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第七十九話 蒼鴎の救援

うーん、風邪気味(´・ω・`)




「さぁ、公爵。ゆっくり休んでください」


 俺はユルゲンたちと共に近くの休息地にいた。

 元々はユルゲンが一時的な休憩地点として作った場所だが、今はなかば野戦病院だ。

 ボロボロの騎士たちがどんどんやってきて、俺はしばらく必要な治療を行っていた。


「すみません……殿下……」

「何を謝っているんですか?」

「殿下も弟君を助けにいきたかったはずなのに……僕が不甲斐ないせいで」

「不甲斐ない? あなたが?」


 小屋の中で鎧を外して横になっているユルゲンは悔し気に告げる。

 その言葉に俺は苦笑する。

 今のユルゲンが不甲斐ないなんて言う奴はいないだろう。


「今日のあなたは立派だった。不甲斐ないと笑う者がいれば姉上が斬るでしょう」

「ですが……あなたは……」

「俺はいいんですよ。俺が残ったことで姉上が前に進めるならそれで十分役目を果たしたと思っていますよ」


 俺がそう言うとユルゲンは、そうですかと小さく呟き、ゆっくりと目を閉じる。

 不眠不休で走っていたせいで眠気が襲ってきたんだろう。


「お疲れ様でした、公爵。あなたを義兄上と呼ぶ日も遠くないかもしれませんね」


 眠るユルゲンにそう告げると俺は腰をあげた。

 幸い、あちこちに散っていたユルゲンの騎士たちがこの場に集結している。

 あとは彼らに任せるとしよう。

 俺はユルゲンが寝ている小屋を出ると、俺用に割り振られた小屋へ向かう。

 そして人避けの結界を張って、中に寝ている姿の俺を幻術として残す。

 人避けの結界は遠隔発動させると大して効果を発揮しないが、疲れている人間相手なら十分に有効だろう。そのうえで許可なく皇子の部屋に入る人間はいないだろうが、ユルゲンなら起きたときに入ってくるかもしれない。フィーネも入ってきたし、公爵家の人間には注意しなければ。

 そんなことを思いながら俺は小屋の中から帝都の隠し部屋に転移する。

 すると心得たように俺の執事が待っていた。


「お帰りなさいませ、アルノルト様」

「準備は出来てるな?」

「もちろんです」

「よろしい。行くぞ、暗躍の時間だ」


 そう言って俺はいつもの服と仮面を被って、シルバーに変身したのだった。




■■■




「状況は?」

「南部で謎の球体が発生し、そこを起点として大量のアンデッドモンスターが出現しているそうです」

「レオは?」

「冒険者ギルドの情報ではご無事だそうです。レオナルト殿下は冒険者ギルドに対して、レイドクエストを依頼し、モンスターに対応しています」

「レイドクエスト? なるほど。リンフィアの案だな」


 渡した金を有効に使ってくれたらしい。

 やはりリンフィアに預けたのは正しかったな。

 冒険者らしく機転の利いた案だ。


「父上の対応は?」

「それが……問題が発生しました。皇帝陛下は軍に命令を出して南部への援軍に向かわせ、周辺の領主にもレオナルト殿下を援護するように命令を出しましたが、近衛騎士団は動かしていません」

「クリスタとリタを助けるときに何かあったか?」

「……なぜ助かった前提で話しているのですか?」

「エルナがしくじるわけがない。クリスタが特定人物の死を見たときはほぼ不可避だ。昔、クリスタが侍女の死を見たとき、俺は結界を張った家に侍女を移して守ろうとした。しかし、結局はクリスタが見た光景は現実となった。俺が侍女を守ることも込みでの予知だったわけだ。どう動いたってその未来の光景はやってくる。だから考えうるかぎり、最強の人間を傍においた。エルナなら力技でどうにかできるはずだからな」

「なるほど。その策は確かに当たりました。クリスタ殿下とリタ殿は無事です」


 セバスの言葉に俺は静かに頷く。

 あえて未来が確定的に来ることを言わなかったのが吉と出たか。

 どう動いてもその未来が来てしまうとわかってしまうと、積極的な動きができなくなる。そのせいで死が近づいたらどうしようと思ってしまうからだ。それでは未来に介入はできない。

 だから俺はエルナに賭けた。

 エルナならどうにかしてくれると思ったからだ。


「ですが、エルナ様はクリスタ殿下を危険に晒した罪で近衛騎士を解任され、屋敷での謹慎を命じられてしまいました。そして皇帝陛下はそのせいで近衛騎士団を動かさないのです」

「そうか……エルナが……ちゃんと埋め合わせしなくちゃだな。しかし父上は城の守りを優先させたか。まぁ皇女が危険に晒された直後なら当然だな」

「やはりアルノルト様が戦力として期待するのは冒険者ギルドですか」

「やはり?」


 セバスの言葉が引っかかり聞き返すと、セバスは静かに頷く。

 まるで俺の考えがわかっていたような言動だ。

 たしかに俺は帝国の戦力を当てにしていなかった。

 帝国は巨大ゆえに緊急事態の即応性は期待できない。そんなことは皇族である俺がよくわかっている。南部で異常事態が起きたからといって、すぐに軍が動けるわけではないのだ。

 外側の侵攻なら国境守備軍はすぐに動くが、内側での異変は想定されていない。

 中央が対応するのか、南部の軍が対応するべきなのか。どちらも判断に困るわけだ。

 皇帝の命令が瞬時に伝われば別だが、帝都と南部国境は離れすぎている。意思決定を伝えるだけでも一苦労となる。

 その点、冒険者はフットワークが軽い。こういうときは軍や領主の騎士たちよりも頼りになる。


「まぁたしかに冒険者を当てにしていたが、どうしてわかった?」

「フィーネ様がきっとそうだと言って、事前に動いていました。フィーネ様は帝都や周辺の冒険者にレオナルト殿下のレイドクエストに参加するように呼び掛けています」

「フィーネが?」

「根拠はないそうですが……」

「フィーネらしいな。じゃあ帝都支部には冒険者が集まっているんだな?」


 俺の言葉にセバスは頷く。

 そういうことなら話が早い。

 南部の状況次第だが、帝都の冒険者たちを連れていけるならデカい。


「それじゃあ行ってくるとするか」

「了解いたしました。私はフィーネ様の護衛につきます」


 頼むと告げて、俺は支部の入り口付近に転移する。

 いきなり現れた俺に支部の近くにいた人間たちはギョッとするが、構わず俺は支部に入ろうとする。

 だが、それと同時にギルド内から帝都に向けて音声が流れた。


『帝都に住む皆さん。お騒がせしてすみません。私はフィーネ・フォン・クライネルトと申します。今、冒険者ギルドでは南部から発せられたレイドクエストに参加する冒険者の方々を求めています。どうか冒険者の皆さまにお願いします。お力をお貸しください。南部で苦しむ人たちがいます。その人たちを救うために皆さまの力が必要なのです』


 フィーネの演説が帝都中に流れた。

 その演説を聞き、俺は笑みを浮かべる。

 フィーネらしい演説だ。命令ではなく、真摯な願いは他者の心を動かす。


『こちらは冒険者ギルドです。ただいま、フィーネ様がご説明したとおり、ギルドはレイドクエストの依頼を受けています。クエスト名は〝蒼鴎の救援〟。B級冒険者以上なら誰でも参加可能です! 久しぶりのレイドクエストです! 稼ぎ時ですよ! ご参加ください!』


 ギルドの受付嬢だろう。

 こちらもらしいといえばらしい宣伝だ。

 にしても蒼鴎の救援か。たしかにクエスト名はギルドが決めるが、安直だな。

 だが、ノリのいい冒険者たちが相手ならこれでいいのかもしれない。

 蒼鴎姫のために戦えるなら喜んでいくだろうしな。


「おっと? シルバーまで出張ってきたのか? こりゃあ大事だな」


 そう言って俺に声をかけてきたのはガイだった。

 急いで支度してきたんだろうな。寝ぐせがついているし、服も乱れてる。


「君も参加するのか?」

「当然だろ? あの蒼鴎姫にお願いされたら男なら断れないぜ!」


 そう言ってガイは気持ちのいい笑顔を見せた。

 そんなガイに俺はため息を吐きそうになる。

 だが。


「それに南部にはダチの弟がいる。助けてやらなきゃならんだろ?」

「そうか……」


 ガイはニヤッと笑って支部に入っていく。

 すると慌ててやってきただろう冒険者たちがどんどん集まってきた。

 参加者だけじゃなく、応援にだけ来た奴もいるだろう。

 そんな冒険者で一杯な支部に俺は足を踏み入れる。

 俺を見た瞬間、喧噪に包まれていたギルドが一瞬で静まり返った。

 その中で参加者の名前を記入していた受付嬢だけが言葉を発する。


「お、お名前とランクを」

「SS級冒険者、シルバーだ。レイドクエストに参加しにきた」


 緊張した様子で受付嬢が俺の名前を記入した。

 いくら冒険者ギルドでも南部へすぐに移動する手段はない。それでも支部に冒険者を集めたのは俺という存在がいるからだ。

 冒険者たちもそれがわかっていたんだろう。

 待ち人来る。

 そんな様子で冒険者たちが一斉に声をあげた。


「やっと来たか! シルバー!」

「あんたがいれば千人力だぜ!」

「さっさと助けに行こうぜ!」


 わいわいと叫ぶ冒険者たちの奥。

 ギルドの職員がいる場所にフィーネが姿を見せた。

 そしてフィーネは柔らかく微笑むと俺に向かって一礼した。

 言葉はない。それでも伝わるものが俺たちにはあった。

 俺は静かに頷くとギルド全体に聞こえるように告げた。


「レイドクエストの指揮はだいたいランクが一番高い者が務める。この場合は俺だが異論は?」


 誰も異論など挟まない。

 当然といえば当然だ。帝都支部の最高ランクはSS級だが、その下はAA級まで落ちる。

 だが、頼りないかというとそうではない。

 彼らは彼らなりに帝国を守ってきた歴戦の冒険者だ。


「異論はないな。では指揮は俺が執る。全員の命、預かるぞ」



 返事はない。

 その代わり大歓声が支部全体に響き渡った。

 士気は上々。これなら戦える。 

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