98 その教師、隠しキャラにつき(Ⅰ)
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「失礼します」
普段私たちが居る教室がある学園の第二棟から離れた教科実習棟。
特殊教室が集まったその棟の二階端の方に、化学室および化学準備室があった。
神妙な面持ち──というか物凄い嫌々な表情をしながら、私は準備室のドアをノックする。
すると数秒の間を置いて、中から返事が返ってくる。
「はい、いますよー」
他の攻略対象キャラたちと比べて幾分低いその声を聞いて、私はドアを引いた。
化学準備室の中は物が多く雑然とした、それでいて掃除もあまり行き届いてないのか少し埃っぽかった。
なんらかの薬品の臭いと古い紙の匂い、窓から差し込む光に反射して空気中のハウスダストが光るその中に、その男は佇んでいた。
シワの寄ったワイシャツと黒いスラッグスに所々が汚れた白衣。
一昔前みたいなレトロ感がする丸メガネに無精髭。
そんな女子受けが悪さの集合体みたいな格好をしてはいるが──顔自体は非常に良い。
中性的で線が細く、切れ長の目で。
そしてアッシュグレーの髪と碧い瞳は、ハーフ故の天然ものらしい。
そんな彼の名は──。
「──源道ケビン」
「こら、一応僕と君は教師と生徒の間柄なのですから、"先生“という敬称は付けないと駄目ですよ?」
ニコッと笑って私の言葉を窘める源道先生。
顔が良い上にこのフランクな態度。
案外女子人気が高い理由はそこにある気がした。
そう、この源道ケビンという人物は女子生徒から非常にモテる。
それはアイドル的な人気とも違うモテ方で──
『源道先生って格好はアレだけど、よく見るとカッコいいしやさしい』
『少し抜けてるところがあって放っておけない』
『多分彼を好きになる物好きなんて、世界中探しても私くらいなモノよ』
『駄目な彼の良いところは、私だけが知ってる』
──的な、割と湿度の高いモテ方をしている。
「君は確か、紫波雪風君でしたね。何かご用ですか? 今は休み時間ですし、君さえ良ければコーヒーをいれますよ。インスタントで良ければですが」
「いえ、お構いなく」
この誰に対しても物腰柔らかく、実はイケメンで、気さくで優しい源道ケビンという教師は、ゲームをプレイしたプレイヤーたちからは、こんなあだ名をつけられていた。
──"吸引力の変わらない、ただ一人のメンヘラ掃除機"と。