第八十一話 悪魔現る
あと十人で三万人!
正座待機(/・ω・)/
「アベルさん! 無事ですか!?」
「なんとか、な!!」
アベルはリンフィアに答えながら、スケルトンを蹴り飛ばす。
弧を描く形で敵の半包囲に対抗していた戦線は崩壊した。
レオはそれに対して、撤退を選ばず自分を中心として方円陣形を敷いた。
それにより、ほぼ敵に包囲されることとなったが戦力を保ちつつ、この場に留まることには成功した。
しかし、包囲されているため休む暇がなく、さきほどからリンフィアやアベルといったこの場では上位の冒険者や近衛騎士が奮戦して何とか持ちこたえているのが実情だった。
「リンフィア、これはいつまで続くんだ?」
「そろそろ動くと思いますが……」
「お前にもわからんか」
アベルはそう言いながら周囲を見渡す。
少しずつだが味方がやられ始めた。なんとか円の内側に引き込んでいるため死亡者は出ていないがこのままでは戦える者がいなくなる。
「撤退した人たちが気を利かせて戻ってきてくれると助かるのですが」
「臆病風に吹かれた奴らに期待するだけ無駄だろ」
レオの下に集まったのはおよそ千人。
残りの千人は戦線が崩壊したことで撤退した。
そのほとんどが騎士たちであり、冒険者の多くはレオの下に残った。自らの意思でレイドクエストに参加した冒険者と領主の命令で派遣された騎士たちの意識の違いが現われてしまったのだ。
もちろん、残った騎士たちも大勢いるが、撤退した騎士たちがいればまた違った状況だったと思わずにはいられなかった。
特にアベルが気に入らないのは、レオの傍にいたはずの近衛騎士が何名か見えなくなっていることだった。
「ちっ! やっぱりこんな依頼を受けるんじゃなかったぜ! こっちに来てから胸くそ悪い思いばかりしてる!」
「ではなぜ逃げないんです?」
「馬鹿なこと言うな。俺たちは冒険者だ。一度受けた依頼を放棄できるか!」
「これは依頼外では?」
「俺たちが受けた依頼は村を守ることだ。このモンスターをどうにかするためにも、あの皇子を守るのが一番だろ?」
アベルの言葉に傍にいたパーティーメンバーも同意する。
冒険者の中でも手練れに分類されるアベルと違って、ほかのパーティーメンバーは傷だらけだった。それでも彼らは笑みを浮かべる。
絶体絶命の状況で暗い顔をしても意味がないことを彼は知っていた。
「リーダー! これが終わったら皇子にもっと報奨金をよこせって言ってくださいね!」
「そうだそうだ! 割に合わん!」
「まったくだな。そうしよう」
アベルたちがそんな軽口を叩いたとき。
方円の中央にいたレオも呟いた。
「来たか」
その言葉と同時に北方から騎馬隊が迫ってきていた。
それは撤退した騎士たちの一部だった。
「方円を解除! バッサウに突撃する! 全員続け!!」
レオは温存していた騎士たちを率いてバッサウに向かって突撃していく。
そんなレオに合流するように北方から来た騎馬隊もスケルトンの軍団に突撃し、中に侵入していく。
「おいおい!? なんだこれ!? 気が変わったのか!? あいつら!?」
「レオナルト殿下の仕込みですね」
「仕込み?」
「わざと近衛騎士の一部を離脱させて、彼らに撤退した騎士たちを率いさせたんです。撤退した騎士たちの中には、流れで撤退した人や状況が分かってない人もいたでしょうからね」
「あの慌ただしい中でそんなことしてたのか……」
「あの状況、まず初めに思い浮かぶのは撤退のはずです。だけど、レオナルト殿下は撤退を初めから排除していた。だから冷静に次の手を打てたんでしょう」
「逃げてくれればこっちは楽だったのになぁ」
「そうですね。さすがは帝位を狙う人です」
リンフィアはそうレオを評すと先を行くレオを追っていく。
先頭を行くレオが切り開き、続く騎士たちが広げた道を今度は冒険者たちが進んでいく。
目指す先は黒い球体が浮かぶバッサウだった。
■■■
「殿下! お下がりください! もう十分です!」
「どこも十分じゃない!」
先頭を行くレオに下がるように近衛騎士が進言するが、レオは頑なに先頭を譲らなかった。
獅子奮迅の働きでスケルトンを斬り飛ばし、道を切り開いていく。
士気は十分に上がった。あとは近衛騎士たちが代わりを務めればいいだけ。
別動隊も近くまで来ており、合流できればより推進力は増す。
レオが頑張る理由はどこにもないように思えた。
「ならばせめて二列目、三列目に!」
「馬鹿なことを言うのはよせ! 寄せ集めの騎士と冒険者、彼らを危地に追い込んだのは僕だ! それでも彼らはついてきてくれる! それは僕が先頭を走っているからだ! 安全地帯で声を張り上げる者に誰がついてくる!?」
レオに一喝された近衛騎士は言葉を失う。
これまで抱いてきたレオの印象とは全く違う姿をレオが見せたからだ。
武芸に優れていても、レオは猛々しさとは無縁だった。育ちのよい優しい皇子。そんな印象を誰もが抱いていた。
だが、今、先頭を走る姿はまさしく一軍の将そのものだった。
「殿下……」
「黙ってついてくるんだ! 必ずここを突破する!」
そう言ってレオはさらに馬の脚を速める。
すると別動隊が合流し、レオたちの勢いはさらに増す。
遠目に見える程度だったバッサウがしっかりと見えるところまで来た。
「バッサウは近い! 皆、力を振り絞れ!」
そうレオが号令をかけたとき、何者かがレオに向かって剣を振るう。
何とかレオはその剣を受け止めるが、馬の脚は止まってしまう。
そしてレオが止まるということは、全体が止まるということだった。
ここはモンスターの海の真っただ中。
止まることは死を意味していた。
なんとか先を急ごうとするレオだが、レオの前に立ちはだかった男はレオを先には進ませない。
「何者だ!?」
「ふっ……何者だろうな?」
そう言ったのは黒い服に身を包んだ男だった。
その男は屋敷の地下でデニスを殺した教官だったが、その目は真っ黒に染まっていた。
本来、黒くないはずの部分まですべて黒。
明らかにおかしい男だったが、それ以上にレオはその男の実力に手を焼いた。
強いなんて言葉で片付けていいレベルではなかった。
苦戦するレオを見かねて、周りにいた近衛騎士たちも加勢するが、それでも押し切れない。
「くっ!? なんだこいつ!?」
「なぜこんな強者がここに!?」
レオはもちろん、帝国の精鋭である近衛騎士たちも並みの使い手ではない。
彼らが数人がかりでも傷一つつけられない男。
世に名を轟かせていてもおかしくないほどの腕前だった。
「何者だ?」
レオは再度問いかける。
なぜなら周囲のスケルトンが男に攻撃する素振りすら見せなかったからだ。
「名を訊ねるならばまずは自分から名乗ったらどうだ?」
「……レオナルト・レークス・アードラー。帝国の第八皇子だ」
「なるほど、皇族か。ならば私も名乗ろう。私の名はバラム。貴様ら人間の呼び方を借りるならば悪魔だ」
「悪魔!?」
それは衝撃的な発言だった。
悪魔はこことは異なる世界、魔界の住人と考えられており、多くの場合は人間より遥かに強い力を持つ存在だ。
幾度か魔導師が召喚しては大陸に災厄をもたらしてきたと伝えられており、かつて勇者が討伐した魔王も悪魔だったと言われている。
その悪魔がこの地に現れた。
なぜ?
「まさか……このモンスターたちは魔界から来たのか……?」
「御名答。これは尖兵だ。この街の中心で魔界とこの地を繋ぐ召喚門が開かれた。いずれ大量の悪魔がこの地にやってくるだろう。貴様らに明日はない」
「ならば閉じるまでだ!」
そう言ってレオはバラムに斬りかかるが、バラムはレオの剣を軽々と受け止める。
「諦めろ。封じる手などない」
「残念ながら諦めないと決めたばかりなんだ!」
「ふっ、愚かだな。もはや手遅れだ」
「――そうとも限らん」
澄んだ声が響く。
それと同時にバラムの左手が宙に舞った。
バラムは咄嗟に距離を取り、自らの左手を斬り飛ばした相手を見た。
「女……何者だ?」
「帝国軍元帥、リーゼロッテ・レークス・アードラー。レオの姉だ」
「姉上……!?」
レオは目を見開いて久しぶりに見たリーゼを凝視する。
覇気に包まれ、青いマントを翻す。
それはまさしくレオの記憶にあるリーゼだった。