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90 こんなつもりじゃなかったけども(Ⅲ)

 ▽▲▽


「ま、まずいよちょっと!」


「これ以上は一旦待って!」


 ──やれやれ、ようやく気がついたか。

 そう思って、ボクは内心胸を撫で下ろす。

 まぁ、あくまで内心。

 表情は、もとい見た目は可哀想な女の子を演じたままでだけども。

 彼女らの怒りを煽って、ここまで誘導してきたのは無論わざと。

 変に反撃せずに甘んじて攻撃を受けたのも、大袈裟ぎみなリアクションもわざと。

 平常時より1.5倍増しくらいのこの人混みの中で、そんなパフォーマンスがあればどうなるかというと。


「なんか、やばくないか?」


「事件?」


「事件ってより喧嘩かイジメか」


「でもなんか一方的じゃない?」


「──なら、イジメ?」


 ひそひそとしたそんな声が、言葉がそこかしこから聴こえてくる。

 ボクや彼女らは別に聖徳太子ではないので、その全ては聞き取れない。

 しかし、その内容が彼女らにとって好ましく無いモノであるのは、当人たちにもわかるようだった。


「ぐっ、な、何よ」


 周囲からの不躾で無遠慮な無数の視線。

 明らかに"悪"とわかる人に対して、人間は残酷になる。

 人間は皆、正義が大好きだから。

 正義(そちら)側だと確信できる状況にするだけで、普段ならしないような事も平気でするようになる。

 それが、自分ひとりでは無い状況でなら尚更。

 大衆という隠れ蓑は、非常に優秀だ。

 木を隠すなら森の中というだろう。

 (じぶん)を隠す場所として、そして行為の増長を促す場として、集団は非常に優秀だ。


 ──カシャッ。

 カシャッ、カシャッ。

 

「!?」


 何処かから複数のシャッター音。

 通常、女子高生を隠れて被写体にするのは盗撮と謗られる犯罪行為だ。

 ここにいる人たちも、普段なら絶対にしないだろう。

 普段なら。

 しかし、今はそうじゃない。

 女子高生が悪いことをしているのだ。

 悪い奴には、何してもいいのだ。

 そんな()()()()()()()が、集団心理が、その行為へ踏み切らせる。

 背中を押す。

 ここまで来て、彼女らは自分たちの不味さに気がつく。


「お、覚えてろよ!」


 そう言って、彼女らは駆け足で集団を掻き分けて逃げ出す。


「──安心しろ、忘れない」


 後日、しっかり報復はさせてもらうからな。

 彼女らの後ろ姿が見えなくなったところで立ち上がり、服についた埃を叩く。


「ん」


 そしてボクを庇って前に出て、不要なダメージを負った紫波雪風に手を差し出す。

 紫波雪風はボクの手を黙って取り、立ち上がる。


「あ、ありがとうですわ」


「なんだその日本語」


 悪役令嬢らしいようで全然らしくない言葉を聞いて、礼を言うべきなのはボクの方なのにと思う。


「ふたりとも大丈夫!? 痛くない!?」


 なんか実害があったボクたちより慌ててるキノを尻目に、周囲の足元を見ながらあるモノを探す。


「あ、あったあった」


「何がですか?」


 転んだ時にわざと人混みの中に滑り込ませた()()()()()()()()()()()()()()()()()を回収しながら、ボクは笑いかける。


「いや、なんでもない」

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