたくないし。だから、パッと身を引いたわけ。

それで―――主人公さんは、どこまで知ってるの?

例えば、推理ミステリー要素の強いVol,2に関しては?」

「えっ、あのゲーム、シリーズ化したの!?」



 どうやら、知らなかったようだ。

 先程までの態度はどこへやら。途端に私の手を握りしめ、目を輝かせる。



「お願いします!その知識を、私に教えて!!」



 あまりにも光り輝いた純粋な好奇心。

 でも、その裏に見え隠れするのは欲望。私はニッコリと微笑みを浮かべた。



「分かりました。えっと―――でも、ここでは人目がありますし―――私も習い事があります。

だから、また来週でよろしいですか?」

「うん!じゃあ、来週、ここで集合ね!!」



 ぴょんぴょん跳ねながら、西楠寺は手を振った。

 私はそれを、笑顔で見送る。そして、彼女の姿が人混みの波に消えた後―――そっとスマホを取り出す。

 先程の微笑とは別に―――口角が持ち上がったのが、自分でもわかった。

















































「西楠寺先輩が、行方不明になった?」



 言葉をそのまま返すと、幼馴染はゆっくり頷いた。

 喫茶店の同じ席で、同じようなどんよりと薄暗い空気を纏った幼馴染は大きくため息をつく。

 太陽の日差しが店内に差し込み、白いテーブルクロスに反射する。私は紅茶のカップをコトリっと、音を立てて置いた。



「なんで?」

「知らないよ。『買い物に行ってくる!』って寮を出た以降、行方が分からないんだ」

「買い物?どこへ行ったか、分からないの?」

「分からないんだ。何も―――」



 幼馴染は頼んだコーヒーに手を付けず、頭を抱える。

 まぁ、ふつうそう言う反応になるだろうな―――と思いながら、私は幼馴染の肩を叩く。



「元気だしなって。きっと、すぐに見つかるよ」



 偽りの言葉で、幼馴染を励ます。

 私には―――分かっていた。彼女がいったい、どこに行ったのか。

 窓の外で輝く太陽に目を向けながら、「2」の内容に思いをはせる。

 私は、何も悪くない。ただ「2」の展開――つまり、新たな攻略可能キャラを出現させるためには、とあるデパートの地下トイレへ行けと言っただけ。


 そのトイレで、何が起きるのかを教えずに。



(でも、普通オカシイと思うはずなのに)




 シリーズ2の展開が、あまりにも不自然だと気がつかなかったのか?

 私はしっかりと『主人公は、図書委員』だと言った。西楠寺は、『飼育委員』なのに、なぜ主人公が『図書委員』になったのか。

 答えは簡単だ。飼育委員の西楠寺 涼子は登場しない。

 正確に言えば、西楠寺の双子の陰に隠れた妹がヒロインになる。西楠寺妹が、イケメンたちの力を借りて姉が失踪した秘密を探るのだ。



 私は、ちゃんと『シリーズ1の主要人物が失踪する。それを解き明かす推理乙女ゲーがシリーズ2』って説明した。

 迷うことなく勘違いした西楠寺姉がいけない。

 ちなみに、ストーリー上、私こと金崎 妃花も疑われる。だけど、今作はたんなる残念系お金持ちのお嬢様。

 コミックリーフとして、完全なるお笑いキャラに転落してしまっている。敵役にならないのであれば、学園に残っても良かったな―――と、少しだけ後悔が芽生えてきた。




 いや、お笑いキャラは嫌だ。

 そんなものに身を落とすくらいなら、潔く転校しよう。―――あ、そうだ。私はもう県立高校に通っているんだっけ?



「こういうのは、警察プロに任せておくべき。

どうしてもっていうなら、西楠寺先輩の妹さんに相談してみたらどう?」

「先輩に妹なんていないよ?」



 案の定、幼馴染は首をかしげる。

 まぁ、ふつうその反応だろう。2で主役を務める彼女は、びっくりするくらい影が薄い設定だ。

 授業に出てなくても、問題ない。委員会の仕事が無ければ学校に来ようともせず、ネットで事件を解決する推理ヲタク。

 姉とは異なり、妹の方は見事なまで普通。一緒にゴールインしても、幼馴染含めイケメン陣は不幸にならない。

 だから、率先して妹の方を進めていこう。



―――と、思っていたのだけれども―――



「だって、先輩の家族構成を全て調べつくしたけど、先輩は一人っ子だよ」

「そう―――はぁ!?」



 幼馴染は、ぱらりっと私の前に資料を出す。

 そう、辞書ほどの分厚さを兼ねそろえた紙の束。びっしりと西楠寺の生活背景が書かれている。



「あの―――これって」

「うん、実は僕、自主的に西楠寺先輩のボディーガードをしてたんだ。

ボディーガードなんだから、彼女の家族構成はもちろん、生活背景まで全部調べておかないと」



 ニッコリと得意げに笑う幼馴染に、冷や汗をおぼえた。

 それ、もうストーカー。完全にストーカーだよ、っという言葉が喉元まで出かかる。

 だが、重要なのは―――そこじゃない。



「妹さん、本当にいないの?西楠寺 美優さん?」

「いないよ。一人っ子」

「……」



 あれ?これ、詰んだ?

 記憶が正しければ、警察は動かない。いや、動くのだけれども―――あまり、真面目に取り込まない。

 だからこそ、西楠寺妹こと、美優が自分で探そうとする。大切な、この世にたった一人の姉を―――そのひたむきな姿に、男たちは惹かれていく。



 なのに、なのに、なのに―――美優がいなかったら、どうするのだ!?



「―――金崎?」

「東條」



 ここは、腹をくくろう。

 幼馴染の心を弄んだ西楠寺を、あまり好ましく思っていなかった。

 東條の末路を考えると、正直――西楠寺が鬱陶しい。

 だけど、妹がいるとばかり思い込んで西楠寺を死地へ追いやってしまった。浅薄な私の考えでとった行動の後始末は、しっかりとらなければならない。



 幸いなことに、事件の概要は頭に入っている。

 誰が犯人で、誰がどういう目的で誘拐したのかまで、ぼんやりと覚えているのだ。この知識を活かせば、簡単に救出することが出来るだろう。

 それでも、傍観者以前の存在から、主役というポジションに転がり込むのは―――なんか違う気がする。

 いや、私は主役のポジションではない。妹がいないのだから、主役の地位に納まるのは西楠寺涼子しかいないのだ。

 金崎妃花わたしの役回りは、救出イベント必須のお助けキャラに相当するのだろう。そして、またシリーズ1の展開に戻るのだ。



「協力してもいいよ、捜査に。

どうせ、私が何も言わなくても自分でやりそうな雰囲気だし」



 ぶっきらぼうに告げれば、幼馴染の顔にぱわぁっと大輪の花が咲く。



「妃花、本当に!?」

「ただし!!」



 ぐいっと指を鼻先に向ける。

 幼馴染が不幸にならないためにも、しっかりと釘を刺さねばならない。もうストーカーという犯罪に走りかけているが、いや、すでに走っているが、これ以上エスカレートさせてはならないのだ。



「勉強と野球の練習は続けること!

肩を大事にしつつ、しっかりエースであり続けること!犯罪紛いの行動にでないこと!」




 分かったと、元気良く頷く幼馴染に僅かながら――不安を覚えながらも、私は指を引っ込める。

 すっかり温くなってしまった紅茶を啜りながら、窓の外に目を移した。



 忘れかけた知識を、掘り起こしながら。




――――


※『今日から災難!』

3作目が、残念お嬢様が主役の探偵ものだということを―――金崎妃花は知らない。





※8月24日:一部改訂