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第九十七話 優秀な軍師

新キャラ登場!





「もの凄い数ね。あんたが助けてくれなきゃ、今頃捕まってたわ。ありがと、ソニア」


 帝都にある宿屋から外を見ていたレベッカが、共に宿へ入った連れ、ソニアにそう声をかけた。

 声をかけられたソニアは、被っていたフードを取って笑顔を見せる。


「ううん、気にしないで。困ったときはお互い様って言うしさ。それにボクも帝都には用があったからね」


 フードを取ったソニアは美しい少女だった。

 雪のように白い肌。薄紫色の髪を肩のあたりで切り揃えており、赤みがかった紫色の瞳は神秘的な光を発している。

 そしてソニアの耳は尖っていた。だが、エルフほど長くはない。

 ハーフエルフだ。

 エルフでもなく、人間でもない。半端な存在と言われ、帝国外ではかなり嫌われる存在だ。

 そんなソニアだが、そんなことは微塵も感じさせない明るく快活な笑みを浮かべて告げる。


「昼間に外層でレベッカの姿を見せたから、しばらく追手は外層を探すはずだよ。ただ時間は稼げるけど、根本的な解決にはならないね」

「そうね……早く城に行かないと」

「お世話になった領主様から手紙を届けるように言われたんだっけ?」

「そう。皇帝陛下に届けなきゃ……それで領主様の死が報われる……」


 悲し気にレベッカは目を伏せる。

 帝都に向かう途中、南部での出来事は商人たちから伝え聞いた。

 悪魔が出現してバッサウが戦場になり、その異変をレオとリーゼロッテ、そして冒険者たちが解決したと。

 それを聞いてレベッカはデニスの生存を諦めた。

 人間同士の戦いならまだしも、悪魔が現れるような混沌とした状況でデニスが生きているとは信じられなかったからだ。

 それでもレベッカは歩みを止めなかった。悲しみに打ちひしがれて立ち止まるのは簡単だった。しかし、それでは何のためにデニスが死んだのかという話になってしまう。


「この手紙を陛下に届けて、南部貴族の不正を暴くの。領主様は脅されて加担したけど……それでも最後には正しいことをしようとした。それを知ってもらわなきゃ、南部の異変が領主様のせいになっちゃうわ」

「好きだったんだね。その領主様のこと」


 ソニアの質問にレベッカは静かに頷いた。

 本当の父のように思っていた。騎士になったのもデニスのために何かしたかったからだ。

 しかし、結局は共に死ぬことすらできなかった。


「あたしは……必ず領主様の無念を晴らす。そして領主様を脅し、追い詰めた南部貴族たちに復讐するわ」

「……レベッカのやることにボクが何か言うつもりはないけど、今は城へ無事にたどり着くことだけを考えたほうがいいよ」


 そう言ってソニアは外に視線を向ける。

 闇に包まれた帝都では暗殺者が飛び交っている。

 帝国に於いてもっとも重要な政争である、帝位争い。そこに直接関係あるレベッカの手紙はどの陣営も喉から手が出るほど欲しいものだった。

 これまでは数人の追手であり、レベッカと協力して撃退したり、上手くスルーしてきたが帝都に入った以上はそうもいかない。


「何か作戦が必要だね。ちなみに信用できる皇子とかいるかな?」

「詳しくは知らないけど、レオナルト皇子は人格者と聞いてるわ」

「噂の英雄皇子だね。けど直接接触するのは簡単じゃないかな。彼は南部を調査していた巡察使。レベッカが一番接触しそうな皇子だし、追手たちも警戒してるはずだよ。たぶん近づけばすぐにバレちゃう」


 分析しながらソニアは考え込む。

 帝位争いの状況はできる限り頭に入れてきた。ソニアにとってそれは必要なことだったからだ。

 どの陣営がどの公爵と繋がっており、どういう動きをしているのか。それらを考えながらソニアはため息を吐いた。


「とりあえずは逃げるしかないだろうね。レオナルト皇子もレベッカのことを探しているはずだろうし」

「そうだといいけど……」

「これだけ対抗勢力が派手に動いてるし、そこは間違いないよ。問題なのはどういう動きをしているのか、どれだけの手練れを動員できているのか。今、帝都は暗殺者まみれだからね。見つかったら即暗殺の可能性だってあるよ」

「あたしたちを保護できるだけの力があるかってことね」

「そういうこと。とにかくそこらへんを見極めるためにもあと数日は逃げの一手だね。最悪、ボクに奥の手があるけど、レベッカには不本意な展開になりそうだからやめたほうがいい」


 ソニアの言葉にレベッカは首を傾げる。

 帝都に向かう道中で出会ったソニアは謎が多かったが、レベッカを常に助けてくれた。

 魔法にてレベッカを援護し、その頭脳で追手をまいて帝都まで連れてきてくれた。そんなソニアの奥の手がレベッカにとって不本意な展開になるというのは、レベッカにとっては信じられないことだった。

 詳しく聞こうとレベッカは口を開こうとするが、ソニアは小さく笑って話題を断ち切った。


「とりあえず眠ろっか。どっちが先に見張りする?」

「え? あ、じゃあ、あたしからするわ」

「そう。じゃあよろしくね」


 そう言ってソニアはベッドの上で横になって目を閉じる。

 すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。必要なときにすぐに眠れるというのは、軍人や冒険者には必要な技能だ。

 しかし、レベッカはソニアがどちらにも思えなかった。しかし、戦術や戦略に通じていると思わせる発言も多く、レベッカはソニアの素性を掴みかねていた。

 だが、味方であることは間違いない。


「信用してるわよ」


 そう言ってレベッカは周囲を警戒して見張りを始めたのだった。




■■■




「――皇子! アルノルト皇子!」

「ん? ああ、悪い」


 ボーっとした頭でアルは謝罪を口にした。

 アルの前にいるのはレオの勢力で帝都の貴族たちをまとめているラングハイム伯爵だ。

 まだ三十前半と若く、レオの人格に惚れこみ、ドミニク将軍と共にレオを担ごうとしていた人物でもある。

 見た目は眼鏡をかけた青年貴族で、適度に体を鍛えているせいか、ほかの貴族たちよりは精悍に映る。アルの評価は、悪い人物じゃないし、無能ってわけでもない。ただ融通がきかないところが玉に瑕というものだった。


「まったく、しっかりしてください。レオナルト皇子はレベッカを捜索しに行ってるんですよ? 居眠りなど不謹慎すぎます。報告くらいはしっかり聞いてください」

「悪かった悪かった」


 不愉快そうな表情を浮かべるラングハイム伯爵に対して、アルは苦笑いで誤魔化しつつ、眠い目をこする。

 レベッカを捜索し始めてからすでに三日。いまだにどの陣営もレベッカの居場所すら特定できていなかった。

 理由は明白。ちらほらと見かける目撃情報が厄介なのだ。

 数少ない情報の下に多くの者が集まるため、捜索ではなく戦闘が起きてしまっている。

 結局、レベッカを探すどころではなくなっているわけだ。

 散発的に出てくる目撃情報はおそらく囮。あえて目撃させて、隠れている場所をしぼられないようにしているとアルは読んでいた。

 それに対応するため、アルは夜は寝ずにセバスとジークに指示を出していた。おかげで寝不足に陥っているのだ。


「調略を加えていたボルマン男爵ですが、なかなかこちらに靡きません。元々ゴードン皇子に巨額を積まれて動いた人物ですから、もっと大きな金額を提示する必要があると思われます」

「そうか」

「はぁ……それだけですか?」


 ため息を吐くラングハイム伯爵の目には失望が映っていた。

 そう言われてもなとアルはつぶやく。アルに決定権はないうえに、アルが口を出すのはおかしい問題だった。

 そんなアルにラングハイム伯爵が質問してきた。


「アルノルト皇子。では質問させていただきます」

「なんだ?」

「ボルマン男爵をどうすれば調略できると思いますか? 考えだけでいいので聞かせてください」


 考えだけね、とアルは心の中で呟く。

 ラングハイム伯爵の目には明確な苛立ちが映っていた。それはアルがよく知る目だった。

 自分の苛立ちを処理しきれず、表に出そうとしている者の目。そしてその苛立ちは大抵はアルに来る。

 何言っても否定されて、苛立ちの発散に使われるだろうなとアルは心の中でため息を吐く。厄介なのは本人にその自覚がないことだった。


「金額を上乗せするだけじゃ駄目なのか?」

「はぁ……少しは頭を使ってください」


 嫌みたらしいため息のあと、ラングハイム伯爵は説教モードに入る。

 面倒だなぁと思いつつ、アルは聞いているフリだけをした。


「いいですか? 我々とゴードン皇子の勢力とでは資金力に差があります。バックについている商会の数が違うからです。単純なマネーゲームでは勝てません。それぐらいは理解してください。あなたはレオナルト皇子の双子の兄。レオナルト皇子がいない場合は、仮初でも勢力のリーダーになるんですから」

「悪かった悪かった。以後気を付ける」

「本当にわかっているのやら……どうせ寝不足なのも遊んでいたからなのでしょう? 適当に生きるのはいい加減にやめて、弟君をちゃんと補佐する道を歩んでください」


 そう言ってラングハイム伯爵は頭を下げて部屋を出ていく。

 だが、部屋を出た瞬間、ラングハイム伯爵は盛大にこけた。

 しかし、どこにも足を引っかけるモノはなく、ラングハイム伯爵は頭に?マークを浮かべながら苛立った様子で立ち上がって去っていった。


「ジーク。悪戯はよせ」


 アルは部屋に入ってきたジークに注意する。

 するとジークは机によじ登りながら悪びれた様子もなく告げる。


「そういうなよ。部屋の外にもあいつの嫌味は聞こえてたんだぜ? 少しくらいいいだろ?」


 さきほどラングハイム伯爵が部屋を出るタイミングで、ジークは部屋に入ってきた。そのついででジークはラングハイム伯爵をこけさせたのだ。

 まったくとアルはつぶやく。


「勢力の人間だからまぁ見られても大問題にはならないが、あんまり目立つな」

「へいへい。気を付けますよ。それで? 次の手は考えたか?」

「今日の目撃情報を聞いてから決める。間違いなく、目撃情報の付近にはレベッカはいないからな。そこから逆算する」

「大変なことで。弟さんは部下を引き連れて馬鹿正直に帝都をしらみつぶしに探してるだけで称賛されるのに、お前さんは頭を使っても馬鹿にされるだけか。難儀なもんだな」

「レオの捜索も必要だ。手がかりが当てにならない以上は、そうやって探すのも手だ。それにレオが直々に探していると知れば、レベッカも接触しやすい」


 レオだって馬鹿ではない。

 自分がどう動けば一番かよくわかっていた。

 裏で何かするのは俺の仕事だ、とアルは自分に喝をいれて目を覚ます。


「そろそろ見つけないとな。いつまでも無意味な戦闘じゃ二人に申し訳ないからな」

「そうだな、頼むぜ。捜索中のお嬢さんはかくれんぼが上手いみたいだからな。ある程度絞ってくれればオレたちが見つけるからよ」


 ジークの言葉に頷き、アルは帝都の地図を机から取り出す。

 そこにはこれまで出てきたレベッカの目撃情報があった。法則性が見えない形でうまく散らばっている。


「優秀な軍師がレベッカにはついているようだが、それに俺たちまで翻弄されるとはな」


 困ったもんだ、と思いつつアルはレベッカが隠れそうな場所に目星をつけるのだった。


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