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第八十三話 首なしの悪魔

あともうちょっとで第三部おわりー(/・ω・)/






 帝都支部に冒険者が集結し、そろそろ転移門を開こうとした頃。

 突然、支部に城からの使いがやってきた。


「これはこれは。第二皇子殿下がどのような御用かな?」

「城では現在、南部の異変に対して協議がなされている。お前の転移は貴重だ。少し飛ぶのを待ってほしい」


 意外なことにエリクは頭を下げてきた。

 俺じゃあるまいし、普通の皇族は頭を下げない。そういう地位にいるからだ。


「これまで時間はあったはずだ。それで決まらないのに、今後決まるという保証は?」

「すでに近場の軍を帝都に呼び寄せ、城の守りを任せ、近衛騎士を派遣するという策を提案している。おそらく通るだろう」

「ほう? そこから手柄争いが始まるのにか?」


 そうは言いつつ、なかなかどうして現実的な策だな。

 城の守りが不安だから近衛騎士を派遣できない。では、その近衛騎士の代わりに軍を呼ぼうということか。

 近衛騎士ほど単体としての力はないだろうが、それでも城の守りを託すには十分だろう。


「近衛騎士を率いる者としてゴードンを推薦しておいた。そこまで時間はかからないだろう」

「不思議だな。他国の問題のときはあれほど手柄を欲しがったというのに、自国の問題となった瞬間、弟に手柄を譲るのか?」

「私は皇族であり、帝国の外務大臣だ。他国の問題ならいざ知らず、自国の問題となれば勢力争いなど二の次だ。私が一番に考えるのは帝国のことだ」


 そう言ってエリクは真っすぐと俺を見つめる。

 悪い提案じゃない。

 近衛騎士が来てくれるなら心強い。

 待つのも手だろう。俺も勢力争いを二の次とするならば。

 ここで強行しても、帝国上層部の冒険者への心証が悪くなるだけな気もする。

 そう俺の心が揺れたとき、遠くから澄んだ音が聞こえてきた。

 それはどこから聞こえてくるのかわからない。ただ、その音を発するのがリンフィアであり、危地にあるということは不思議とわかった。

 リンフィアが助けを求めている。根拠はないが、確信があった。その澄んだ音がそう伝えてきた。


「しかし……その間に犠牲となる者もいる。国が万全の体勢を整える間、時間を稼いでいる者たちがいる。そんな者たちをどうするつもりだ?」

「できるかぎりのことはする」

「なら提案は受けられんな。冒険者は騎士や軍人とは違う。上にいる者たちが見つけられない被害者や、見捨てざるをえない者を助けるためにいる。立ち去れ。俺たちは冒険者だ。誰の指図も受けない。好きにやらせてもらう」

「国の命運が掛かっているんだぞ? 確実を期すべきだと思うが?」

「俺たちは国がどうなろうと知ったことじゃない。俺たちが守るのはいつだって民の命だ。帰って皇帝に伝えろ。この問題、シルバーが預かったとな」

「そんな勝手が許されると思っているのか?」

「それが許されるのがSS級冒険者だ。それにあまり舐めないでもらおう。帝国の冒険者は皇族が思っている何倍も強い」


 そう言って俺は踵を返すと冒険者ギルドに巨大な転移門が出現する。

 俺はそこに足を踏み入れながら告げる。


「さぁ、稼ぎに行くぞ。ついてこい」


 その言葉と共に俺は転移した。

 転移した瞬間。

 辺り一面がモンスターで埋め尽くされていた。

 しかし、その中にあって立ち上がる少女が見えた。

 どう見ても絶体絶命のピンチなのに慌てず、騒がず。

 どうすればいいかを考えているんだろう。いつものように。

 そんなリンフィアの姿に苦笑しつつ、俺はリンフィアの周囲にいるモンスターを吹き飛ばす。

 これで突入してきた冒険者も少しは楽だろう。


「無事か? いつぞやの女冒険者」


 リンフィアの傍によると、リンフィアは驚いたように目を見開く。


「……どうしてあなたが……?」

「レイドクエストと聞いてな。ほかの奴らも連れてきた」


 俺の言葉の後。

 後ろで開かれた巨大な転移門から、馬鹿騒ぎしながら帝都支部の冒険者たちが突入してきた。

 元気なことだ。見たところ、敵モンスターの主力はスケルトン。

 それならここは彼らに任せても平気だろう。


「立てるならついてこい。稼ぎ時だ」

「はい……! シルバー……!」


 そう言ってリンフィアは立ち上がる。

 治癒魔法をかけてリンフィアを回復させると、俺はリンフィアと共に先を見据える。

 目指すはモンスターをかき分けるように進むレオと姉上のところだ。




■■■




「シルバー! ドラゴンゾンビです!」


 リンフィアの報告を受けて、俺は空を見る。

 腐敗した体を持つ十メートル超えのドラゴンが猛スピードでこちらに突っ込んできた。

 まったく。

 文献でしか語られてないモンスターだぞ。


「さすがに簡単には行かせてくれないか」


 俺は空に上がって、ドラゴンゾンビの迎撃に当たる。

 その間にリンフィアは帝都支部の冒険者たちと共にスケルトンを蹴散らし、レオたちのところへ迫る。

 まだまだ数では劣っているが、勢いはこちらにある。

 何体か出てきている高ランクモンスターさえ抑えれば街まで行くことはできるだろう。


「問題はあの黒い球体か」


 噛みついてくるドラゴンゾンビをいなしながら、俺は街の上空に出現している黒い球体を見る。

 あの黒い球体からはとんでもない魔力が発せられている。だが、それが攻撃に使われる形跡はない。


「なにに使われているのかって話だが」

「グギャァァァァァ!!」

「うるさいぞ」


 喚きながら突っ込んできたドラゴンゾンビを結界で包み、そのまま地面に落とす。

 スケルトンの大群の中に落としたから、スケルトンたちが衝撃で吹き飛ばされていくが知ったことじゃない。

 そのまま地面に落ちたドラゴンゾンビに向かって俺は右手を突き出す。


≪貫け――ブラッディ・ランス≫


 詠唱を短縮して即座に魔法を発動させる。

 巨大な血の槍が魔法陣から浮かび出て、結界に閉じ込められたドラゴンゾンビへと加速していく。

 当たる瞬間。結界を解くと血の槍がドラゴンゾンビを貫く。


「グギャァァァァァ……!!」


 高温を発する血の槍によって、腐敗した体はどんどん溶かされていく。

 その余波で周りのスケルトンも溶けていく。

 だが、全体で見ればごく少数。

 これだけの数のスケルトンを始末しようと思ったら、しっかり詠唱して大技を放つしかないな。

 そう思ったとき、膨大な魔力が膨れ上がったのを感じて俺はそちらを見る。

 黒い球体の傍。

 そこに一人の男が浮かんでいた。

 ただし、その男は自らの首を横に抱えていた。


「デュラハン……?」


 AAA級に相当するアンデッド系モンスターだが、あの男から発せられる魔力はそんなもんじゃない。

 あれは首なし人間ではあるが、特徴として似ているだけでデュラハンとは別物だ。

 その確信を抱き、俺はそいつが動く前に攻撃を仕掛けようとしたが、そいつは一気にレオたちのところへ移動してしまう。


「ちっ!」


 舌打ちをしながら俺はレオと姉上の傍に転移して、そいつが振り上げた剣の一撃から二人を守る。


「ぐっ!!」


 何重にも張った結界がかなり壊された。

 溜めのない攻撃でこの威力。間違いなくデュラハンじゃない。


「手助けなど頼んだ覚えはないぞ? 仮面の冒険者」

「いきなり大将首を取られるわけにはいかないのでな。我慢してもらおう。元帥殿」


 ジッと俺の方を見つめる姉上に俺は仮面の中で冷や汗を掻く。

 大丈夫なはずだ。

 この仮面は爺さんの秘蔵品。

 声や匂いはもちろん、相手に与える印象まで変える優れものだ。たとえ親しい家族でも俺だと気づくわけがない。

 姉上が不服そうな言葉を口にしつつも、目の前の男がまずい相手だとは察しているらしく、すっと俺から距離を取って別のモンスターを相手にし始めた。

 どうやらさすがの姉上も気づかなかったようだ。

 一方、レオはまだ俺の傍に留まっている。


「シルバーか……久々だね」

「元気そうだな。レオナルト皇子」

「ああ、会えて嬉しいよ。こんな戦場でなければゆっくり話をしたいところなんだけどね」

「残念ながらそれはまた今度にしよう」


 レオは頷いてそっと傍を離れた。

 俺はそれを確認すると目の前の男を見据える。

 ただ立っているだけだが、こいつからは人外の気配が漂ってくる。首のあるなしじゃない。根本的なところからこいつは人間じゃない。

 真っ黒に染まった目を俺に向けた男はフッと笑う。


「私の攻撃を受け止める者がいるとはな。驚いたぞ」

「俺もこんな攻撃を放つ奴がいるとは驚いた」

「生意気な人間だな。だがいい。久々の地上だ。これくらい楽しみがなくてはな」

「久々の地上?」

「そういえば名乗っていなかったな。私の名はフルカス。今はこの体を借りているが、私は悪魔だ」


 そう言ってフルカスは笑う。

 その笑みは人間から見れば残虐極まりない笑みだったが、本人は普通に笑っているつもりらしい。

 悪魔と聞けば、思い出すのは一つ。

 俺の曽爺さんの体を奪ったのも悪魔だった。

 あのときは討伐するのに近衛騎士団と勇爵家が総動員だったそうだ。


「魔界の住人である悪魔が地上に出てくるとはな。依り代があるあたり、召喚者がいるはずだが?」


 悪魔はこの世界じゃ原則、存在できない。例外は依り代を用意して、それに悪魔が憑りつくことだ。

 かつてはそうやって悪魔を支配下に置いた魔導師もいたらしいが、今では悪魔の召喚なんてやるやつはいない。

 悪魔を縛るのは非常に面倒だし、維持するのに大量の魔力がいるからだ。

 下手を打てば殺されるし、思い通りに操ることもできない。現代では廃れた魔法の一つといえるのが悪魔召喚だ。

 まさかそんなことをする奴がいるとはな。


「私に召喚者はいない」

「嘘をつけ」


 俺はチラリと黒い球体を見る。

 おそらく召喚者はあそこの中にいる。


「なかなか察しがいいな。だが、彼女は私に命令できる状態ではない。つまりいないも同然だ」

「だが、いないと困るだろ? 存在を安定させているのは間違いなく召喚者だからな」

「だとしたら?」

「あの黒い球体から召喚者を救い出すだけだ。この馬鹿みたいな数のモンスターたちも、お前を召喚した副産物だろ?」

「見事だ。ほぼ完ぺきな答えだ。たしかに街の中心には魔界とこの世界を繋ぐ穴ができており、私はそれによって召喚された。そしてその穴はどんどん広がり、魔界からモンスターが湧いてきている。すべて貴様の言う通りだ。一つを除いてな」

「なに?」

「召喚されたのは〝私たち〟だ」


 瞬間、いきなり強力な魔力の持ち主がこの場に出現した。

 振りむくとレオの傍に黒い服に身を包んだ男がいた。

 あいつも悪魔か!

 何て奴だ!

 俺が張っていた探知結界をすり抜けやがった!

 咄嗟に防御用の結界を張ろうとするが、その前にその男が振り下ろした剣は追い付いたリンフィアによって受け止められた。


「リンフィア!?」

「ご無事ですか、レオナルト殿下」

「ちっ!」


 男は決定機を防がれたことに苛立ちを見せながら、その姿を消す。

 攻撃速度はそこまで桁外れではなかった。おそらく完全に隠密型。しかし、この敵味方入り乱れる戦場では厄介すぎる。

 リンフィアのカバーに行こうとするが、フルカスが俺の行く手を阻む。


「邪魔をするなっ!」

「人間の邪魔をするのが悪魔なのだよ」


 そんなことを言ってる間に、リンフィアの後ろから黒い服の男が現れ、リンフィアに剣を振り下ろした。

 まずい。

 そう思ったとき、脳内に声が響いた。


『だめっ!』


 強い魔力を乗せられたその声はフルカスと黒い服の男の行動を一瞬で止めた。

 これは……?


「ちっ……私は退くぞ。バラム」

「了解した。この女は駄目なようだな」


 そう言ってフルカスは一旦、街まで退き、バラムと呼ばれた黒い服の男も姿を消す。

 まさか、今のは召喚者の声か?

 どう聞いても子供の声だったが。


「シンファ……?」

「なに?」

「今の声は……シンファ!?」


 リンフィアが珍しく取り乱したように街のほうを見る。

 フルカスは黒い球体の傍まで戻っている。

 さきほどの声の主が召喚者であるとするなら。


「声に心当たりがあるのか?」

「あの声はシンファ……攫われた私の妹の声です!」

「……なるほど。色々と読めてきた」


 何らかのアクシデントで力が暴走したんだろうな。

 攫われたということは虹彩異色。先天魔法を持ち合わせていても不思議じゃない。

 召喚系の先天魔法を持っており、それが暴走したなら説明がつく。

 あまりにも規模がデカすぎるが。


「君の妹はおそらくあの黒い球体の中だ。先ほどの様子を見る限り、君への攻撃を許さなかったようだ。そこらへんの分別がつくならどうにかなるかもしれない」

「助けられるんですか……?」

「君次第だ。とにかく、彼女を街まで送り届ける必要がある。転移は……さすがに危険だろうな。待ち伏せでやられかねん。地道に護送するしかない」

「そういうことなら僕らが道を開こう。元々、あの黒い球体をどうにかするのが目的だったからね」


 そう言ってレオが側近に目配せする。

 すると、一人の騎士が馬を降りてリンフィアに差し出した。

 リンフィアはそれを受け取ると、馬にまたがる。

 そして。


「あそこにシンファがいるなら……私は行かなければいけません。私は姉だから」

「中々好感の持てる理由だ。途中までは私が先導してやろう。ついてこい」


 姉という言葉に反応したのか、リーゼ姉上が笑みを浮かべてさっさと突撃していく。

 それにレオが続き、多くの騎士や兵士が続く。

 ただ街にたどり着くという大雑把な目的から、この場の全員がリンフィアを送り届けるという明確なものへと切り替わった。


「シルバー……私の名はリンフィアといいます。しがない辺境の村の出身で、ただの冒険者です。シンファは私の妹で、流民の村の子です。それでも……全力で助けてくださいますか?」

「無論だ。あまり無粋な質問をするな」


 そう言うとリンフィアは小さく笑って馬を走らせる。

 さて、俺は周りの雑魚どもを追っ払うとするか。

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