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「ここってトウジの?」

ソノタの質問にカツトが答えた。

「そだよ。今は廃業しちゃってるけど『谷崎旅館』っていう、知る人ぞ知る鉱泉……冷たい温泉ん?沸かし湯だったけどね。今ソウとトウジが沸かせないかボイラーみてる」

ふたりはソウが置いた卓袱台に、トウジが持参した四人分の昼食一式を並べていた。

「トウジのとこは、今はおじさんおばさんお兄さんでコンビニやってる」

お椀に鰹の削り節と小口切りのネギを入れ生醤油を回しかけたがら、カツトは続けた。

「夜間シフトに入ってる事多いから、昼間コーンな目してる事多いよ」

トウジの顔を真似て、目尻を指で上げ、目を細め眉根を寄せてカツトは言った。

「ソウんところは聞いた?観光果樹園だよ。甘『ズッパ』いぶどう作ってるよ」

円い卓袱台の中央に鍋敷きを置き、アルマイトのおお鍋をカツトはのせた。

「時期には良く持って来るけど、ホント『ズッパ』だよ『ズッパ』」

テレビ画面が視られるように、座布団で四人分の席を作りながらカツトは続ける。

「甘いのは『売ってやるから買え』だってさ」

「あの、カツトんとこは?」

ペットボトルの飲料やら副菜のタッパーやら摺り胡麻やら刻み生姜、お椀、割り箸、紙コップ等を並べながら、おずおずとソノタは質問を口にした。

「スイッチスイッチ、チャンネルは此処っと。うち?うちは……神社だよ。神職やってま〜す。音これで良い?」

そう言ってカツトは、テレビを点け大声で言葉を続けた。

「トウジ、ソウご飯だよ。テレビも始まるよ」


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