90 こんなつもりじゃなかったけども(Ⅲ)
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「ま、まずいよちょっと!」
「これ以上は一旦待って!」
──やれやれ、ようやく気がついたか。
そう思って、ボクは内心胸を撫で下ろす。
まぁ、あくまで内心。
表情は、もとい見た目は可哀想な女の子を演じたままでだけども。
彼女らの怒りを煽って、ここまで誘導してきたのは無論わざと。
変に反撃せずに甘んじて攻撃を受けたのも、大袈裟ぎみなリアクションもわざと。
平常時より1.5倍増しくらいのこの人混みの中で、そんなパフォーマンスがあればどうなるかというと。
「なんか、やばくないか?」
「事件?」
「事件ってより喧嘩かイジメか」
「でもなんか一方的じゃない?」
「──なら、イジメ?」
ひそひそとしたそんな声が、言葉がそこかしこから聴こえてくる。
ボクや彼女らは別に聖徳太子ではないので、その全ては聞き取れない。
しかし、その内容が彼女らにとって好ましく無いモノであるのは、当人たちにもわかるようだった。
「ぐっ、な、何よ」
周囲からの不躾で無遠慮な無数の視線。
明らかに"悪"とわかる人に対して、人間は残酷になる。
人間は皆、正義が大好きだから。
それが、自分ひとりでは無い状況でなら尚更。
大衆という隠れ蓑は、非常に優秀だ。
木を隠すなら森の中というだろう。
──カシャッ。
カシャッ、カシャッ。
「!?」
何処かから複数のシャッター音。
通常、女子高生を隠れて被写体にするのは盗撮と謗られる犯罪行為だ。
ここにいる人たちも、普段なら絶対にしないだろう。
普段なら。
しかし、今はそうじゃない。
女子高生が悪いことをしているのだ。
悪い奴には、何してもいいのだ。
そんな
背中を押す。
ここまで来て、彼女らは自分たちの不味さに気がつく。
「お、覚えてろよ!」
そう言って、彼女らは駆け足で集団を掻き分けて逃げ出す。
「──安心しろ、忘れない」
後日、しっかり報復はさせてもらうからな。
彼女らの後ろ姿が見えなくなったところで立ち上がり、服についた埃を叩く。
「ん」
そしてボクを庇って前に出て、不要なダメージを負った紫波雪風に手を差し出す。
紫波雪風はボクの手を黙って取り、立ち上がる。
「あ、ありがとうですわ」
「なんだその日本語」
悪役令嬢らしいようで全然らしくない言葉を聞いて、礼を言うべきなのはボクの方なのにと思う。
「ふたりとも大丈夫!? 痛くない!?」
なんか実害があったボクたちより慌ててるキノを尻目に、周囲の足元を見ながらあるモノを探す。
「あ、あったあった」
「何がですか?」
転んだ時にわざと人混みの中に滑り込ませた
「いや、なんでもない」