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第九十六話 始まりの夜

今日から新章ですヽ(^。^)ノ



 セバスとジークがレベッカの情報をキャッチして、動き出した頃。

 帝都では様々な陣営が動き出していた。


「ザンドラ殿下。ご協力を」


 人攫い組織から派遣されてきた追手たちは帝都につくと、ザンドラを頼っていた。

 人数は五人。彼らは組織が抱える凄腕の暗殺者だった。彼ら以外にもかなりの数の追手が帝都には入っていた。それこそ組織の全力をあげて、レベッカを追っていたのだ。

 それだけレベッカが持つ手紙は組織にとって致命的なものだった。そしてそれは南部貴族、そして南部貴族を支持基盤に持つザンドラにとっても致命的なものであった。


「そうね。南部貴族と組織の関係が明るみに出れば、私としても困るわ。ギュンター」

「はっ、ここに」


 かつてアルを狙った暗殺者、ギュンターがザンドラの傍で少し頭を下げる。

 その後ろにはザンドラが各地から集めた暗殺者が揃っていた。その数は二十はくだらない。


「使えるものはすべて使っていいわ。必ず手紙を手に入れなさい」

「了解いたしました。ただ……一つ懸念があります」

「レオナルトたちのことかしら? それなら問題ないわ。レオナルトたちはほとんど暗殺者を抱えてないわ。気を付けるのはアルノルトの執事である、セバスチャンだけよ」

「その通りでございます。ですが、気になるのはゴードン殿下の勢力です」

「ゴードンがどうかしたの? あの脳筋がこの盤面でそこまで強敵とも思えないけれど?」


 ザンドラの言うことはもっともだった。

 表に出ている情報だけでいえば、こういう暗殺者が得意とする戦いに向く人材をゴードンはあまり抱えていない。

 しかし、少し前にギュンターが掴んだ情報ではそれは改めなければいけない認識だった。


「実は……極秘裏に訓練されていた隠密部隊を招集したという情報が入っております」

「軍の部隊ということ?」

「はい」

「いくらゴードンでもそんなことができるのかしら?」

「非公式部隊ゆえに可能だったと思われます。その部隊の部隊長を組み込み、訓練と称して帝都に呼び寄せたようです」

「狙いは……当然手紙ね」


 ザンドラは椅子に座りながら足を組み替える。

 頬杖をつきながら、日が落ちてきた外を見た。

 帝都はそろそろ闇夜に包まれ、その闇に乗じた戦いが行われる。

 この戦いに負ければ、ザンドラがもっとも致命的な打撃をこうむる。支持基盤である南部を失うのだ。

 各地にいる魔導師たちはそれでもザンドラを支持するだろうが、所詮は個人。帝位争いは帝位候補者たちの個人同士の戦いであると同時に、勢力争いでもある。弱小勢力では絶対に帝位にはつけない。

 レオたちがクライネルト公爵の協力を取り付けたように、背後に力ある公爵がいるといないとでは勢力の力は大きく変わってくる。


「ゴードンはここで私を追い落とすつもりね」

「エリク殿下はおそらく今回も傍観でしょう」

「エリクはそういう男よ。最後の最後まで絶対、自分の手は汚さない。私たちが争い、疲弊するのを待っているんだわ。でも、それが付け入る隙よ。ここで手紙さえ手に入れれば、支持基盤の心配はせずに済むわ」


 それに実験体の心配も。

 ザンドラは心の中で呟く。個人的なことを言えば、そちらのほうが大切だった。ザンドラの中で、帝位争いで勝ち抜くために必須なのは禁術であり、勢力ではなかった。

 研究中の禁術さえ完全なものになれば、勢力など不要。誰であってもザンドラには逆らえない。

 誰もが自然と跪く。それがザンドラの理想とする世界だった。


「ギュンター。とりあえず、手紙を持ってる女を探しなさい。だけど手は出さなくていいわ」

「良いのですか?」

「いいのよ。レオナルトとゴードンの手下を争わせなさい。弱ったところを頂くわ」

「かしこまりました」


 現在、帝都には組織の追手を含めれば、かなりの数の暗殺者やそれに準じる者たちがいる。

 それらを動員すれば力押しでも勝てなくはないだろうが、ザンドラは暗殺者がこれ以上減るのを嫌っていた。

 それゆえの指示であり、ギュンターもその指示に否はなかった。

 そもそも組織の追手を掻い潜って帝都に入ったレベッカが、そう簡単に見つかるとも思っていなかったからだ。


「じゃあ行きなさい。もしも戦闘になったら誰であっても殺していいわ」

「了解いたしました。いくぞ」


 そう言ってギュンターがその場を消え去り、後ろの暗殺者も続く。

 組織の追手たちもいつの間にか消えている。

 誰もいなくなった部屋でザンドラはフッと笑う。


「もしも、手紙を手に入れられなかったなら……伯父様を見捨てることになるけれど、仕方ないわよね? 私が皇帝になるためだもの」


 そう言ってザンドラは狂気に満ちた笑みを見せながらつぶやくのだった。




■■■




「おいおい、こりゃあどういう状況だ?」


 セバスと共に闇夜の帝都に繰り出したジークは、屋根の上に伏せながらそこかしこに気配を感じて呟く。

 すでに時刻は深夜。これだけの数の人間が動くのは明らかにおかしかった。


「これはザンドラ殿下の暗殺者たちが動き出しましたな」

「これ全部か?」

「子飼いの暗殺者と、元々レベッカ殿を追ってきた者たちでしょう。彼らは南部という共通の接点がありますので協力関係でもおかしくありません」

「淡々と言うなよな。こっちは二人で向こうは団体様だぞ?」

「戦争ではありませんから。数の優位はそこまで生きません。ジーク殿と私なら問題ないでしょう」

「言ってくれるぜ……」


 ジークははぁとため息を吐くと、周囲を見渡す。

 あちこちにいる敵の追手に見つからないよう、レベッカを捜索するのは中々に骨が折れそうな作業だった。


「しかし……これだけ追手が集まってるってのによく無事に帝都にたどり着けたな?」

「協力者がいるのかもしれませんな。そうであるならば慎重に動く必要があります」

「敵と思われたら困るしな。とにかく居場所だけは突き止めるか」


 そう言ってジークが立ち上がり、一歩前に出る。

 しかし、そのタイミングで強い風が吹いた。

 人間ならどうということはない風だったが、軽いジークはバランスを大きく崩してしまった。


「あ」


 小さく声を漏らし、ジークは足を滑らして屋根を滑っていく。


「っっっっ!!??」


 声にならない悲鳴をあげながら、ジークはなんとか家の出っ張った部分に手をかけて落下を回避する。


「ふー……あぶねぇあぶねぇ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、平気……じゃない!?」


 ジークの真横。

 出っ張った部分に置いてあった鉢がグラグラと揺れていた。

 それはすぐに重力に引っ張られて、下へと落下していく。

 そして、大きな音を立てて割れた。


「……」

「……」


 セバスとジークは思わず黙り込んで、壊れた鉢を見る。

 そうこうしている間に、あちこちから人の気配が集まってきた。


「あれだな。風のせいだ。風の」

「ですな」


 そう言って二人は気を取り直し、武器を構える。

 セバスは短剣を、ジークはルインを槍の状態に移し、屋根の上に登る。

 そして二人が臨戦態勢を整えた瞬間、屋根に三人の男が飛び移ってきた。

 しかし、その三人はセバスが投げた短剣に眉間を串刺しにされて落ちていく。


「お見事」

「まだ来ます」


 さらに数人の男たちが屋根に登ってくるが、今度はジークがルインを振り回し、一人を突き落とし、一人の首を切り裂く。そのままピョンピョンと屋根の上を跳ねながら、最後の一人に近づいていく。


「子熊!?」

「御名答」


 いいながらジークは男の顔面を突き刺した。

 男は悲鳴もあげる暇もなく、絶命し、ぐったりとしたまま屋根から落ちていく。


「悪いな。夜の熊は怖いんだぜ」

「素晴らしい槍捌きですな。その姿でそれほどまでに使いこなすとは」

「そっちも爺さんだと思ったらまだまだ現役だな?」

「嬉しいお言葉ですな。しかし、数が多すぎます」

「そうだな。プランBでいこう」

「プランB?」


 何も聞いていなかったセバスは不思議そうにつぶやくが、そんなセバスの背中にジークはよじ登る。

 そして肩にしがみ付いたジークは恥じることもなく告げる。


「あんたがオレを担いで逃げる」

「老人使いが荒いですなぁ」

「そう言うなよ。肩揉むからさ」

「はっはっは、それではお願いしましょう」


 笑いながらセバスはその場を全力で離脱に掛かった。

 その後、帝都では目立った動きはなかった。

 前哨戦となったその日はどの陣営も有力な情報を手に入れることはできなかったのである。

 そして、そのことがすべての陣営を警戒させた。

 レベッカがよほど優秀なのか、それともレベッカに協力する者が優秀なのか。

 どちらにせよ、一筋縄ではいかない者が手紙を持っていることは確実となったからだ。

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