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86 トラブル(Ⅱ)

 ▽▲▽


 それは、二ヶ月ちょっと前の話。

 学院入学の最初も最初。

 初めに(わたくし)に話しかけてきてくれたのが彼女たちだった。

 そして、彼女たちの顔を見てその正体もわかってしまった。

 ゲームで悪役令嬢・紫波雪風の取り巻きの少女たち。

 共に滝沢月乃をいじめて、そして紫波雪風(わたくし)の立場が悪くなると手のひら返しで見捨てていく子たち。

 ファンブックでは、いわゆる成金である各々の両親から私経由で紫波家へのパイプを繋ぐために学院へ入学し、私に近づいたこと。

 そして、生粋のお嬢様である私のことが本当は忌々しくて仕方なかったことが明かされる。


 ──なんてことはない。

 原作における紫波雪風という少女は、自身の力で勝ち取ったモノの無い空虚な人形であったと誇張する為だけに存在するような、そんな設定だ。


 だからこそ、最悪の結末を回避したいが為に私は彼女たちから意図的に距離を置き続けた。

 私がいなければ、彼女たちは月乃さんにイジメを働くことはないだろうし。

 結果、三週間ほど彼女たちを避け続けた頃、彼女たち側からの接触は絶えた。

 きっとこれが最善だったのだろう。

 そう思っていたけど、それはあくまで()()()での話。

 彼女たちからしたら、また別だった。

 親からパイプ作ってこいと来たくもない高校に入学し、一度きりの青春を注ぎ込んで輝かしい将来を掴むためにやってきた。


 ──それが、ご破産になってしまったのだ。


 その事に彼女たちが私に向ける怨みがましい視線を浴びたこの時まで、気がつかなかった。


 ▽▲▽


「偶然とはいえ、いい場面でいたわね紫波」


 壁際に追い詰められる。

 三人のリーダー格であるらしい一番背の高い少女の声には、強い圧があった。

 悪意のある、私の苦手な視線に晒されて身がすくむ。

 こんなことになるのなら、ミオちゃんを巻いてくるんじゃなかった。

 スマホの電源も切ってGPSも切ってあるから、多分もう見つけてもらえない。


「アンタのせいで、パパからがっかりされたわ。どうしてくれるのよ!」


「調子に乗って、ただ親が金持ちだからってだけのくせに!」


「アンタ、いっつも周りに誰かしらいたから中々手を出せなかったけど、これはいい機会だわ」


 ドン、と私の顔側面を彼女の掌が掠め壁にあたる。

 その大きな音で、びくりと肩が震える。


 ──どうしよう、怖い。


 助けて、フブキ!

 助けて、ミオちゃん!

 助けて、アヤメちゃん!

 

 心の中で叫んでも、そんなことは起こらない。

 彼女の手が上がる。

 打たれる。

 私は思わずギュッと目をつむって、一番助けてほしい──けれどももう二度と会えない人を呼んだ。


 ──助けて、お兄ちゃん!

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