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第六十九話 近づく未来

今日から三月の末まで感想欄を閉じます。

春休みというのと、こういう未来が変わるのか変わらないのかという話でネタバレされても困るので。

どうしてもという方はメッセージでよろしくお願いしますm(__)m




 後宮。

 第五妃の部屋で栗毛の侍女はザンドラとズーザンに報告を行っていた。


「それは間違いないのね?」

「はい、間違いありません。あの警戒ぶりは尋常ではありませんでした」

「幼い頃から暗殺者として教育を受けたあなたがそう言うんだから、間違いないのでしょうね」


 椅子に座ったズーザンが侍女にそんな言葉をかける。その表情は信頼に満ちていた。

 ザンドラもその侍女に対しては見下したような態度はとらない。

 わかっているからだ。数多くいる侍女の中でも、目の前にいる侍女は別格であるということを。


「未来を見る先天魔法なんて文献だけだと思っていたけれど……お母さま。欲しいわ」

「そうね。きっと良い実験体になってくれるわ。そうよね? シャオメイ」


 シャオメイと呼ばれた侍女は顔を伏せたまま、はいと告げた。

 その返事に満足しつつ、ズーザンは思案する。

 どれほど欲しいと思っても相手は皇女。直接手を下すのは危険すぎる。しかも第二妃の娘だ。何かあれば真っ先に自分が疑われてしまう。


「シャオメイなら連れてこれるんじゃないかしら?」

「頭を使いなさい。そんな直接的に事を起こしたら間違いなく私に行きつくわ。どうせ私は何もしなくても疑われている身。疑われる分には問題ないけれど、私にたどり着かれたらあなたまで破滅するわ」

「私もアムスベルグ家の神童を欺くのはさすがに……。それよりも私に良き策があります」

「あら? 聞かせてちょうだい」

「ザンドラ様が贔屓にしている商人を使いましょう。彼らに誘拐を依頼するのです。いつもどおりに」

「何言ってるの!? あいつらが捕まったら一体、だれが私に子供を持ってくるの!?」

「ザンドラ。静かにしていなさい」


 ズーザンは激昂するザンドラを制して、シャオメイに話を促す。

 ザンドラが怒ることに慣れているシャオメイは恐れることもせず、一つ頷いて計画を話し始めた。


「南部にレオナルト殿下が派遣された以上、南部で行われている人攫いとあの商人が繋げられるのは時間の問題です」

「そうとは限らないわ! 伯父様がレオナルトごときに尻尾を出すはずないわ!」

「危険性があるということね?」

「はい。ですからここで奴らを使いましょう。成功すればクリスタ殿下が手に入りますが、失敗しても奴らが壊滅するだけです」

「生き残った者が私たちとの繋がりを吐いたら?」

「ご心配なく。後始末はお任せを」


 そう言ってシャオメイは輝きのない笑みを浮かべる。

 その笑みはズーザンとザンドラからしてもゾッとするほど不気味な笑みだった。

 だが、それでもズーザンとザンドラはシャオメイを手放さない。圧倒的に優秀であるということ。そしてほかの侍女たちと同様にシャオメイにも〝呪い〟がかかっているからだ。

 絶対に外せない首輪をつけた強力な暗殺者。

 それはザンドラとズーザンが好む人材だった。

 だから二人はシャオメイの案を受け入れたのだった。

 ザンドラは今までに見たことのない先天魔法に心躍らせ、ズーザンは憎くて仕方ない第二妃の娘がザンドラによって実験体にされる姿を思い浮かべ、どちらも笑みを浮かべる。

 こうして計画は実行に移された。




■■■




「第五妃様からのお招きです。クリスタ殿下とエルナ様にお話があると」


 そう使いとして来た侍女に聞き、エルナは顔をしかめた。

 エルナとて第二妃とズーザンの話は聞いている。

 第二妃の娘であるクリスタをズーザンの下に連れていくなど、猛獣の巣に小動物を連れていくようなもの。なにをされるかわかったものじゃない。

 だが、後宮内では妃は絶対だ。皇后から始まり、上位の妃に行くほど権限は強い。特に第三から第五までの妃は帝位争いと同時に後宮内でも権力争いをしており、まったくそういう争いに関与していないミツバとは天と地ほど力の差があった。


「ミツバ様がいらっしゃらないので、後日伺います」

「それを承知でお誘いしています」


 この場にミツバがいれば断ることもできただろうが、あいにくミツバは皇帝に呼び出されている。

 アルとレオに相次いで任務を与えたため、皇帝としてもミツバに気を遣ったのだ。

 エルナは自分の後ろに隠れるクリスタを見る。

 連れて行っても地獄。傍を離れても地獄。

 断るという選択肢はない。そのようなことをすれば、それを理由にミツバがどんな仕打ちを受けるかわかったものじゃないからだ。

 しかし、母親の仇かもしれない女のところにクリスタを連れていくというのはあまりにも酷だった。

 とはいえ、あの未来視の件がある。傍を離れるのも危険すぎた。


「少し時間をいただきたいと第五妃様に伝えて」

「かしこまりました」


 そう言って一度侍女は下がっていく。

 だが、これは時間稼ぎにしかならない。


「良いですか。殿下」

「エルナ……私、行きたくない……」

「もちろんです。殿下はここにいてください。私だけがまいります」

「エルナ行っちゃうの……?」

「行かなければミツバ様がお辛い目に遭われます。ですから殿下はこの部屋を絶対に出ないでください。あなたたちも良いわね?」


 そう言ってエルナはミツバ付きの後宮衛士へ命令する。

 この後宮衛士は女性だけで構成されており、後宮内部の警備を担当している。それぞれの妃に一部隊ずつ配置されており、たとえほかの上位の妃でも他の妃の衛士には口を出せない。ほとんど妃の私兵に近いのだ。

 唯一の例外は後宮をまとめる皇后だけだが、今の皇后は表立って騒ぎが起きなければ動かないため、より衛士は私兵に近くなっている。


「はい、お任せください」

「何があっても部屋から出しては駄目よ。たとえ殿下が出たいと言っても」

「はっ!」


 臨時とはいえ、ミツバとクリスタの護衛を一手に引き受けているエルナは、この衛士たちの指揮も任されていた。

 だが、エルナは直属の部下たちを使えないことに不安を持っていた。

 人手が足りない。

 マルクでも連れてこれれば状況は違う。しかし、後宮は女の城。許可なく男が入ることはできない。


「いいですか、殿下。約束してください。絶対に部屋を出ないと」

「わかった……。絶対に出ない……」

「ありがとうございます。たとえ私の名前を出されても出てはいけませんよ」


 そう言ってエルナはクリスタの髪を撫で、部屋を後にする。

 エルナがいなくなったことで急激な不安に襲われた。

 だからクリスタはベッドで布団にくるまり、お気に入りのウサギのぬいぐるみを抱きしめた。

 だが、そんな平静を求めるクリスタの心を引き裂くように報告が届いた。


「で、殿下! 大変です! あ、アルノルト殿下!」

「アル兄様!? 帰ってきたの!?」


 不安からその声に反応したクリスタは報告に来た侍女が血だらけなのを見てしまった。侍女が平気そうなのを見れば、それが侍女の血ではないことがわかる。

 何かがあった。

 そう直感したクリスタは体を震わせる。


「な、なにが……」

「モンスターと遭遇し、襲われたラインフェルト公爵を庇われたようで……かなり重傷です」

「そんな……」

「クリスタ殿下をお呼びでしたのでこうしてまいりました……お急ぎください」


 その冷たい声がクリスタの声を揺さぶる。

 クリスタはすぐにでも駆け付けようとするが、それを衛士たちが制した。


「お待ちください! 殿下!」

「離して! アル兄様が!」

「エルナ様から何があっても部屋を出るなと言われております!」

「兄様が危険なの! お願いいかせて!」

「すでにミツバ様もおられます! どうかお早く!」


 侍女の追い打ちを受けて、クリスタは衛士を振り切って走り出す。

 もはや仕方なしと衛士たちはその後を追ったのだった。

 血だらけの侍女がクリスタを先導していく。


「おい! どこまで行く!? ここは商人の出入りする場所だぞ!?」

「騒ぎを避けるためにここから入城されたのです! 動かすわけにもいかず、その場で治療を!」

「急いで!」


 クリスタは今までにないほどの速度で走った。

 心配のあまりお気に入りのウサギのぬいぐるみも走るのに邪魔だと、途中で放り投げてきた。

 そんなクリスタが曲がり角を曲がったとき、馬車の傍で血だらけで倒れ、処置を受けている者が見えた。


「兄様!!」


 そう言ってクリスタは倒れている者に駆け寄る。

 だが、近寄ってみるとそれは髪色だけが黒の別人だった。


「兄様じゃ……ない……?」

「ええ、罠です」


 そう言って倒れている者の傍にいた小太りの男がクリスタの口を手拭いでふさぐ。


「んんん!!?? んん……」


 何とか声を出そうとするが大人の力で強く手拭いを押し付けられては敵わない。

 手拭いにしみこまされた薬の匂いによって、クリスタの意識はそこで暗転していく。

 同時に人が倒れる音がする。

 クリスタについてきた三人の衛士が首から血を流して倒れたのだ。


「相変わらず見事ですな、ギュンター殿」

「世辞はいいから早くしろ」


 ギュンターと呼ばれたのはかつてアルを狙った中年の暗殺者だった。

 いつもは魔法を使って暗殺するギュンターだったが、今回は何の変哲もないナイフを使った。

 自分が犯行に加わったとバレないためだ。


「ではお預かりします」

「ああ。わかっていると思うが」

「もちろんです。手は出しませんよ、ええ、もちろん」


 そう言って下卑た笑みを浮かべる小太りの男を見て、ギュンターは胡散臭げに見る。

 この男が帝都で有数の商人でありながら、裏では奴隷を各地から集めて売りさばく奴隷商人であり、子供が好きな変質者であることをギュンターは知っていた。

 クリスタくらいの年齢の少女なら好物だろうことは察しがついた。


「冗談では済まんぞ? わかっているな?」

「え、ええ、わかっています」


 ギュンターの目を見て、小太りの商人は怯む。

 そして部下にクリスタを運ばせる。

 眠ったクリスタをいれるのは細工した馬車の荷台だ。底は二重になっており、不法な荷物を城に持ち運ぶときに使われる。

 外に出るときはほとんど取り調べがないとはいえ、皇女を連れ出すのだ。用心に越したことはない。

 商人に罪悪感はない。さすがに皇女は初めてだが、貴族の令嬢を誘拐して奴隷に落とすなどよくあることだからだ。

 もちろん恐怖はある。さすがに敵が大きすぎるからだ。しかし、これを要求したのはほかならぬザンドラだった。ならば大丈夫だろうと商人は思っていた。

 ヘマをしなければ問題ないと。

 そんな風に笑いながら商人が馬車に乗り込むのを見て、ギュンターも部下に衛士の死体を片付けさせてその場をあとにする。

 そして馬車がゆっくりと走り出す。だが、その馬車を追う子供がいた。

 リタだ。

 リタの手にはクリスタのウサギのぬいぐるみが握られていた。なんとか馬車の荷台にしがみ付き、乗り込むと、リタは外にぬいぐるみを投げる。


「リタが助けるからね……クーちゃん」


 それからしばらくして、クリスタがいなくなったことが城中に知れ渡り、過去にないほどの厳戒態勢が敷かれることになったのだった。

 だが、その頃には馬車はとうの昔に城を出たあとだった。

 こうして帝都は着々とクリスタが見た未来に近づきつつあった。

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