第七十二話 南部の現状
3月24日は風邪気味なのでお休みしますm(_ _)m
「はじめまして、村長。第八皇子、レオナルト・レークス・アードラーです」
そう言ってレオは村の中で一番大きな家に住む白髪頭の老婆に頭を下げた。
村長と呼ばれた老婆は小さな体を震わせながら頭を下げて応じる。
「ヒーナ村の村長……マオと申します。このような村に皇子殿下自らご足労、ありがとうございます」
「いえ、どのような村でも帝国の村です。皇族はすべての民に責任がありますので」
そう答えながらレオは柔らかく微笑む。
そんなレオの言葉を聞いて、家の中にいたもう一人が口笛を吹く。
「驚いたぜ。双子でここまで違うのか?」
「兄さんはどう映りましたか?」
「偉そうだったな」
壁に寄りかかっているのは赤い髪の男。
アルの要請で冒険者たちを率いて村の護衛を引き受けていたアベルだ。
冒険者らしく歯に衣着せぬ物言いをするアベルを見て、レオは好ましい印象を受けた。
「そうですか。じゃあ普段の兄さんを見ると驚くかもしれませんね」
「だといいけどな。馬鹿みたいな報奨金で辺境の村の護衛を頼みやがって、あの皇子。ここに来るまでどんな怪物が出るのかと全員で怯えてたんだぜ?」
「どうでしたか?」
「怪物はいない。平和な村だ。ただ、聞いてたとおり人攫いらしき奴らは出る。俺たちが村を固めてるのを見て、村人に手を出したりはしてこないがちょくちょく姿は見る。でも、馬鹿みたいな報奨金には釣り合わない。手軽な
それは冒険者にとっては良いことのはずだが、アベルはどこか不満そうだった。
そこにプロ意識を感じてレオは苦笑する。
報奨金が安ければ怒り、高すぎれば不満を抱く。冒険者とは厄介な存在だ。しかし、彼らのような自由に生きる人たちがレオは好きだった。
「大変なのはこれからです。僕はこれから人攫い組織を追います。おそらくこの村を治めるべき領主も関わっているでしょう」
「ほう? その根拠は?」
「僕はあえて領主の街には寄りませんでしたが、寄る素振りは見せました。そのとき領主は大層慌てて怪しい動きをしたそうです。辺境の村を認知せず、村の要請を無視しただけなら僕を歓迎する動きを見せるしかありません。しかし、領主は誰かと連絡を取ろうとしたんです。その動きは疑惑をより深めさせるには十分です」
「気張りすぎただけかもしれないぞ?」
「そうかもしれません。しかし、僕が来た時点で南部の貴族には僕の目的が伝わっているはずです。気づいていないで見逃しただけなら、最低限の対応をしようとするでしょう。事実、ほかの国境付近の領主は流民の村への対応を行っています。ですが、その領主はまだ動いていません」
「寄り道してると思ったが、意外にいろいろとやってたんだな。噂どおり優秀だ」
「その評価はどうでしょうか。僕はまだ何も成せていませんから」
レオはそう言って視線を落とす。
それはレオの率直な感想だった。
狩猟祭の時、騎士を率いたものの決定打にはならなかった。全権大使として二か国の信頼を勝ち取ったのもレオではなく、レオに扮したアルだった。
帝位争いに加わってから、自分は何も成してはいない。
ゆえにレオは今回の一件に並々ならぬ思いを抱いていた。
誰かに皇帝につけてもらうわけにはいかない。自らが皇帝になるという意志を見せ、行動に移せない者は皇帝に相応しくない。
南部辺境の問題すら解決できないならば、皇帝など夢のまた夢だ。
そんな思いから出た言葉だった。
「まぁあんたがそう思うならそうなんだろうさ。慢心しないのは良いことだ。ただ事件解決を急ぐあまり、本質を見失わないでくれよ?」
「もちろんです。一番に考えるのは村のこと、そして攫われた方々のことです」
「……リンは優しい子です……。自分が一番辛いのにそういう素振りを見せず、村のために動いてくれました」
「……リンフィアには何も聞いていません。ただわざわざ村を離れた以上は、何か大きな出来事があったのだろうなと想像していました」
「はい……一番最初に人攫いがあったのは今から十一年前。リンの三つ上の姉でした。リンがまだ五歳の頃です。そして最後に攫われたのはリンの六つ下の妹。リンが病で寝込んだ日のことでした……」
「姉妹が人攫いに……」
「姉妹の中であの子だけが
そう言って村長は深く深くため息を吐いた。
流民たちも好きで流民になったわけではない。
帝国に入ってきた流民の多くは南部の戦国時代に住む場所を追われた者たちか、ソーカル皇国が進めた亜人排除政策の巻き添えを喰らった者たちだ。
帝国は流民に対して寛容だ。しかし、それは優秀な亜人たちを取り込みたいからであり、人間だけを取り締まるわけにもいかないからだ。優秀な技術を持つ亜人は各地で活躍できるが、そうでない者は細々と辺境で忍ぶしかない。
十一年前まで彼らはいないものとして扱われていたのだ。しかし、皇帝の宣言が状況を変えた。
流民たちは喜んだが、それで何もかもが変わるわけではなかった。
皇帝は当時、帝国にいた流民を帝国臣民と認め、認知してから五年間の税を免除することとした。それは領主にとっては負担でしかない政策であったが、実際、どこの流民の村も税を払う余力などなかったのだ。だからこそ、五年間で領地に溶け込ませ、交易や開墾をさせて税を払う余力を生ませる。そういう指示が出ていたのだが、一部の領主はそれを意図的に無視した。
自分たちの得にならないからだ。
そのことにレオは一定の理解を示していた。そうであるならば酌量の余地もあると思っていた。領主にだって言い分があるからだ。
しかし、今回の場合は違う。
この村は特殊な村だ。
そうしなければ帝国中央にこの村の存在が伝わってしまうから。隠し通したい何かが領主にはあったのだ。
「だからリンフィアは僕らのところに来た。すべて辺境にまで気を配れなかった中央の責任です。お許しください」
「い、いえ! 滅相もない! そのようなつもりで言ったのではないのです! 頭をお上げください!」
「どれほど謝罪をしても心の傷は癒えないでしょう……。必ず連れ帰るとはお約束はできませんが、攫われた村の方々を全力で捜索します。そして領主の罪も明らかにするつもりです。そのときは公正な裁きを皇帝陛下が下すことでしょう」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
村長は何度も頭を下げる。
そんな風にして話し合いは終わり、レオはアベルと共に外へ出た。
「ああは言ったものの、骨が折れると思うぞ?」
「でしょうね」
「村を窺う奴らは立ち振る舞いや装備からして、本職だ。人攫いなんて山賊やゴロツキがするもんだと思ってたが、あそこまで本気な奴らは見たことがない。完全に商売として成立してるってことだ」
「そうですね。それだけ背後には大きな組織がいる。この村を領有する領主は大きな領主じゃない。おそらく領主も利用されているだけです」
「南部全体の貴族が絡んでいる可能性もある。下手したら南部の反乱を誘発するぞ?」
「そしたら大失態ですね」
そう言ってレオは笑う。
南部辺境の問題は皇帝の歓心を得るにはもってこいの問題だ。しかし、南部貴族の反乱を許せば責任はレオに向きかねない。
あまりにも危険な任務だった。
深く立ち入らず、浅い部分だけを捜査して切り上げる。
それが効果的な戦略ともいえた。
しかし。
「けれど、僕は話を聞いて助けたいと思ったんです。助けたいと思う人たちを助けられない者が皇帝になれるでしょうか?」
「それは知らん。だが、どっちが皇帝になってほしいかといえば、助けたい奴を助ける皇帝のほうがいいな」
「ですよね。だから僕はここに我を通しに来ました。高い報奨金を払っています。申し訳ありませんが働いてもらいますよ?」
「へいへい。仰せのままに……」
冒険者の勘がまずい依頼主だと告げていた。
しかし金をすでに貰っている。冒険者として一度受けた依頼は断れない。
アベルは肩を竦めてレオの言葉に答えるしかなかったのだった。
もう一話くらいですかね。レオの話は