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第八十五話 伸ばした手の先



 




 バッサウの街に入ったリンフィアたちは空に浮かぶ黒い球体と、その下に広がった巨大な黒い穴を見ていた。


「説明はいらんな。これが魔界と繋がる穴だな」

「早く閉じなければいけませんね」


 バラムが一気にモンスターを呼んだため、モンスターが大量に出現することはないが少しずつスケルトンが穴から出てきている。

 放っておけばどんどん増える一方だ。


「そのためにこの黒い球体をどうにかする必要があるか……」

「妹が中にいるなら声をかければ反応があるかと」

「あそこまでどう行くかだな」


 リーゼは空に浮かぶ球体を見上げる。

 さすがにジャンプで届く距離ではない。

 そんなことを思っていると、突然リーゼは横からの攻撃を受けた。

 大きく吹き飛ばされるが、空中で回転して着地する。しかしリーゼが握っていた剣は半ばから折れていた。


「ふむ、攻撃を受けただけでこれか」

「殺す気の攻撃だったのだがね」


 そう言ってフルカスが軽く剣を振るう。

 純粋に戦闘タイプのフルカスの攻撃を受け止める人間が二人もいたことに、フルカスは驚きを隠せなかった。

 しかし受け止められるのと戦えるのではわけが違う。

 ゆっくりとフルカスはリーゼの下へ向かうが、リンフィアや兵士が立ちふさがる。


「下がったほうがいいと思うが?」

「あなたこそいいんですか? 私に攻撃するとまずいのでは?」

「その心配はもうない。我が召喚者殿には深い眠りについてもらった。私が作ったあの球体の中でな」

「あなたが妹を……!」

「怒られるのは筋違いだ。あの子が我々を呼んだのだ。絶望し、誰でもいいから助けてくれと。そして安全な場所を求めていたからあの球体に保護した」

「保護ですって……!?」


 悪魔は召喚者に直接的な反抗はできない。しかし、命令は解釈次第だ。

 助けてくれと言えば助けてくれるが、そんな曖昧な命令ではやり方は悪魔の自由となる。

 こういう危険性があるため悪魔召喚は廃れた。大抵の場合、人間より悪魔のほうがずる賢く、狡猾なため、解釈の問題でしてやられることが多いのだ。

 リンフィアはフルカスの言い分に怒りを見せるが、さすがに怒りに任せて突撃するような真似はしない。

 そんなリンフィアに向かってフルカスは一歩前に出るが、その瞬間、リンフィアの前にシルバーが転移してきた。


「お前の相手はこの俺だ」

「ほう? バラムを放置してきたのか?」

「あの程度でやられる皇子ではないと思ったのでな」

「悪魔を舐めないことだ」

「そっくりそのままお返ししよう。人間を舐めるな」


 互いの魔力が一気に高まっていく。

 その間にリンフィアたちは距離を取る。傍にいれば邪魔になると察したからだ。


「殿下、お怪我は?」

「ない。それよりあそこに行く方法を考えるぞ」


 そうリーゼが口にしたとき、リーゼたちの前に階段状の結界が出来上がった。

 それは見事に黒い球体まで伸びていた。


「気が利くではないか、仮面の冒険者」

「お褒めにあずかり光栄だ。リンフィア、行け。あれも結界の一種だ。中にいる召喚者が目覚めればどうにでもなる」

「はい! ありがとうございます! シルバー」


 そう言ってリンフィアは結界を登っていく。

 そうはさせじとスケルトンが集まってくるが、リーゼを中心として円陣が組まれた。


「絶対に死守せよ!」


 リーゼの指揮でスケルトンは撃退されているが、延々と湧いてくる敵を相手にすればいずれ突破される。

 早くしなければとリンフィアは全力で走る。そんなリンフィアの前にフルカスが現れた。


「行かせると思ったかね?」

「もちろん行かせてもらいます」


 リンフィアは一切、スピードを緩めずに走る。

 そんなリンフィアを援護するようにいくつもの魔法がフルカスに飛んでくる。

 フルカスはそれをすべて剣で弾くが、回り込むように放たれていた魔法を背後からくらい、リンフィアの進路からはじき出される。


「くっ!」

「お前の相手はこの俺と言ったはずだぞ?」

「まずは貴様から相手をせねばならないようだな!」


 そう言って二人の攻防が始まる。

 その間にリンフィアは黒い球体へと到着した。


「シンファ! シンファ!!」


 どうすればいいかわからず、とにかく妹の名前を呼ぶ。

 だが、黒い球体に反応はない。

 リンフィアは覚悟を決めて右手を黒い球体に突き出した。


「ぐぅぅ!!」


 鋭い電撃が右腕に走る。

 だが、リンフィアは諦めずに右腕を黒い球体の奥へと進める。


「シンファ……! 私よ……! リンフィアよ!!」


 電撃によって右腕の感覚がどんどんなくなっていく。

 それでもリンフィアは少しずつ少しずつ奥へと進める。

 その成果か、リンフィアの右腕は黒い球体の内側に潜り込み始めた。

 だが、異物を排除しようとしているのか、電撃はより強くなる。


「うううう!! ああああ!!」


 苦し気に呻きながらリンフィアは歯を食いしばる。

 辛くない、痛くないと自分に言い聞かせる。


「ごめんね……守ってあげられなくて……シンファ……もう大丈夫よ……お姉ちゃんが来たから……」


 リンフィアは深く深く右腕を沈ませる。

 そして右肩までが沈んだとき。

 頭の中に声が響いた。


『リ、ン……お姉ちゃん……?』

「シンファ!? シンファ!! そこにいるの!?」

『怖いよ……リンお姉ちゃん……』

「大丈夫よ……私がいるわ……」


 しかしリンフィアの右腕の先に反応はない。

 手を伸ばしてと願いながら、リンフィアは声をかけ続ける。


「もう大丈夫……一緒に帰りましょう……」

『でも……』

「怖くないわ……私が守ってあげる……」

『同じように助けようとしてくれた人は死んじゃった……リンお姉ちゃんも死んじゃうよぉ……』

「何言っているの……私は死なないわ……仲間もたくさんいるもの」

『仲間……? 一杯の大人の人たちは仲間なの……?』

「そうよ……シンファを助けるために集まってくれたの……」

『……大人の人は怖い……』


 猜疑心の強い言葉を聞いて、リンフィアはギリッと強く歯を噛み締める。

 村を離れるまでは人懐っこい良い子だった。

 その子がこんなことを言うようになるなんて。どんな目に遭ったのか。どんな目に遭わせてしまったのか。


「……ごめんね……ごめんね……シンファ……」

『リンお姉ちゃん、泣いてるの……?』

「ううん……平気よ……シンファが無事ならそれでいいの……もう怖いことなんてないわ……私が全部から守ってあげる……怖い大人の人がいても平気よ……」

『ほんと……? ほんとに怖くない……? 私だけじゃなくて……みんなも守ってくれる?』

「みんな……? ほかの子もいるの? 無事なの?」

『うん……』

「みんなを守ってたのね……偉いわ……大丈夫よ……何人だって守ってあげる」


 電撃は一向に止まない。

 しかしリンフィアは絶対に痛みを表面には出さなかった。

 心配させるようなことはあってはならない。

 ここでシンファが怖がってはすべてが水の泡になる。

 多くの人が協力してくれた。ここまで自分だけで来たわけではない。

 電撃くらいに負けてしまってはそんな人たちに顔向けができない。


「手を伸ばして! シンファ!」

『うん……でもリンお姉ちゃん、どこ?』

「とにかく手を伸ばして! 私も伸ばすから!」


 そう言ってリンフィアは精一杯手を伸ばす。

 そしてその手の先に何かが掠った。

 妹の手だと確信したリンフィアは覚悟を決めて、上半身ごと黒い球体の中に沈み込む。

 電撃が体中に走る。息もできない。

 それでもリンフィアはそんなこと意に介さずに手を伸ばす。

 目の前に大切なモノがあるのだ。

 レオは我を通すといった。それは自分も同じだと。

 決して退かない決意。

 不退転と決めてリンフィアは右手を伸ばす。

 すると、また手の先に何かが掠る。リンフィアはそれを逃さずしっかりと掴み、一気に引っ張り上げた。

 黒い球体の中から引っ張り上げた少女は栗色の髪の少女だった。

 その目の色は赤と青。


「ああ……シンファ……」

「リンお姉ちゃん……」


 そこにいたのは間違いなく妹のシンファだった。

 必ず守ると誓った自分の妹。守れなかった自分の妹。

 リンフィアはもう二度離すまいと強くきつく抱きしめる。

 しかし、その瞬間は長くは続かない。

 中心となっていたシンファが外に出てきたことで、黒い球体にはひびが入り始めていた。

 そして黒い球体は光を発して、消失した。そして黒い球体が消失すれば、中にいた子供たちは落ちていく。


「っっ!!」


 リンフィアは咄嗟に飛び降りて大きな声で叫ぶ。


「シルバー―――――!!!!」


 リンフィアは叫びながらできるだけ子供たちを引き寄せる。だが、手が足りない。

 下で気づいたリーゼたちも動き始めるが間に合わない。このままではまだ下に広がっている魔界と繋がった穴に落ちてしまう。

 そんな中、いきなり巨大な銀の鷲がリンフィアたちの前に現れた。

 その鷲は落ちていたリンフィアや子供たちを乗せると大きく羽ばたく。


「うわぁ……綺麗な鳥さん……」

「これは……」

「魔法で再現した鷲だ。本当は召喚くらいはしたかったんだがな」


 そう言って銀の鷲と平行するようにシルバーが現れた。

 そしてシルバーはリンフィアとリンフィアに抱きつくシンファや気絶している多くの子供たちを見て、フッと笑う。


「よくやった。あとは任せろ」

「はい……お任せします」

「ねぇねぇ、この鳥さんの名前は?」

「名前? そうだな。まだないんだ。つけてやってくれ」

「ほんと!? うーん、どうしようかな」


 微笑ましいシンファの様子にシルバーは笑ったあと、飛んできた攻撃を結界で受け止める。

 後ろでは怒りに満ちたフルカスがいた。


「許さんぞ……私の計画を邪魔しおって……!」

「許さない? それはこっちの台詞だ。ただで死ねると思うなよ?」

「虚勢を張るな。貴様の力はわかった。私には及ばない」

「そうか……なら試してみろ」


 そう言った瞬間、シルバーの魔力がさきほどよりも強く大きく膨れ上がる。

 それを見てリンフィアは察する。

 周りの影響を考慮して、本気を出していなかったのだと。

 これからがシルバーの本気なのだと。

いよいよシルバーの本気が見れますよー('ω')ノ

スーパー無双タイムです。

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