91 こんなつもりじゃなかったけども(Ⅳ)
目の前で起こっていた事件が霧散したからか、喧騒は段々と元に戻りつつある。
目の前で明らかに暴行受けてた少女がいたのに、誰も助けにこないし声もかけないのは、悪い意味で日本人らしいと思った。
その方が今回は助かるんだが。
折角の女子三人でのお出かけなのだから、変に水を差されたら嫌だ。
まぁ、もう若干手遅れだとは思うが。
「そういえば、なんか人多くない?」
「で、すわね。ちょっと人酔いしてしまいそうですわ」
少し顔を青くして口元を手で押さえる紫波雪風。
まぁ元々、紫波雪風を苦しめる為に、コンディションを崩す目的で彼らが集まるように仕掛けたのだけれど。
「多分ここに来た人たちの目的はね──」
ボクがそこまで言いかけた時だった。
『みんな〜、こ〜んにちわ〜♪』
店内のスピーカーから、底抜けに明るく頭悪そうな甘ったるい声が響いた。
それを聞いた途端、店内にスタンバってた連中が──集まった大勢が歓声を上げる。
『電子の世界からこんにちわ! バーチャルアイドルの
「──というわけで」
「いやどう言うわけ?」
なんか嫌になって説明を放棄しようとしたけど、そうは問屋が下さないらしい。
「新進気鋭のバーチャルライバーの奈々星ななという奴が、ここの系列のゲーセンとコラボをさっきゲリラ的に発表したんだよ」
しかも特殊な店内放送つきだ。
登録者数90万人突破してる人気があるから、ゲリラでもこれだけ集まるんだろう。
ちなみに何故ボクがこんなに詳しいのか。
それは彼女の一ファンとかではなく──。
──
何を隠そうこのライバー活動こそ、ボクの秘密の収入源だ。
正直猫被りまくりで、配信毎に羞恥で吐血しそうになっているが。
先日決まったこのコラボイベントをたまたま今日の計画に利用しようとしたんだけど、うん。
友人に自分の媚び媚びな声を聞かれるのは、なかなか恥ずかしいな。
「──うーん?」
「どうしたの、紫波さん?」
「なんかこの声、どこかで聞き覚えがあるような」
不味い。
紫波雪風が何かに気がつきそうだ。
なんだよ、ダメ絶対音感でも持ってるオタクかよ!?
「そ、それより場所かえヨう! さぁ急いで!!」
感づかれる前にさっさとこの場を離れなければ。
そう思い、急いで次の目的地へふたりを連れ出そうと手を引いた。
▽▲▽
ずんずんと足速に前を進む遠野花鈴。
そんな彼女の後ろ姿を見ながら、
何故だか、遠野花鈴の姿が生前のお兄ちゃんとダブる瞬間が何度かあった。
これはもしや──。
──
そして、生前のお兄ちゃんを知る人ではなかろうか。
「それならちょっと納得いく」
お兄ちゃんと重なる一面に、更に原作の遠野花鈴らしからぬ一面。
そして私自身というイレギュラーの前例。
私という転生の前例があるなら、有り得ないとは言い切れないのでは?
むしろ、私だけがイレギュラーと考えるのは実はちょっとおかしいのではないだろうか?
もっとも、遠野花鈴は女の子だから
類は友を呼ぶと言うし、お兄ちゃんの知り合いがお兄ちゃんっぽい人でも不思議はない──かな?
いやでも、うーむ。
考えれば考えるほど、こんがらがる。
「いっそ、一発で確認できることがあればいいんだけど──」
私がそんなことをぶつぶつ呟いていると、当の遠野花鈴がくるりとこちらを振り返る。
「紫波雪風、さっきからいったい何を──」
──瞬間、彼女の姿がブレる。
ここで私と月乃さんは気が付いた。
今いる場所はエスカレーターの前で、遠野花鈴は振り返ったタイミングで段を踏み間違えたのだと。
そして最悪なことに、私たちの前にはたまたま誰もいない。
「リンちゃん!!」
「遠野花鈴!?」
慌てて伸ばした私たちの手は虚しく空を切り、遠野花鈴は硬い段差を転げ落ちて行った。
──こうして、物語の主人公・滝沢月乃の誕生日は最悪な形で幕を閉じた。
次回、最終章開幕。