第八話 最強騎士と最強冒険者
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帝都に戻って数日。
多くの者が祭りの準備に追われる中、運命の日が訪れた。
「誰が来ると思う?」
「上位の隊長であることは間違いないでしょう」
俺は城の部屋で客人を待っていた。
今日、皇帝の子供たちにはどの隊が自分につく騎士隊なのか教えられる。方法は簡単だ。その騎士隊の隊長が部屋を訪れる。
近衛騎士団の騎士隊は各隊ごとに番号が振られており、数字が若いほどエリートな傾向がある。とくに上位三つは実力的にも最強クラスの隊長が率いている。戦力を平等にするために落ちこぼれにはその上位部隊が割り当てられるだろう。
「エルナだけは来るなよ……」
「またそのようなことを……十一歳で近衛騎士団に入団し、十四歳で隊長となったアムスベルク勇爵家の神童ですぞ? 神引きもいいところではありませんか」
「実力だけは、な。人間的に無理だ」
「品行方正で将来の近衛騎士団長と言われておりますが?」
「外面だけはいいからな。民も近衛騎士たちも本性に気づいてないのさ。あいつとの出会いは忘れもしない、七歳のときだった。いじめられる俺を助けたあいつが俺に言った言葉がわかるか?」
「さぁ、なんでしょうな」
「〝軟弱者〟だぞ? いじめられて傷心の子供にかける言葉か? しかもそのあとに稽古と称して木剣を持たされた。そこで一方的に打ちのめされた俺は、その日からエルナに出会わないように遊ぶ羽目になったんだ。苦手意識を植え付けられたんだ! 誰が聞いてもひどい話だろ!? あの女は悪魔みたいな女なんだ!」
セバスに熱烈に説明するが、セバスは呆れたように肩を竦めるのみだ。
ちくしょう! なぜ伝わらないんだ!
やきもきしていると、突然扉が開いた。
そこには。
「誰が悪魔みたいな女なのかしら?」
笑みを浮かべた
その姿を見た瞬間、俺は顔を引きつらせる。そして。
「セバス! 騎士を呼べ! 悪魔が現れたぞ!!」
「残念ながら誰も来たりはしないでしょう。この場に最高の騎士がいますので」
「セバスはよくわかってるわね。アルノルト・レークス・アードラー皇子殿下。近衛騎士団所属、第三騎士隊隊長、エルナ・フォン・アムスベルグが拝謁いたします。会うのは数年ぶりですが、お変わりないようで」
「ちっ……! 皮肉か?」
「ええ、もちろん。帝都では大層人気なようね? 出涸らし皇子なんて呼ばれているとか。素敵だわ」
「ああ、おかげさまでな。楽しくやってるよ」
お互いにニッコリと笑う。
数年会ってなくても幼馴染だ。ここらへんは皇子と勇爵家の娘といえど気心は知れている。
互いにしばらく笑顔で牽制しあったあと、俺のほうから顔をしかめる。
「何しに来た? 呼んだ覚えはないぞ?」
「私が来たってことはそういうことよ? わからないの?」
「俺は信じない……」
「失礼ね。大変だったのよ? 相方はアルがいいって皇帝陛下に頼むの」
「余計なことするなよ!? 兄上や姉上に睨まれるだろうが!?」
「気にしなくていいじゃない。アルが帝位を狙ってるわけじゃないんでしょう?」
「そういう問題じゃない! ああもう! お前はどうして昔からそうなんだ!?」
良かれと思ってやっているのはわかっているが、それが俺が求める利益と一致しない。
今回の場合、父上に頼むならレオの下に行ってほしかった。まぁ、レオの下に行きたいといって叶えてもらえるかはわからないけど。
少なくともエルナが俺の下に来たことで俺はどうでもいい参加者から一躍優勝候補に名乗り出てしまった。これでより一層、動きづらくなった。エルナには自然と注目が集まる。暗躍はもはや不可能といってもいい。
他者のところに行かれても困るが、自分のところに来られるともっと困る。それがエルナだ。相性的な問題だけでなく、本当に来てほしくはなかった。
「私がちゃんと優勝させてあげるわ。出涸らし皇子なんて言ってる人たちをギャフンと言わせましょう!」
「そんなこと求めてない……」
「駄目よ。そんな調子じゃ。陛下にアルをちゃんとさせますって宣言したんだから。だからこれから特訓よ! とりあえず馬術の腕がどれくらいになったか見てあげるわ。さぁ修練場に行きましょう」
「……セバス。俺は頭が痛くなってきた。重い病かもしれない……」
「それは大変ですな。それは仮病という重大な心の病です。心身を鍛えれば治るかもしれませんぞ」
恨めしそうにセバスを睨むが、セバスはどこ吹く風だ。
騎士狩猟祭までもう日はない。たかが数日稽古しただけで何が変わるわけでもないだろうに。
そんなことを思いながら俺は引きずられるようにして、修練場に連れていかれたのだった。
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「っっ!!?? 痛い……」
「も、申し訳ありません! もっと優しく塗りますね」
次の日。
筋肉痛でベッドから動けなくなった俺はフィーネに塗り薬を塗ってもらっていた。とにかく背中がまずいことになっている。バキバキでまったく動ける気がしない。
それもこれもエルナが馬術で俺を徹底的にシゴいたからだ。馬に乗っての剣や槍を振るうなんていつぶりだっただろうか。めちゃくちゃきつかった。何度も落馬したし、そのたびに背中を打った。
こんなのが毎日続いたら死んでしまう。
「アルノルト様。エルナ様に伝えたところ、今日の稽古は午後からでよいそうです」
「あいつの辞書には休憩って言葉はないのか……」
「さすがは勇者の再来と言われる方ですね。ですけど、アル様、ではなくシルバー様もそれに並ぶほどの実力では? 馬術でも演技を?」
「アルノルト様は古代魔法に特化していますので。基礎体力は一般人以下です。馬術、剣術、現代魔法。どれも稽古をサボり続けているので大した腕はないのですよ。フィーネ様」
「そうなのですか? 冒険者の方はみんな体力に優れた方ばかりだと思っていました」
「大抵の奴らはそうだ……。けど、俺は古代魔法で身体能力の低さを誤魔化してるし、そもそも体力がつきそうなことはしないからな」
「転移魔法を使わずに遠出をしたのも、クライネルト公爵領に行ったのが久々でしたからね。その遠出中も古代魔法で身体能力を強化していましたから。古代魔法を使わなければエルナ様のいうとおり〝軟弱者〟ということです」
セバスの毒に反論する気力もない。
ベッドに突っ伏したまま俺はため息を吐く。
しかし、そんな俺にセバスは少し明るめの声で問いかけた。
「物は考えようですな。あなたにとって辛くともレオナルト様には好機となりました」
「そうだなぁ……」
「え? どういうことですか?」
訳が分からないと言った様子を見せるフィーネに俺は簡単に説明することにした。
といっても、そんなに多く語る必要はない。
「エルナは最強騎士といっていい。だからエルナを引いた俺が優勝しても誰も俺の力とは思わないってことだよ」
「そのとおりです。フィーネ様が仰ったとおり、レオナルト様が優勝できないならばアルノルト様が優勝するのが一番確実です。しかし、いきなりアルノルト様が優勝しては不自然だったのですが……最強のカードが転がり込んできました」
「なるほど! アル様が本気を出せるということですね!」
「まぁ俺が何もしないならエルナが好きにやるだろうし、それはそれで優勝できると思うけどな。それくらいエルナは飛びぬけてる。足さえ引っ張らなきゃほぼ確実に優勝できる」
「皇帝陛下もだからこそ、アルノルト様にエルナ様を渡したのでしょうな。足を引っ張ると踏んで」
「その結果が帝国最強騎士と帝国最強冒険者のタッグになるとは、皇帝陛下も思いもしなかったでしょうね!」
嬉しそうに語るフィーネに呆れつつ、俺は上着を着て起き上がる。
騎士狩猟祭まで数日。やれることはやっておかなくてはいけない。
「最悪の場合でも俺が優勝して、全権大使の座はほかに渡さない。だが、ベストはレオが優勝することだ」
「なぜですか? アル様が全権大使になって外国の方と人脈を築いても、それは結局はレオ様のものになるではないですか?」
「そうだとしても全権大使にレオが選ばれるほうがいい。有力者も大勢見に来るしな」
「もっともらしいことを言っていますが、全権大使が面倒なだけでは?」
ギクリと思わず肩が上がった。
図星の反応にセバスはため息を吐き、フィーネまでもがそれに続いた。
「アル様……そこまでレオ様に譲らなくてもいいではないですか」
「ん? 譲る?」
「わかっています。アル様がレオ様のためにそう言って譲ろうとしていることは」
「はぁ……フィーネ様。何か勘違いをされているようですが、あなたの目の前にいる皇子は生粋の面倒くさがり屋ですぞ?」
「フィーネには隠せないか……昔からの癖でな。どうしてもいろんなことをレオに譲りたくなってしまうんだ。帝位とか」
「やっぱりです! それは兄としてはご立派ですが、やりすぎはよくありません。レオ様も悲しむと思います」
上手くフィーネの勘違いを利用して、セバスの小言を逃れる。
セバスは上手いことフィーネを騙した俺を見て、顔をしかめる。
「女性を騙すのは感心しませんな」
「騙してない。勘違いさせただけだ」
「物は言いようですな。またエルナ様に怒られますぞ?」
「あいつは俺の母親かよ……」
「親身になってくれる幼馴染がいるのは羨ましいです。私は幼馴染といえる人がいないので」
「面倒なだけだぞ。特にあいつは色々と余計だ」
「あら? 何が余計なのかしら?」
声が飛んできた。
見ると扉の付近にエルナが立っていた。
笑顔だが怒りマークがあちこちに浮かんでいる気がする。
一瞬、植え付けられた恐怖心に負けて視線を逸らすが、一向に帰る気配がないためしぶしぶ口を開く。
「呼んでもいないのに来るあたり、余計だと思わないのか……?」
「失礼ね。誰かさんが筋肉痛で動けないっていうから塗り薬持ってきてあげたのよ?」
「お前の百倍優しい人間に塗ってもらったから平気だ」
「あら? それはそこにいる
「あ、はい。お初におめにかかります。フィーネ・フォン・クライネルトと申します」
「エルナ・フォン・アムスベルグよ。レオの部屋ならともかく、まさかダメダメ皇子の部屋であなたに会うことになるとは思わなかったわ」
そう言ってエルナはフィーネに穏やかな笑みを見せた。
俺に見せる笑顔とは質が違う。印象操作の笑顔だな。
「アル。なんだか馬鹿にされたような気がしたのだけど?」
「気のせいだ」
「だといいけど。さて、それじゃあ行きましょうか」
そう言ってエルナはベッドにいる俺の首根っこを掴む。
突然のことに困惑する俺に対して、エルナはいつもどおりの笑顔で説明してきた。
「自分で平気って言ったわよね? じゃあ稽古よ」
「なっ!? 平気ってそういう意味じゃ! あっ! 痛っ!? やめろー!! 怪我人だぞ!?」
「筋肉痛なんて怪我に入らないわよ。動いて治しなさい」
そう言うエルナによって、俺は昨日と同じく引きずられて稽古に連れていかれることとなったのだった。