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「今日は、ありがとう」
あちらでも頭を下げる。
「本当にすいません」
こちらでも頭を下げる。
ソノタは頭を下げ続けていた。
今日はマネージャーの根津が、撮影所出入りの、大道具レンタル会社から、中型トラックを格安レンタルしてくれたのだ。
社会人の友達は皆、仕事で来れないとの事だった。
が、手空きの仕事仲間の俳優達、事務所関係者を始め、業界や関連会社の知人から、前職が引っ越し業者だったという、いつものチケット売り場のおにぃさんまで、雑多な人々が、ソノタの引っ越しの手伝いに東長崎(東京)のアパートまで来ていた。
その中に、ソノタが以前レポーターをやっていた番組のMC來留間と、その番組の新レポーター千駄木、プロデューサーの谷中の姿も有った。
「こんにちは、千駄木優です。今回は【優!トランスポーテーションしちゃおうか?】と言うことで、都内某所の引っ越し現場にお邪魔させて頂いています。御指導いただくのは、全日本運送業連合会トランスポーテーショングランドマイスター免許プラチナ資格をお持ちの椎橋裕輝さんです。今日はよろしくお願いします」
水色の帽子とつなぎ姿の千駄木が、流れるように紹介をする。
「こんにちは、椎橋です。よろしくお願いいたします」
紹介をされて登場したのはメガネのチケットショップの男性店員。
その千駄木と同じ水色のつなぎを着て、胸には【AJT―TGM.Platinum椎橋裕輝】の文字がフォログラムで刻印され、彼のバストショットの印刷された名刺サイズの漆黒のプレート。
「そして、特別ゲストとして、番組MCの來留間波那さんが駆けつけてくれました。こんにちは、よろしくお願いします」
「改めて優さん、こんにちは。また、スタジオを飛び出しちゃった、來留間波那です。素人引っ越しは人海戦術っていうじゃないですか。私も猫の手になろうかと思いまして。椎橋さんよろしくお願いいたします。東川さんはスタジオをよろしくね」
千駄木に紹介をされた來留間が赤いつなぎで登場し猫の耳を手であらわし、頭の上で両手をふった。
部屋の撮影が終わるのを見計らい椎橋が言った。
「ではさっそく、食器を梱包してみましょう」
テレビカメラの前で椎橋の指導を受けながら、千駄木と來留間が梱包を始めた。
次々と食器を、緩衝材で二人は包んだ。
それを受け取り小さめの段ボール箱に緩衝材と共に椎橋が詰め込み一箱梱包を終わらせた。
次に椎橋は小型のタンスの中の衣類を出して、みかんの空き段ボール箱に詰め、二人にも衣類を一箱づつ梱包させ、自分はタンスの角を養生し引き出しの飛び出し対策をした。
そこまでで梱包を一時止め、三人はトラックの近くに段ボール箱を運んだ。
撮影クルーが空のトラックの荷台と荷物の撮影をした。
その後は梱包班と運搬班に別れての作業となった。
「マッちゃん、マッちゃん。俺らさ、ゲスト扱いじゃないよね」
角の養生と、引き出しの飛び出し対策をした空っぽの小型タンスを、中型トラックに運びながら、ノブオにヒラカズが話しかけた。
「撮影に協力した一般人の扱いだろうな」
小型タンスの反対側を持って後ろ向きに歩きながらノブオが答えた。
「引っ越し先の外見は写さないとは言え、ソノタよく引き受けたよね」
ヒラガズが呟いた。
午前八時に始めた梱包と運搬は二時間ほどて完了した。
タイミングを見計ったかのようにスラックスにポロシャツ、極薄いダウンにスニーカーのラフな服装の根津が現れ、全員にペットボトルいりのお茶と抹茶チョコレートを配りながら言った。
「皆さんありがとうございます。十時の休憩をしてください」
谷中はその様子も撮影した。
荷物の山と空のトラックの荷台、空の部屋も撮り、朝イチに撮った通常の部屋の画像と比べるらしい。
休憩後には、わざと残しておいた冷蔵庫の角の養生と引き出しや扉の開き防止方を椎橋が実演。
椎橋が積み込み順番のレクチャーをしてから、千駄木と來留間がトラックへの積み込み開始。
「……ムゥギュゥッ!」
來留間が【K2スポンジ他】の段ボール箱が、思ったより軽すぎたのか、バランスを崩し千駄木が抱き止める。
慌てて椎橋がストップし、積み込みの再指導。
椎橋の指示で人員配置が変わった。
そして皆が並んで、バケツリレーを始めた。
新しい配置でのエルフの荷台上の最終ポイントに千駄木と椎橋。
荷台上の受け取り位置にノブオ、ヒラガズ、ナミユキの俳優仲間三人が並び、地面からの小物差しだし場所に來留間と根津が立った。
地面の冷蔵庫、洗濯機など大物持ち上げ要員にソノタとかわばっちゃんがスタンバイ。
その他の人達は荷物置き場からエルフ付近への荷物のバケツリレー要員となった。
谷中達クルーはテレビカメラを構えた撮影の体制に入った。
椎橋の指示の下、積み込みが始まった。
三十分ほどで積み込みは終了。
根津が皆を集めた。
「皆さん御手伝いのお陰で滞りなく積み込みも終了しました。ありがとうございました」
そして根津は頭を下げた。
その根津に千駄木が話しかけた。
「こちらこそ、根津さん、撮影にご協力いただきありがとうございました」
「ありがとうございました」
千駄木が頭を下げると、隣で來留間もお辞儀をした。
「後半もよろしくお願いいたします」
再度、千駄木が頭を下げる。
椎橋がシート、ロップ、緩衝材などで、荷物が動かない様に固定し、積み込み作業は完全に終了した。
「はい、前半終わり。來留間さん、皆さんご苦労様でした。後半荷下ろし編は、千駄木さんのみロケ車で移動になります。根津さん太宰さんは椎橋さん運転のトラックでお願いします」
今後の予定をADが伝えた。