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第七十一話 闇に潜む者



「なんだ!? 今の衝撃は!?」

「大丈夫なんだろうな!? ゲントナー会長!」

「大丈夫です。落ち着いてください。少々、奴隷が暴れただけですから」


 そう言って小太りの商人、ゲントナーは奴隷を買いに来た上客たちへ冷静に説明する。

 踊りの舞台のようなところにゲントナーは立っており、客はそれを客席から見ている。客の数は二十人に満たないが、この帝都で奴隷を好む貴族たちばかりだ。

 ここはゲントナーが経営するゲントナー商会の地下。秘密オークション会場だ。

 地下は複雑に入り組んでおり、店の前には多くの護衛がいる。

 侵入者などありえない。だからゲントナーは落ち着いていた。

 しかし。


「ゲントナー商会の会長が奴隷商売とは驚きだわ」

「なに!? ぐわっ!? ああ!! あ、あ、足が……」


 舞台の横からゆっくりと現れたのはエルナだった。本来なら縛られた奴隷が出てくるところであり、さきほどまで護衛たちがいた場所だ。

 その護衛たちはすべてエルナにやられており、今はクリスタたちがジッとエルナの活躍を見つめていた。

 なぜとゲントナーは考えるが、逃げることはできない。エルナが両足に斬撃を加えたからだ。死なない程度に浅く、しかし歩いて逃げるには深い。そんな絶妙な斬撃だった。


「近衛騎士団所属第三騎士隊隊長のエルナ・フォン・アムスベルグよ。あなたを皇女誘拐の罪と奴隷取引の罪で逮捕するわ」

「あ、アムスベルグ!? な、なぜ!?」

「なぜかしらね? あなたたちも同罪よ。動けば斬る。アムスベルグから逃げられるなんて思わないことね」


 客たちは浮かしかけた腰を椅子に戻す。

 彼らも帝都に住む貴族だ。

 アムスベルグの恐ろしさはよくわかっている。目の前に現れたら終わり。もはや死神も同然なのだ。


「ひ、ひっ! た、助け……!」

「助ける? 皇女を誘拐しておいてそんな言葉がよく出てくるわね?」

「た、頼まれたんです!」

「でしょうね。だから今は殺さないであげるわ。きっちり吐いてもらうわよ?」

「それは困りますね」


 声と同時に短剣がエルナに向かっていく。

 それをエルナは弾く。

 その隙を逃さずに仮面をつけた暗殺者がゲントナーに向かっていく。

 エルナは暗殺者が突き出した短剣を剣で間一髪で受け止めた。


「口止めなんてやらせないわ」

「やはりあなたから相手をしなければいけませんか」


 くぐもった声だ。仮面のせいか、男なのか女なのかも判別できない。

 仮面が流行っているのかとエルナは苛立ちを覚えながら、暗殺者が繰り出す一撃を受け止めていく。

 暗殺者の攻撃は速かった。暗殺者は左右の手に持った短剣でエルナを舞台の端まで追い詰める。

 しかし。


「建物を壊さないように手加減しているようですね」

「そうよ。けど」


 エルナは暗殺者が胴体を狙ってきた瞬間、剣を振り上げる。これまでよりも踏み込んでいた暗殺者は避けることができない。

 完全に狙いを読んだカウンターだった。

 早めに決着をつけたい暗殺者はダメージの大きな部位を狙ってくる。経験からエルナはその攻撃を読んだのだ。


「ぐっ……!」


 暗殺者の肩が深く切り裂かれる。

 すぐに距離を取る暗殺者だが、逃がすまいとエルナが先ほどとは段違いの速さで距離を詰めてくる。

 建物を壊さないように配慮していながら、これだけの力を出すとは。

 暗殺者はすぐに目的を切り替えた。

 右手に持った短剣をゲントナーに向かって投げつけたのだ。

 その代償としてエルナの剣が暗殺者の腹部を貫く。


「うわぁぁぁ!! 血、血が!!??」

「ごほっ……」

「ちっ!」


 エルナはすぐに剣を引き抜き、ゲントナーに駆け寄る。

 ゲントナーの胸には深々と短剣が刺さっていた。重傷だ。このままでは助からない。

 そう思ったとき、建物が大きく揺れた。

 それと同時にあちこちが崩壊を始める。


「これは……!?」

「早く脱出したほうがよいですよ……」


 腹部を押さえながら、暗殺者はエルナから距離をとっていた。

 さきほどの揺れと今の状況からして、暗殺者が建物に何かしたことは間違いない。

 ゲントナーという大事な情報源もおり、クリスタとリタ、そして子供の奴隷たちという守るべき存在もいる。

 エルナは追撃を諦めて、脱出を選択した。


「全員ついてきなさい!」


 ゲントナーの傷をきつく縛り、エルナはゲントナーを担ぐ。

 こうなっては早く地上に出るしかない。

 エルナは子供たちとその場にいた客たちを引きつれ、出口に向かったのだった。




■■■




「重要な情報を持っているわ! 絶対に死なせないで! 後ろにいる奴らは全員捕縛しなさい!」


 地上に出るとエルナはゲントナーを待機していた近衛騎士たちに任せ、指示を出す。

 皇帝の命ですぐに城を出撃した近衛騎士たちは、エルナが真っすぐ飛んで行った方向に進み、騒ぎが起きているゲントナー商会の本店を取り囲んだ。

 そこに帝都守備隊も合流し、いよいよ突入しようかというときにエルナたちが出てきたのだ。


「店から出る者は誰も逃しては駄目よ! 手の空いている者はゲントナー商会のほかの店にも向かって幹部を捕縛しなさい!」


 指示を出し終えたエルナは馴染みの近衛騎士の一人に声をかける。

 エルナよりも治癒魔法に秀でている騎士だ。

 その騎士にリタを見るように要請する。


「もう大丈夫よ。リタ……よく頑張ったわね」

「うーん……お腹痛い……」

「すぐに治るわ」

「リタ……」


 寝かせられたリタはその場で治療を受ける。

 横にはクリスタが心配そうにその手を掴んでいる。

 なんとか頑張っていたリタだが、安心したせいかゆっくりと意識を失っていく。


「リタ!?」

「大丈夫です、殿下。休ませてあげてください」

「でも……」

「殿下。任せましょう」


 エルナに促され、クリスタは立ち上がる。

 そして涙ぐみながらもリタの傍を離れたのだった。

 とにかく早く皇帝に無事であることを伝えなければ。

 そう思っていたエルナだが、響いていた大量の馬の足音を聞いて静かに跪いた。


「クリスタ!」


 そうクリスタの名前を呼んでその場に駆け込んできたのは皇帝、ヨハネスその人だった。

 その後ろにはフランツと護衛の騎士たちが大量にいた。

 居ても立っても居られず、現場まで来てしまったのだ。


「おお! クリスタ! 無事か!? 怪我はないのか!?」

「は、はい……お父様、あ、いえ、皇帝陛下」

「父でよい! よかった、本当によかった……」


 ヨハネスはクリスタを抱きしめながら静かに何度もよかったと繰り返す。

 その間にフランツが傍にいた一般市民たちを周りから離れさせる。皇帝の身の安全と市民たちが何かに巻き込まれることを避けるためだ。

 そして周りに騎士と帝都守備隊しかいなくなった頃。

 ヨハネスはスッと立ち上がるとエルナに視線を向ける。

 その目は怒りに燃えていた。


「お父様……?」

「お前が傍にいながら何たるざまだ! エルナ! 近衛騎士隊長でありながら、皇女一人守れんのか!!」

「申し訳ありません……すべて私の責任です」

「まったくだ! アムスベルグ家の名声は地に落ちたぞ!」

「お、お父様……エルナは……」

「黙っていろ。今、ワシはエルナと喋っておるのだ」

「す、すみません……」


 厳しい視線を向けられたクリスタは体を竦ませ、怯えた様子を見せる。

 そしてクリスタはエルナを見るが、エルナはゆっくりと首を振る。


「エルナ。何か申し開きはないのか?」

「ありません」


 ズーザンに呼び出されたというのは簡単だったが、ズーザンはクリスタのことも呼んでいる。あくまで一人で向かったのはエルナの判断だ。

 今回の一件を捜査する過程で、ズーザンとザンドラが疑われたとしても、それはエルナの責任とは別の話だ。

 後宮で強引な手段を使ってくるはずがない。その先入観により、エルナはクリスタから離れてしまった。それは間違いなくエルナのミスだった。


「処罰はおって告げる、それまでは自宅で謹慎しておれ」

「はい……」


 そう言ってヨハネスはクリスタを連れて城へと戻る。

 そのまましばらくエルナは俯いたままだった。




■■■




「首尾はどうだ?」

「暗殺には失敗しました。しかし、助かったとしてもしばらくは喋れる状態ではないでしょう」

「そうか。ご苦労だったな」


 そう言って仮面の暗殺者、シャオメイは主に報告する。

 体には呪いによって激痛が走るが、厳しい訓練を受けたシャオメイならば短時間なら耐えられる痛みだった。


「これでレオナルトたちは黙っていない。ザンドラ陣営と本格的にやりあうことになる。良い傾向だ」

「ですが、アムスベルグの神童はおそらく今回の一件で近衛騎士を解任されるでしょう」

「一時的なものだ。罰を与えないわけにはいかないからな。ほとぼりが冷めたら戻すだろう」

「たとえ一時的なものでも、レオナルト陣営はその期間は自由にエルナ・フォン・アムスベルグを使えます。彼女は危険です。剣を握っていないときはどうにかなると思いましたが、剣を握ったならば別人です。あれは怪物と同類かと」

「アムスベルグ家だからな。戦闘時には意識を切り替える。驚くことではない。もしも煩わしくなったなら進言して近衛騎士に戻せばいい」

「排除すべきでは?」

「あれは将来の有望な臣下だ。アムスベルグ家と関係が悪い皇帝は長続きした試しがない。恩を売っておくくらいがちょうどいい」

「しかし……」


 シャオメイは痛みに耐えながら訴える。

 剣を持っていない時ならばどうにでもなる。

 完全に帝位争いの外に置いてしまえばいいのだ。

 たとえ恨みを買うことになろうと、それだけの価値がある敵だとシャオメイは感じていた。

 だが。


「私はほかの候補者とは違う。奴らは死に物狂いで帝位を狙っているが、私は帝位についた後を考えている。そういう意味では格が違う。将来の手駒に恨まれるのはごめんだ。それに私が動かずともザンドラとゴードンが動く」

「……わかりました」

「引き続き後宮では母上の指示に従え。とりあえず今は傷を癒すのだ。まだ私たちが動くときではない」

「はっ……かしこまりました。エリク殿下」


 そう言ってシャオメイはエリクの傍から消えていく。

 それを見送ったエリクはゆっくりと歩きだす。

 底知れぬ笑みを浮かべて。

これで帝都パートは終わりです。あとレオ視点をいくつかやって、次の章ですかね。

あと言われて初めて気づきましたが、一千万PVを突破しました。ただそれよりも百七十七万人のユニークのほうが嬉しかったですね。すげー見てくれてるなぁと思って感動しました<m(__)m>

すべて皆さんのおかげです。ありがとうございます。




まったく関係ないですが、イチロー選手の引退がショックすぎて明日更新できなかったらすみません( ;∀;)

僕のヒーローが(´;ω;`)ウゥゥ

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