66 映画館にて(Ⅴ)
遠野花鈴の表情に若干の違和感を感じたその時、上映開始のブザーが鳴る。
「楽しみだね、紫波さん」
周りの迷惑にならないように小さな声で、そして耳元で聞こえたその声に、私は変な声が出そうになる。
月乃さん、良い声すぎる。
現在ではCVが設定されてなかったけど、この世界で聞いてみたらマジで良い声。
他のキャラと遜色ない美声、癒しヴォイス。
この声、前世だと声優だれかな?
わかんないけどまぁいっか!
なんかもう一生耳元で囁いてほしい。
ASMR出して欲しい。
発売したら、何万でも出すわ。
むしろスポンサーになる。
ーーっていけない、いけない。
ちょっとトリップしてた。
月乃さんに中身ヤバめの変態って思われるのは嫌だから、さっさとリアクション返そう。
私もさっきの月乃さんみたく、彼女の耳元に顔を近づける。
「
「ッひゃん」
ーーひゃん?
何故だか月乃さんが小さな悲鳴をあげた。
彼女も自分のリアクションが予想外だったらしく、慌てて口を両手で塞いだ。
もしかして顔近づけすぎて、息吹きかけちゃったかしら。
「ごめんなさい。息かかってしまいましたか?」
少し顔の位置をずらして、直接息がかからないように囁く。
少しそうやってこしょこしょ話をすると、何故か月乃さんがプルプル肩を震わせはじめた。
「どうしました? 具合悪くなりましたか?」
心なしか顔が赤い気がする。
体調を気遣って大丈夫かどうかを囁くと、月乃さんはぱっと手で自分の顔を隠して自分の膝に顔を埋める。
「し、紫波さん、大丈夫。大丈夫だから、ちょっと離れて」
月乃さんはそういって、私の顔の前にもう片方の手を出して拒否の意を伝えてくる。
私、何か気に触るようなことをしてしまったのかしら。
そう思いながらも、そう言われたなら一旦引き下がるしかない。
スクリーンには予告映像がもう流れはじめており、あと少しで本編がはじまりそうだ。
ここでまた騒ぐわけにもいかない。
取り敢えず、謝るのは上映後にすることにして、私はスクリーンに向き直った。
「ーー、あぁいうことされるとドキッとしちゃうんだけどなぁ」
隣で月乃さんが何か呟いたみたいだけど、私には大音響のせいかちゃんと聞き取れなかった。