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第八十七話 帰還

今日から第四部開始です





 南部の異変は解決した。

 事態が想像以上に大きくなったため、レオは一度帝都に呼び戻された。

 姉上やユルゲンも事情を訊くという意味合いや、迅速な動きに褒美を取らすという意味で帝都に呼ばれた。

 そんなレオたちの一団に俺もひょっこり加わっていたのだが……。


「こりゃあまいったな……」


 俺は帝都の正門前で立ち往生する一団を見て、そう呟いた。

 レオと近衛騎士。そしてレオと共に戦った主だった騎士たちも帝都に呼ばれており、彼らをレオが率いる形で帝都に入ったのだが、そこでは熱烈な歓迎が待っていた。


「レオナルト皇子ーー!!!!」

「英雄皇子の凱旋だ!!」

「レオナルトさまぁぁぁぁ!!」

「こちらを向いてぇぇぇぇ!!!!」


 南部で紫の狼煙が上がったことは誰もが知っている。

 前回上がったときは皇太子の訃報が届けられた。

 今回もと誰もが覚悟していたが、届けられたのはバッサウの街が被害を受けたという国家レベルの異変にしては小さいといっていいレベルの悲報だった。

 そして発生した多くのモンスターと強力な悪魔を相手に、騎士たちを率いて皇子が戦ったという朗報も同時に届いていたのだろう。

 悲しみを覚悟していた分、民の喜びはひとしおだった。

 まるで祭りかのように城へ向かうレオたちには声が掛けられている。


「リーゼロッテ様だ!」

「元帥閣下!!」

「姫将軍万歳!!」


 レオたちが過ぎ去り、今度は騎兵連隊を率いた姉上が通る。

 今回の主役はレオだからと先頭を譲ったが、歓声はレオ並みだ。

 戦功という点では皇族の中で断トツであり、国境を守る自国の麗しい姫。久々に姿を見て民たちも相当テンションが上がっているらしい。

 その後に俺がユルゲンと共に続く。

 最初に声が掛かったのはユルゲンだった。


「ラインフェルト公爵だ!」

「リーゼロッテ様の道を切り開いたそうだぞ!」

「元帥閣下が南部にいち早く到着できたのも、公爵のご尽力だと聞いた!」

「公爵ー!!」


 歓声はまずまず。

 中々どうして帝都の者も耳が早い。

 そしてそうなると矛先は俺に向くな。


「出たぞ、出涸らし皇子だ」

「弟君を助けに行ったのに結局は疲れて離脱したそうだ」

「足を引っ張っただけじゃないか」

「本当に使えない皇子だ。レオナルト皇子と双子というのが信じられん」

「何を堂々と歩いているんだか。少しは恥じればいいものを」

「そうだそうだ! ひっこめ!」

「皇族の恥め!」


 そこかしこで聞こえてくるのは嘲りの声。

 誹謗中傷はどこまで行ってもやまない。

 さきほどまでレオに歓声をあげていた口で俺を非難する。

 それが民だと理解している。だから俺はあえて胸を張った。ここで視線を下げればより声は大きくなる。民は情けない皇族を認めないからだ。

 実際、そうしてある程度不満をコントロールしてやらないと、困るのは彼らだ。

 今でも十分すぎるぐらい不敬だが、皇族の中で俺だけは不敬のラインが違う。何か物でも投げないかぎりはおそらく捕まらない。だが、物を投げれば見回りをしている帝都の守備隊も動かざるをえない。

 俺なんかに物を投げたために捕まったとあっては可哀想だ。

 彼らは国民として当然の不満を口にしているだけなのだから。


「殿下……お望みなら黙らせますが?」


 ユルゲンがそう気を遣ってきた。

 お望みならというあたり、ユルゲンらしい。

 俺は静かに首を横に振る。するとユルゲンは苦笑して前を向く。

 そして。


「ご安心を。あなたの優しさと強さはこのユルゲン・フォン・ラインフェルトと我が騎士たちが存じています。そのまま胸を張ってお進みください。あなたはそれに値するお方です」

「買いかぶりですね」

「世の中、何もしないことが一番楽なのです。あなたは確かにレオナルト殿下を助けにはいかなかった。しかし、あなたは止まることを選択した。それはきっと勇気ある選択だったと思います。少なくとも僕や騎士たちは救われた。その事実は皇帝陛下といえど覆すことはできません」

「止まることが勇気ある選択ですか……公爵はやはり変わっていますね」

「そうでしょうか? 僕からすれば僕が普通なのですが」


 そんなことを言いながらユルゲンは笑う。

 そうやって会話をしているうちは民の声は耳に入ってこない。

 ユルゲンの気遣いに感謝しながら、俺は城へと向かったのだった。




■■■




「よくぞ戻った! 我が子供たち! 我が臣下たち! 皆と無事に会えること、嬉しく思うぞ!」


 そういって俺たちは父上に迎えられた。

 全員が膝をつき、玉座に座る父上に頭を垂れる。


「皆の戦いぶりは先に戻った冒険者たちが話してくれた。まさしく国家の一大事を解決した皆は英雄だ! 今宵はささやかながら宴も用意した。激闘の疲れを癒してほしい」


 そう言ったあと、父上は一つ咳払いをしてから、宰相のフランツに目配せする。

 心得たとばかりに頷いたフランツが喋り始めた。


「此度、南部での異変に際し、対応に当たったすべての者に褒美が出る。その中でも特に戦功著しい者には特別に陛下から褒美が手渡される。呼ばれた者は前へ」


 そう言うと褒美品を持った侍女たちが父上の近くまでやってくる。

 それを確認すると、フランツは大きな声で名前を呼んだ。


「まずは第一功! 第八皇子、レオナルト・レークス・アードラー殿下。前へ!」

「はっ!」


 レオが返事をして父上の前に出て、再度膝をつく。

 それを見て、父上は一本の剣を侍女から受け取る。

 鞘に黄金の鷹の意匠が入った長剣だ。

 その剣は儀礼剣だ。

 武官の重要職を任命するときに使われる。


「第八皇子レオナルトは南部の危機に際して、的確な判断で狼煙を上げ、多くの騎士を率いて事態の悪化を防いだ。その後、問題の根本的解決のために自ら先頭に立って突撃し、悪魔を討ち取った。その功により、空席となっていた帝都守備隊の名誉将軍に任じるとともに、重臣会議への参列を許可する」

「ありがたく」


 恭しくレオナルトが剣を受け取る。

 参列者たちの中ではどよめきが起きていた。


「名誉将軍に加えて重臣会議にまで……!?」

「厚遇しすぎでは……?」

「それだけ今回の功績は大きかったということか……」

「これは分からなくなったぞ……」


 たとえ名誉将軍でも将軍は将軍。帝位候補者の中ではゴードンに次ぐ武官の地位を手に入れたということだ。しかも帝都守備隊。名誉将軍はあくまで名誉職だが、前任者のドミニク将軍の影響が強い部隊のため、いざとなればレオは帝都でかなりの戦力を動かせる。

 加えて、エリクだけに許されていた重臣会議への参列も許された。これで大臣を介さずに自分の意見を父上に伝えることができるし、工務大臣となったベルツ伯爵と合わせて二票を得ることになる。

 つまり国政に対して確かな発言力、影響力を手に入れたということだ。

 それは帝位争いの勢力図が塗り替わったことも意味する。

 今回の一件により、レオは新興の四番手ではなく、エリクすら脅かす有力帝位候補者となったのだ。


「続いて第二功! リーゼロッテ・レークス・アードラー元帥。前へ!」

「はっ!」


 今度はリーゼ姉上が前へ出た。

 そんなリーゼ姉上に対して、父上は一本の杖を渡す。


「元帥リーゼロッテはレオナルトの狼煙に対して迅速に対応し、東部国境軍の精鋭を率いて駆け付けた。その後、レオナルトと共に先頭に立って道を切り開いた。その功により、東部国境軍の増員と予算の拡大を認める」

「ありがたく」


 さすがは父上だ。

 勲章なんかじゃ姉上が喜ばないことをよくわかっている。

 杖を受け取った姉上はなかなかご満悦な表情をしている。


「最後に第三功! ユルゲン・フォン・ラインフェルト公爵。前へ!」

「はっ!」


 最後に呼ばれたのはユルゲンだった。

 父上はユルゲンに対しては大きな宝石を用意していた。


「公爵ユルゲンはリーゼロッテの進軍を助けるために、自らの騎士たちと共にモンスターを排除し、道を切り開いた。また、有事に備えて効果的な道を作っていた先見の明もあった。その功により、宝物を与え、領地の拡大を認める」

「ありがたく」


 箱に入った宝石を受け取ったユルゲンが下がってくる。

 これで特別表彰は終わりだ。

 その後、父上が形式的な挨拶を終えて下がっていく。

 さて、残るは夜に行われるパーティーか。

 そんなことを思っていると、参加していた大臣や有力貴族たちのこそこそ話が聞こえてきた。


「レオナルト皇子に接近しておくべきか……」

「しかし、今更すり寄ったところで……」

「姿勢が大事なのだ。姿勢が。帝位候補者たちにはいい顔をしておかねば。今の状況では誰が次期皇帝になるのか読めぬ……」

「しかし、レオナルト皇子がいくら凄かろうとエリク皇子の陣営は人材豊富。一方、レオナルト皇子のところではあの出涸らし皇子まで使わねばならぬほどだ。人材の差は一目瞭然だぞ……?」

「たしかにあの皇子はいつも問題ばかり起こす……今回も活躍できなかったそうだが、いずれレオナルト皇子の足を引っ張るやもしれん……」

「だが、考えようでは? あの出涸らし皇子すら使わなければならないならば、人材を欲しているはず。今が好機とも取れるぞ……」


 なかなかどうして色々と考えはじめてくれたらしい。

 無能を演じている甲斐がある。

 俺のような無能を使っているならば、人材に困っているはずだ。そう考えて、ならば味方になろうと決める者が出てくると思っていた。

 兄弟とはいえ無能を使う主。自分に自信がある者で、いまだに満足な地位につけていない者たちはこぞってレオの下へ集まるだろう。

 そのためにまだまだ俺は無能でなければいけない。

 そう改めて認識して、俺はその場をあとにしたのだった。

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