第七話 天敵は勇者
「厄介なことになりましたな」
「まったくだ。今回の一件、俺たちにはピンチだぞ」
次の日の朝。さっそくセバスとフィーネを部屋に招いて作戦会議を開いた。
セバスはさすがに事態の深刻さを理解しているらしい。
「ピンチ? チャンスだと思うのですが……騎士は陛下が平等に割り振るわけですし、レオ様の優秀さはアル様が一番知っているのでは?」
「はぁ……」
「い、今のため息は馬鹿にしていますね!? さすがにわかります!」
喚くフィーネに仕方なく俺は説明を開始する。
実際、フィーネの考えは間違ってない。半分だけ合っている。
「今回の一件、チャンスでもあるが、同時にピンチでもあるんだ。チャンスというのは、レオが全権大使になる可能性があるってところだ。ピンチっていうのは、ライバルである三人のだれかが全権大使になると俺たちはやっと見えた背中が遠のくところだ。第四勢力とはいえ、まだまだほかの三人には及ばない。三人のうちの誰かが全権大使になったとしても、ほかの二人はどうにか食らいつけるが、俺たちはそこまでの地力はない。よほどの異変が起きないかぎりは帝位争いから脱落することになるだろうな」
「そ、そうなのですか!? た、大変です! 早くなんとかしなくては!」
あわわといって慌て始めるフィーネは椅子から立ち上がって部屋の中をうろつく。
それを放っておいて俺はセバスに訊ねる。
「情報は集まったか?」
「あまり多くはありませんな。騎士団も昨日聞かされたばかりだそうです。ほぼ皇帝陛下と側近の方々だけで決められたのでしょう」
「そうなるといよいよもって小細工は難しいな。勝敗の行方は候補者たちの実力と運次第か……」
レアモンスターに出会えるかどうか。これは本当に運となる。
どれだけ実力があっても発揮する機会がなければ意味がない。
「もう一つ情報が。騎士団の予想では開催地は帝国東部だそうです」
「東部? どうしてだ?」
「東部が最もモンスターの被害が甚大で、冒険者の討伐が追い付いていない地域だからだそうです。また、そのほかの地域には騎士隊が派遣されていますが、東部だけは手付かずなのだとか」
「あえて残して東部を祭りの開催地にするか。たしかに父上ならやりかねないな」
さすがに帝国全土でモンスターを狩るわけにもいかないし、どこかに絞るだろうとは思っていたが、東部か。モンスターで被害を受けた地域も祭りの中心となれば観光客などで賑わう。復興も容易になるというわけだ。
父上らしいといえば父上らしいな。
「流れとしては東部で騎士たちが数日にわたってモンスターを狩り、その中で自信の一体を各騎士隊が選抜。それを皇帝陛下がお確かめになり、優勝者を決めるそうです。すでに話は広まり、東部に商人が流れ始めているとか」
「商売のチャンスだからな、商人は逃さないだろうさ。これは祭りの規模もデカくなるな……各地から有力者も見物に来るだろうし、厄介なことになるぞ」
「ア、アル様! 作戦を思いつきました!」
「聞くだけ聞こう」
フィーネがポンと手を叩いたあとに挙手して発言を求めてきた。
期待できないが聞かないのももったいない。フィーネは策謀には向いていないだけで馬鹿ではない。
なにか妙計を思いつく可能性も。
「アル様が一位になればいいと思います!」
「ほんのちょっとだけ期待した俺が馬鹿だった……」
「フィーネ様。アルノルト様は無能を演じなければいけません。ここでいきなり頭角を現してはさすがに不自然です」
「あ、そうでした……で、ですがそれ以外に確実な道はないのでは……?」
フィーネの言う通り、俺が一位になるのが一番確実だ。なにせシルバーが参加しているんだ。ほかの候補者はもちろん騎士たちだって相手にはならない。
だが、そんなことをすればこっちは切り札を失うし、レオを皇帝につけるのも難しくなる。俺が担ぎ出されたりすれば貴重な票を分けることにもつながる。
どう考えても悪手だ。
「それ以外の手を考えるぞ」
「ですが、この状態から我々に打てる手はほとんどありません。ほかのお三方ならば東部にレアモンスターを誘導する、もしくはレアモンスターの位置を把握しておくといった手も使えるでしょうが、それをするには我々には人材が足りません」
「わかってる。向こうは必ずそれをしてくるのもな。似たようなことはできる。俺がシルバーとしてモンスターを東部に追い込めばいい」
「だ、駄目です! そんなこと!」
俺の案にフィーネが真っ先に反対した。
その対応に俺とセバスは苦笑する。
やっぱりレオみたいな子だな。
「そうだ。そんなことをすれば祭りが始まるまで東部の民が被害を強いられる。だから俺たちはそんなことはしない。レオもそんなことは絶対に認めないだろう」
個人的な感情でいえば絶対にやりたくない作戦だ。冒険者としての矜持にかけてやりたくはない。だが、しなければいけないならするかもしれない。しかし今は違う。レオ以外の候補者が全員暴君になるというなら話は別だが、今のところかかっているのは俺やレオ、そして母の命くらいだ。さすがに我が身や親族の身可愛さに民を苦しめるわけにはいかない。
「そうですか……よかったです」
ホッとしたようにフィーネは息をつく。そして、すぐにハッとして頭を下げてきた。
「ま、また軽率なことを……! 申し訳ありません! アル様がそんなことするわけがないのに!」
「いいさ。君は思ったことを言えばいい。君の意見は常に正道だからな」
「どういう意味ですか……?」
「そのままのフィーネ様がお好きだという意味ですよ」
「ま、まぁ!!」
俺が言ったわけでもないのに、フィーネは赤くなった顔を両手で押さえる。
照れるのは勝手だが、今のはセバスが言ったことだ。断じて俺の言葉ではない。
「好きといった覚えはないんだが?」
「ではお嫌いですか?」
「いや、それは……」
「では、お好きということで。よかったですな。フィーネ様」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるフィーネを見て、俺は毒気を抜かれた。
結局、その日は良い案が浮かばずに各自持ち帰って考えることとなった。
■■■
次の日、俺はシルバーとして依頼を受けていた。
高ランクの依頼が入ったと冒険者ギルドから連絡を受けたからだ。
月に二度も俺が動くことなんてこれまでほとんどなかった。帝国にモンスターが大量発生しているのは本当みたいだ。
まぁとはいえSS級冒険者の俺を手こずらせるほどのモンスターが現れたわけじゃない。現れたモンスターは赤いケルベロス。やたら強く、多くの冒険者を返り討ちにしている個体であり、ギルドから賞金首に指定されている。ランクはAAA級。以前倒したキング・ミノタウロスと同じレベルだ。
ケルベロス自体、レアモンスターであり帝国に生息しているモンスターではない。こいつも冒険者から逃げてきて帝国に入りこんだモンスターというわけだ。
この忙しい時期に帝国に迷い込んでくるなよと思いつつ、俺はそのケルベロスをさっさと討伐した。
さすがに一撃では死ななかったが、三発ほど魔法を叩き込んだら絶命した。最後の一撃によって体はほぼ残ってなかったが、牙が残っていたのでそれを証拠として持ち帰ることにした。
そんな冒険者らしい作業をしていると、少し離れたところから騎馬隊がこちらに向かってきた。
かなり速度を出している。どこの騎馬隊だ? この近くの領主にはギルドからシルバーがケルベロスの討伐に向かったと知らされているはずだが……。
「そこの人! さきほどの爆発はあなたの仕業?」
「だったらなんだ? まずは名乗ったらどうだ?」
背中ごしにきた質問に答えながら俺は牙を回収して、騎馬隊のほうを振り向く。
そして硬直した。
そこにいたのは予期せぬ人物だったからだ。
「……!?」
馬に乗っていたのはハッとするほど美しい少女だった。
長い桜色の髪に翡翠の瞳。真っすぐ伸びた背筋と強い眼差しは流麗にして力強い剣を思わせる。
俺はその少女のことを知っていた。よぉく知っていた。
ここ数年はまったく関わりがなかったため、声だけでは気づかなかったが姿を見ればすぐわかった。というか、この帝国において桜色の髪と翡翠の瞳の組み合わせといえば一つの家しかない。
「私は近衛騎士団所属、第三騎士隊隊長のエルナ・フォン・アムスベルグよ。ケルベロスの知らせを聞いてやってきたのだけれど、もしかしてあなたが討伐したのかしら?」
アムスベルグ。
その名を聞いただけで周辺諸国は震えあがる。
五百年ほど前に大陸を震撼させた魔王を討伐した勇者の血筋だ。
魔王討伐後、時の皇帝はなんとか勇者を帝国に引き留めたいと願ったが、勇者は公爵も侯爵も伯爵の地位もいらないと言って、褒美を断って旅に出ようとした。そんな勇者に皇帝は一計を案じて、大陸唯一の爵位を与えることで帝国に留まらせた。
その名は〝勇爵家〟。帝国貴族の中では最上位であり、その当主の格は皇子より上とされ、実質的に皇帝以外に膝をつくことはない。
だが、だれもその待遇に文句は言わない。その破格の待遇に相応しい、いやそれ以上の戦果を数百年に渡ってあげ続けている家だからだ。
帝国の守護者。そう評される〝アムスベルグ勇爵家〟の跡取り娘がこのエルナだ。
そして幼い頃、イジメられる俺を助けては軟弱、弱虫といってスパルタ教育を施し、苦手意識を植え付けた天敵でもある。あえて言おう、あれこそイジメだったと。
その苦手意識から俺は一歩後ずさり、すぐに声が出なかったが今は銀の仮面で素顔が隠れていることを思い出して気を取り直す。
そうだ、今の俺はアルノルトではなくシルバーなんだ。
エルナといえど恐れるに足らず!
「見てわからないのか? 勇爵家の御令嬢はあまり目がよろしくないようだな」
「なんですって……?」
あ……。
し、しまったー!!??
長年の鬱積でつい煽り口調になってしまった!?
や、やばい!!
「その恰好から察するにあなたがSS級冒険者のシルバーかしら? 少し活躍しているだけで随分と調子に乗っているようね?」
ニコリとエルナは笑う。
だが俺は知っている。エルナはよく笑いながら怒る。あれは怒っている笑みだ。
ま、まずいぞ……。エルナと事を構えることに得なんてない。ここは上手く誤魔化すしか……。
「帝都に居座り続けて、最近じゃ帝都の守護者なんて言われているようね? それはあれかしら? 我がアムスベルグ家への挑戦状ということでよいのかしら?」
「帝都の守護者というのは民が言っているだけだ。俺が名乗ったわけじゃない。それに帝国の守護者という異名にも興味はない。安心しろ」
よ、よし。こ、これでどうだ。
俺は敵じゃないというアピールに……。
「我がアムスベルク家が小さな異名に拘ってると言いたいのかしら? それともそもそも眼中にないと言いたいのかしら? どっちにしろ、今のも挑発よね?」
あー!!??
もうダメだぁ! 最初の印象が悪すぎて何を言っても悪く取られてしまう! そもそもエルナはスーパー負けず嫌いだ。一度でも喧嘩を売られたら相手を叩きのめし、完全勝利するまで満足しない。
くっ! こうなったら!
長年の鬱憤を晴らしてしまおう。もはや友好関係を築くのは不可能みたいだし。
開き直った俺はエルナを鼻で笑う。
「ふっ、どうやら君はかなり俺のことを意識していたようだな。勇爵家はよほど名声が大事と見える。誰かが称賛されるのも許せぬとは小さいことだ」
「なっ!? このっ! 我が家への無礼は許さないわ!」
「無礼はそちらでは? 俺はギルドからの依頼を受けて、このモンスターを討伐していた。しかし、俺が討伐していなければ君が狩るつもりだったと先ほどの言葉は聞こえるが? それは明確な冒険者ギルドへの挑発では?」
「そんなつもりじゃ! ただ私は民を思って!」
「隊長。ここはお下がりを。情報の行き違いがあったとはいえ、冒険者ギルドから依頼が出ていたとなれば非は我らにあります。それに帝都に急がねばなりません」
「くっ……! シルバー! 覚えておきなさい! 帝国を守るのは我が勇爵家であり、騎士たちであり、兵士たちよ! 決して冒険者ではないわ!」
「一応覚えておこう。すぐ忘れるかもしれないがな」
「このっ……!」
激昂寸前で去っていくエルナを見て、俺はやってしまったーと思いつつ、長年の鬱憤を晴らせて非常に晴れやかな気分だった。
エルナは十一歳で近衛騎士団に入団した天才中の天才だ。重要任務を任されることが多いため、騎士になってからはほとんど会っていなかった。たまに会っても時間がないため、少し会話があるかどうか程度。
しかし、そのエルナを手玉にとれた。いやぁ気分がいい! いじめっ子に復讐するいじめられっ子の気分がよくわかる。
「余計な敵を作ったことに変わりはないけど……」
なにやってんだ、俺は……。
これでアムスベルク勇爵家と敵対したら完全に俺のせいだぞ……。
「まいったなぁ……」
頭をかきながら俺はとりあえず帰路につくのだった。